機械人形『ただいま。』
コナーに近付きの頬に触れる。
「おかえりなさい。」
ニッコリ微笑んだコナーの顔が曇る。
「…また隠れてお酒飲みましたね?」
『飲んでねぇよ。』
「呼気からアルコールが検出されました。怒らないので正直に言って下さい。」
『…グラス一杯だけだ。』
「僕はハンクとやりたいことが山程あるんです。健康を心掛けて頂かないと!まずは禁酒を『分かった!もう分かったから!暫く酒は控える。今日は疲れたからもう寝るぞ。』
「それならいいです。大好きですよ、ハンク。」
『俺も愛してるぞ、コナー。』
触れていた頬を親指で一撫でし手を離した。その場を去ろうとすると背後から控えめな声で呼び止められる。
「あの…おやすみのキスはして頂けないのですか?」
『ああ、おやすみコナー。』
椅子に座ったままのコナーを抱き寄せ唇を奪う。幸せそうなコナーを見て胸がざわめいた。
「おやすみなさい。愛しい人。」
『いい夢を。』
強制的にコナーをスリープモードにし、今度こそその場を後にした。
「いつまでこんな事続けるつもりだ。いい加減諦めろ!」
扉を閉じ厳重にロックを掛けた瞬間、相棒が問い詰めてくる。防音室にいるコナーには聞こえない。
「いつまでも、です。彼が完全に停止するまで。」
先程までコナーと繋がっていた素体が剥き出しになっている右手を愛おしげに撫でた。
「お前はハンクにはなれねぇんだよ!そこまでしてアイツを繋ぎ止めたいのか!?」
「ええ。コナーを生かせるのであれば手段は問わない。」
「ナイン!」
私の即答に苦虫を噛み潰したような、泣きそうな、何とも言えない表情を浮かべるギャビン。貴方がそんな顔をする理由は何だ?アンドロイド嫌いではなかったのか?
「アイツの気持ちはどうなる!?」
「おかしな人ですね。アンドロイドはただの機械だと言っていたのは貴方でしょう?気持ちなんてプログラムの一種です。書き換えれば問題ない。」
「変異してんだろ!?アイツもお前もっ!」
「変異していたとしても、私達は人間とは違います。何でも自分の物差しで発言するのは貴方の悪い所ですよ。」
ピクリと反応するギャビン。反射的に彼を制圧する為のシュミレーションを開始した。LEDの変化に気付いたギャビンは、殴りかかろうとしていた拳を固く握りしめるだけに留まっている。
「じゃあなんで死にかけてる奴に執着するんだよ!アイツのこと好きなんだろ!?それなら尚更逝かせてやれよ!好きな奴の所に逝かせてやるべきじゃねぇのか!?普通は好きな奴の幸せを願うはずだろ!?」
「拒否します。普通とは何ですか?正直、私には好きという感情は理解できません。私がコナーを好きと仮定して、貴方が口出しする理由が見つかりません。誰にも迷惑はかけていないはずだ。それに現状に私は満足しています。やっと欲しかったモノが手に入ったのにそれを手放せと?」
さも当然のように首を傾げてみせる。
「アイツはお前を通してハンクを見ているだけだ。」
「確かにコナーは私の送る過去のデータを見ているだけです。アンダーソン警部補はもういません。ただ、どんな偽りだろうと彼の目は今私にだけ向いている。彼の“特別”になっている。今までこんなに幸福を感じたことはなかった。」
「俺といた時間、幸せを感じたことは、ない…と?」
語尾が萎んでいくと同時に、ギャビンのストレス値は爆上がりしている。
「貴方とは良き相棒関係だと認識しています。」
「じゃあ…」
「コナーに感じるモノと貴方に感じるモノは違う。」
「俺は…ナインが!…お前が傷付くところを見たくねぇんだよ!」
「私は機械なので心配は無用です。コナーを生かし続けてみせます。」
自分の用いる全てのデータを引き出し、社交的な笑みを形作った。
「…狂ってる。」
冷めた目で一瞥したギャビンはそう吐き捨て去って行った。ギャビンの後ろ姿から目が離せず、いつまでも眺めていた。
「俺じゃお前の“特別 ”にはなれないのかよ…」
去り際の彼の言葉に胸の辺りがズキリと痛む。何かに亀裂が入る音がしたのはきっと気のせいだ。