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    niji

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    御沢固定の人の雑多な落書きとケモノ系を隔離するポイピク

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    niji

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    小説投稿できるようになってる…?

    #niji御沢SS

    何が切欠だったのかは正直わからない。恐らく2年生の間で、教室で交わされる何気ない雑談の中、そういう話題にでもなったのだろう。
     室内練習場の外に備え付けられたベンチに座り、珍しく熱心にスマートフォンを弄っている沢村の隣にそっと腰掛ける。頭を引いて少し遠目で画面を覗き込むと(野球部の男子寮にプライバシーへの配慮なんてものは無い)、これまた珍しく、見ているのは俺でも知っている大手通販サイトの検索画面のようだった。膝に肘をついて顎に手を当て、小難しい顔で提示される写真の数々を見比べている。
    「天体望遠鏡?」
     俺が横で覗き見ていることに気がついていなかったらしい。がばりと沢村が上体を起こし、少し頬を赤らめる。
    「ちょっと、人の携帯見ないでつかーさい」
    「今更だろ。てか、星とか興味あったのか」
     ガサツなお前にそういうイメージないから、なんだか意外だと茶化すと、太い眉を釣り上げて唇を尖らせた。
    「まあ……人並みには? ってかあんたに関係ないでしょ。ほっといてください」
     むくれて再びスマートフォンに視線を落とす。過酷な夏はそのピークを過ぎ、季節の移ろいを感じさせる緩やかな風が、建物の間を吹き抜けて前髪を揺らした。傾ききった夕日の光がこの日最後の輝きを放って夜を招く。網膜を灼く逆光に目を細めた。
    「……そういえば、昔親父に買ってもらったな。天体望遠鏡」
     姿勢をそのままに、沢村が意外だと言いたげな表情でこちらを見遣る。それはそうだろう。趣味らしい趣味のない人間であると自覚しているし、そのような話題になったこともない。実際、俺がそれを買ってほしいと強請ったわけではなかった。母親がいなくなった年のクリスマス、鬱ぎ込んだ俺を励まそうとしてか、小学生でも扱えるグレードの物ではあるがまあまあ値の張るそれを、親父は何も言わずに寄越してみせた。何とも親不孝な俺は、同じ値の張るものなら新品のグラブが良かったなどと零してしまい、親父を落胆させるという苦い記憶も残る代物だが、貰ってしばらくは工場の屋上から熱心に空を覗き込んでいたことを覚えている。処分されていなければ今も俺の部屋の片隅で、黒い掛け布の下に眠っているはずだ。
    「明日と明後日でオフ最後だろ。来る? 俺んち」
    「……行きます!」
     沢村は少し驚きに目を見開いた後、しかし迷わず満面の笑みでそう答えた。
     
     
     高校生活最後の夏の大会を終え、事実上の野球部引退となった俺は、遅れた盆の墓参りついでに実家へ一度戻る予定だった。後輩が一緒に来ることをメールで親父に連絡し、了承を得た翌日の午後、沢村と二人で電車に乗って俺の実家の工場までの道程を共にした。高層ビルの立ち並ぶ都心部から少し離れ、瓦屋根の古い町並みの工業地区に差し掛かる。隣に座った沢村は、きょろきょろと落ち着きなく流れる景色を眺めていた。
     やがて目的の駅に到着し、電車を降りてしばし歩く。俺が帰宅しても一瞥もくれぬことが多い親父が沢村の馬鹿でかい挨拶に驚いて工具を取り落したのには笑ってしまったが、つられてはにかむように笑んだ父の顔が厭になるほど自分に似ていて、少し息を飲んだ。無駄に畏まって手土産を親父に押し付ける沢村の後ろ首を掴み、工場の上階の居住スペースへと促す。
    「御幸先輩、お父さんに似てますね」
     当然の感想だが、云われて再びぎくりとする。
    「まあ、親子だからな」
    「……なんか嫌そうっすね……反抗期?」
     怪訝そうな沢村が零した素っ頓狂な発言に、ぶはっと吹き出してしまう。
    「そういうわけじゃねえよ」
     似ていると言われることが嫌なわけではない。俺自身もそう思うし、実際その通りだろう。目尻に皺を刻んだその相貌も、息子に対して素っ気ない応えも、夢中になれること――この場合、工場での仕事だ――に取り組んでいるときの周りの見えていなさ加減も、全てがよく似ている。
     そう感じるとき、いつの頃からか羨望に近い感情を同時に抱くようになった自分に気がついた。幼い頃はわからなかった、職に就いて、結婚して、家を持って子孫を育てるということの途方も無さを具現化したような――漠然とした未来が俺と似た形をとってそこにいる、そんな気持ちにさせられる。……一方で、俺には決して同じ風には振る舞えないという確信めいた予感もあった。
     夏を終え、俺達はある意味盲目的にそれしか見てこなかった目標を過去のものにして、新たな事に目を向けなければならない。夏季休暇が終われば真っ先に配られるであろう進路希望調査表にそれを書き入れて、いま束の間のあいだ止まった時間を、自ら動かさなければならない。漠然と思い描ける未来はある。目標に向って踏み出すことに、躊躇いがあるわけではなかった。
     しかし今が変わっていくその前に、変えたいような、――変えたくないような。
     このままただの、部活の引退した先輩となって、沢村の他愛もない過去になることを恐れている。同時に、ひとまず嫌悪はされていない今のこの関係が、後に輝かしい青春時代の思い出になるであろう現状で満足しておくべきだと考えてもいた。
     そして恐らくどちらを選んだとしても、俺は父のようにはなれない。沢村と連れ立って夕飯の買い出しをした。並んで台所に立ち、たまねぎの皮を毟らせている横で、湯を沸かしじゃがいもの皮を剥く。仕事を終えた親父と3人で食卓を囲った。山盛りによそったカレーを頬張って、うまいと顔を綻ばせるのを隣で盗み見るこの瞬間よりも幸福なことがこの世にあるとは、どうしても思えないだろうから。
     
