ねずにさめずに/後の心に比べれば「例えば来馬先輩が彦星だとしたらどうします?」
SNSに流れてきた、織姫と彦星がモチーフの目元に涙のような意匠を浮かべた人形を不意に思い出して別役が言った。防衛任務は雨の七夕を跨いで、星の恋人たちの後朝の時間帯に差し掛かっていた。
「どうって?」
「年に一回しか恋人に会えなかったら」
オレなんか寂しくて別れちゃうかもしんないな~って思ってぇ、とおどけて付け加える。
「ううん……交渉する、かなあ」
「交渉」
横で2人の会話を聞いていた村上が、御伽噺に似つかわしくない響きに驚いた顔で繰り返す。
「あまり七夕に詳しくないんだけど、仕事をさぼった罰なんだよね、たしか」
「へぇ、そうなんですね」
「だとしたら罰を与えている存在に交渉して、例えばもっと仕事で実績を上げる代わりに年に会う回数を増やしてもらう、とか……」
『来馬先輩ならまずそんなになるまで仕事をサボらないと思いますけどね』
オペレーター室から今も混ざって言う。
「ふふ、どうかな。恋は盲目、っていうから」
「えーっ先輩もそんな事あるんすか?」
「どうだろうね」
柔らかく笑って来馬がそう誤魔化した所で警報が鳴り、そこで話は終わりになった。
(盲目になってる自覚はある)
少なくとも、防衛任務の終わりに授業に向かう高校生を支部の死角に引っ張り込んでキスに耽るなんて今までの自分には考えられなかった。
溺れるような心地で来馬は思う。
目の端に壁掛けの時計を映して出発時間を気にすることだって、換装体の時には感じられなかった熱や香りに触れられるとともすれば忘れてしまいそうになる。
「こう、もう時間」
口付けの合間に、そんな事なんて言いたくなかった。授業なんかサボってもっとずっと側にいたらいいのに。
「……彦星の気持ちが解ります」
少し低い身長のせいで見上げるような形で村上がいう、なんて可愛い、なんて格好良い。
「……ぼくも……。年長者がこんなんじゃ、いけないね」
「嬉しいです、凄く」
「……もう行かなきゃ」
名残惜しさを振り切って村上の胸を叩くと、駄目押しのように触れるだけの口付けをされる。
思わず引き留めそうになる手のひらをなけなしの理性で止めて肩をやんわりと引き剥がす。
未練が伝わっていないといい、と思い、伝わればいいのに、とも思う。
「ほら、鋼。授業に間に合わないよ」
ぐ、と息を飲み、必死でいつもの「隊長」の顔をして来馬がそう言うと、
「村上、了解」
部下の顔を必死で取り繕った恋人が頷いた。
高校に向かう凛とした背中が小さくなっていくのを窓越しに眺める。恋のままならなさに、一年に一度の逢瀬を終えて涙に暮れる恋人たちを思った。
条件なんかつけたって守れない気がする、こんな風に溺れてしまっては。
ペナルティは当然の気がして、そうならないように必死で自分を律しないと立ち居かない……。
(恋がこんなにどうしようもないものなんて知らなかった)
雨の気配を残しながら天気はゆっくりと晴れに向かっていて、それに同情しながら来馬はひとつ溜め息を吐いた。