voiceジャーン!!という効果音を口に出してまで和谷がお披露目してきたのは、最近テレビCMでも お馴染みの新しい携帯電話だった。
棋院の中なので、その大声が少し恥ずかしい。思わず慌てて周りを見渡すが、こちらを向いている人が居ないところを見ると、そんなには響いてはいないみたいだった。ホッと胸を撫で下ろす。
「ついに買っちゃってさ!へへッ…」
そんな事の為に わざわざ呼んだのか…と思ったが、自慢げに笑いながら鼻を擦る和谷の姿を見ていたら、呆れるというよりは少し微笑ましく思えてきた。
「ボイスメモっていう録音機能まであるんだぜェ」
へー!と進藤が感心したように言う。
少し前まで録音といえばカセットテープだったのに…えらく時代が変わったものだ。そう思った瞬間、なんだか自分が すごく歳を取ったように感じた。
「伊角さん、なんか試しに録音してみてよ!」
「えっ…オレ?オレは……いいよ…」
子どもの頃にカセットテープに自分の声を録音して、それを聞いた時に いたく幻滅したのを思い出した。大人になったからって、わざわざ積極的に聞きたいとは思わない。
「いーな!貸して貸して!」
進藤がそう言いながら手を伸ばすと、和谷が、身軽に ひょい、と もっと手を伸ばして阻止した。
「おまえ壊しそうだからやだ!伊角さん、パス!」
「!!て……え?」
突然、和谷の体温で少し暖まった携帯電話が手渡された。
慌てて、落として壊さないように手の中でしっかり持ち直す。
「和谷っ!?ちょ、こ、これっ…」
「伊角さんごめん!ちょっと持ってて!おれ、トイレ!」
そういうと和谷は あっ…という間に駆けて見えなくなってしまった。
「ちぇっ……あーあ、オレもケータイ欲しいな〜…」
そう呟くだけ呟くと、すぐに進藤もどこかへ行ってしまった。いきなり嵐が去った後のような静けさの中に、携帯とポツンと取り残されてしまった。
最新の携帯、か………まったく興味がないわけじゃないけど。
見た目が白い それは、よく見ると表面がキラキラ光って見えた。新品だからだろうか?すべすべとした肌触りが、どこか碁石を思わせるような気もする。
携帯を開くとすぐに"録音"という文字が画面にあった。その文字に慌てて画面を閉じようとしたのが悪かった。何も録音する気はないのに、気付いたら指で録音ボタンを押していたようだ。数字がカウントされているのを見たら、同時に時計の針のような音が頭の中に響いて、鼓動も早まりだした。
あっ、だか
えっ、だか言う口になる。
考えが纏まらなくて一瞬で真っ白になる頭。
停止する方法も分からない。
「わや…!」
どうにかそれだけ絞り出して。でも続く言葉が見つからなくて
「……す、き だよ……」
いつも思っていた言葉がすんなり出てしまった。どこかホッとした。しかし、ホッとしている場合じゃない。あとはこれを消さないと…
……あれ、どうやって消すんだこれ……?
悪戦苦闘するも、気持ちが はやると更にパニックに陥いる。早くしないと和谷が返ってきて携帯を回収してしまう。そしたら……
そしたら…………
「あっ伊角さん!」
「!!」
まるでその場で何センチも飛び上がったかのような気持ちだった。
「持っててくれたんだ」
「あ……ああ」
ひょいと携帯電話は持ち主の元に戻ってしまった。やばい…あれを聞かれたら……
言い逃れなんて出来ない。
「和谷!」
「あっなんかボイスメモに新規登録とかあンじゃん♪」
「わや!和谷…あのな」
聞いてくれ……
…だめだ、聞いてない。
パアァと和谷の顔が明るくなる。
それを見て、罪悪感で怯む心。
「録音してみてくれたんだ!伊角さん!」
うっわー!なんだろ、ありがとー!と無邪気に微笑む。
「和谷!」
両方を掴んで少し無理やりにも向き合わせると、驚いたようで ようやく黙ってこっちを見てくれた。
意外と大胆に動く自分の腕に驚いた。焦ってないとこんなこと出来ないけれど。
「和谷、おれはずっと、前から…和谷のことが…」