帰 土埃、硝煙の香り、地鳴りのような怒号、鍔迫り合いの音、立ち込める血の臭い。
脇腹を掠めた刃が思ったよりも深く肉を抉り白いシャツに夥しい赤を滲ませているが、既に痛みを越えじくじくとした熱さしか感じない。それよりも肌の彼方此方に付けられた大小の傷が土埃に触れる度の鈍い痛みに軽く眉をひそめ、つくづく何故、戦う為の受肉に人の身と同じような痛覚や血が必要だったのかと思考の片隅で思いながら、刀に纏った瘴気のような敵の血を振って払う。上がった呼吸を整え、ぼやけ始めた視界で敵を見据える。
どうやら身から流れた血が多過ぎたようだ。だが、ここで倒れる訳には行かない。
滑らないよう柄をきつく握り直し、口をついて出る言葉は、
「――どこで死ぬかは俺が決める、」
は、と息を吐き出した拍子にぼんやりと覚醒していく。
薄く目を開くと真っ先に分かる戦場とは正反対の清浄な空気。
五感が徐々に身体へ戻って感じるのは、肌に触れる寝具の柔らかさや遠くに聞こえる鳥のさえずり、寝具からふわりと香る石鹸の清潔な匂い。
それから、恋い慕う刀の気配。
「お、目ぇ覚めたか」
声が聞こえたと同時に覗き込んできた恋刀の姿を見て、戻ることが出来たのか、と思う。
瞬きで答えれば、撫でるように前髪を払われて視界が広くなり表情を和らげた肥前の顔がよく見えた。
「庇ったんだってな。あんたの事すげー心配してたぞ」
深手の理由をわざわざ告げられ、別に庇った訳ではないと言い訳をしようにも言葉が見つからず僅かに眉を寄せてしまうと、小さく笑われてしまう。
居心地の悪さを誤魔化すように、額に触れる手を握ろうと布団から手を出せばそれより先に鼻を摘ままれた。
「腹減ったろ、何か食うもん取ってくる」
そう言って、立ち上がろうとする肥前の手首を掴んで引き留める。
「……忠広」
「…………、ったく」
呆れた様子とは裏腹に表情は柔らかなまま再び畳へ腰をおろした肥前に向けて身を起こすと、そのままその膝へ頭を乗せれば肥前は観念したかのように息を吐いて、繋がる手とは反対で端末を取り出し片手で器用に操作し始めた。
合わない視線がどこか面白くなく、掴んだままの手首を引っ張り掌へと唇を寄せれば今度は唇を摘ままれる。
「めし、持ってくるように頼んだぞ」
「ああ」
ささやかな触れ合いの応酬に折れずにいれた実感がじわじわと湧く。
願わくば。
死ぬ時は、恋仲と共にあるときでありたいと。
改めて思いながら、振ってくる口付けを受け止めるために瞼を閉じた。