    「足元気をつけろよ」
    「ウス!」
     交代で風呂を先に済ませ、新月の空を闇と星明りが満たす頃、俺の部屋から天体望遠鏡を二人で運び出して、雑に椅子と空き箱を並べて机代わりにする。天候は晴天で、東京の空でも十分星は確認できそうだ。三脚を立て、幼い頃そうしたようにきりきりとツマミを弄って望遠レンズのピントを合わせた。昔からただただ眺めているばかりで天体に詳しいわけではない俺は、適当な一等星に焦点を絞って沢村に見せてやる。多分、夏の大三角形のうちのひとつだろう。デネブ、アルタイル、ベガとある名前くらいは教養として知っているが、それらがどんな星でどの星座に属するかまでは記憶が曖昧だ。
    「すげえ、めちゃくちゃデカい! 明るい! 近い!」
    「おー、そうだな」
    「今見てるのなんて星ですか?!」
    「あー……白いからアルタイルかな?」
    「白いって! だいたい全部白くありません?」
    「まあそうだな」
    「野球以外ホントいい加減だなアンタ!」
     わはは、と笑って少し角度を変え、違う星に狙いを定めて俺に交代で見るよう促す。覗き込んだそれは先程とは違い、赤い輝きを放っていた。
    「これは? 何て星ですか?」
    「知らねえな」
    「ちょっと、もう……えーと……」
     照明を一切落とした屋上で、俺が子供の頃使っていた星座の本を、スマートフォンの明かりを頼りに顰めっ面でぺらぺらと捲る沢村の横に、仰向けに転がった。都会の空に似つかわしくない満天の星空が視界いっぱいに広がる。
    「うーん……これかな……550光年……」
    「光年は距離の単位だってちゃんと知ってるか?」
    「勉強して来やした! スケールでかすぎて、正直あんまりピンと来ませんが」
     見上げた視界の端っこで、沢村が屈託なく笑った。
     夏が終わる。どんなに願っても星は廻るし、季節の狭間のこのひとときも、やがて朝が来れば終わってしまうのだろう。
    「なんか全部が遠すぎて、どうでもよくなってくるよな。将来とか、進路とか、俺がおまえを好きなこととか」
     するりと本音が漏れて、口を噤む。暫しの沈黙の後、首を回して沢村に目をやると、スマートフォンの画面灯が、驚愕したまま凍りついた沢村の表情を紫色の夜暗の中で浮き上がらせていた。
    「……なんで今?」
    「さあ。忘れて」
    「忘れられるわけないでしょ。あんただって無理なくせに」
     沢村にしては的を得た発言に、思わず苦笑する。
    「てかどうでも良くなんないでくだせえよ」
     遠くなんかない、とお前は云うだろう。重ねられた手を握り返して、起き上がって肩を抱いて、唇に触れても尚、……俺にはやっぱり遠いと思える。
    「好きだよ」
    「……俺も好きです」
    「多分、おまえが思ってるのとちょっと違うけど」
     自分でも気付かないうちに手がつけられないほど膨れ上がってしまった沢村への想いは、俺がこの高校生活最後の夏の思い出を支えにこの先を生きたいと願うあまり、どこか不健全な形で凝り固まってしまっているような気がした。きらきらした透明な結晶の中にこの時間ごと封じ込めて、自分自身にも不可侵な何かに変貌してしまったと思う。
     しかしたぶん、沢村は違う。いつでも目の前の俺自身を映すその心強さが、すぐ傍らにいたとしてもなお、手が届かないと思わせる。
    「違ってもいいじゃないですか」
     もしかして、そう遠くない未来。思い出の美しさに縋る夜が来るかもしれない。
    「きっと後悔するぞ」
     屈託なく沢村は笑う。
    「俺がさせませんよ」
     時間は過ぎていく。近づく距離にも、遠ざかる過去にも恐怖はないと力強く断言する、余りにも沢村らしい物言いに、やっぱりどうでもよくなってきちまうよなぁ、と笑った。
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