傍に(ヒュブラ)「あら、あなたもお見舞い?」
「どういうことだ?」
昼下がりのことだ 。親友を訪ねようと顔を出してみれば、ちょうどその部屋から出てきたらしいローバと鉢合わせになった。
「聞いてないのね?体調を崩したそうよ」
彼女とブラッドハウンドは共に食事をする仲だ。故郷のことで思い悩み苦しんでいた事を気にかけていた一人でもある。既にライフラインの診察が済んでいることや、少し熱があるがしばらく安静にしていれば良くなるだろうということを聞く。しばらくぶりにディナーに誘おうと思ったけれどお互いベストな状態でないと楽しめないものね、と隙の無い彼女の表情が一瞬曇るのを見てとる。
「そのディナーにはドレスコードはあるのか?気が向いたら俺も呼んでくれや。今度3人で色々話そうじゃないか」
「ふふ、考えておくわ。そう、あの衛生兵さんからは長話は禁物だと釘を刺されているから気をつけて頂戴ね」
「あぁアイツの負担になるつもりはねぇよ。色々ありがとうな」
部屋に入るとアルトゥルが出迎えてくれた。腕にとまったそのカラスの嘴の下を軽くくすぐってやる。主人である狩人の真似事だが満足そうにクーと小さく鳴いて飛び立つ。翼の黒の奥に複数の色が煌めく。着地した先にはベッドがある。
「……ウォルター…………?」
「手土産も無しで悪いな。義手の調整をしに行ってて知らなかった。でも具合が悪いって聞いたら心配だろ?」
「……外で話をしているのが少しだけ聞こえた」
毛布をすっぽり被っていて様子は分からない。普段の装備がすぐ脇に整えてあるのを見る限り楽な格好はしているようだ。戦闘時以外でもずっと顔を覆っているので、ベッドの中でもそうなのではないかと少し不安に思っていた程だ。
「声を聞く限りそこまで酷くなさそうだが、気をつけろよ」
「ライフラインが端末を置いていってくれたのだ。何かあればすぐに呼べるようにと」
「流石だな、シェ。これなら安心だ。……あぁすぐに出る。あんまり長話してると怒られちまうからな」
見えないだろうが軽く手を振って去ろとする。
「…………待って」
「どうした?水でもいるなら用意するぜ」
「ここにいて」
あぁ構わないと答え、ベッドの脇に適当な椅子を持ってきた。すぐ近くに腰掛けると布越しにブラッドハウンドの存在を再認識する。アルトゥルも寝具の縁にとまって見守っている。そうしてどれぐらい経った時点でか分からないが、ふと無意識に手を伸ばしていた。眠れぬ子どもにするように毛布の上から撫でていた。もぞりと体が動いたので我に返って手を引っ込めた。
「おっと悪い、気に触ったか?」
「いや…………」
一瞬躊躇った後に小さく言う。
「……触れていて欲しい」
普段の様子からは想像もつかない要望に豆鉄砲をくらったような顔をしてしまった。嗚呼、でも。ブラッドハウンドが一人山に向かい帰ってきた時のことをを思い出す。この微熱も今まで張り詰めていたものが一気に緩んで体調を崩したものに違いなかった。少しの間黙ったことを不安に思ったのかもしれない。ブラッドハウンドが遠慮がちに再度口を開く。
「……ウォルター……頼っていい?」
「はは!勿論だ。断る理由なんてこれっぽっちもないぜ」
傷跡だらけの手が差し出されたので義手の手で握る。そのまま毛布の下に導かれる。
「……冷たい」
たどり着いた先は頬だろう。火照った皮膚には金属の冷たさが丁度いいらしい。先程よりもずっと安心仕切った柔らかい声色だ。そのまま指で軽く撫でるとブラッドハウンドが小さく笑う。思わず自分も微笑む。
「右腕だろうが左腕だろうがヒューズはいつでも出張するぜ?ゆっくり休んで早く元気になってくれよ」
「ありがとう……もう少しだけ……こうさせていて……ウォルター」
「勿論だ。好きなだけこうしてるといいさ」
しばらくすると寝息が聞こえ始めた。あの狩人が他人の前で無防備な状態になっている。あの間、ろくに眠れていなかったようだし安心した。久々に穏やかな気分だ。俺自身も嬉しい。
「ブラッドハウンド、ありがとうな。傍にいてくれて」
独り言を呟いた。脇で聞いていたアルトゥルが首を傾げた。
ナースコール代わりの端末は置いてきているが、つい最近までかなり無理をしていた患者だ。念の為ということでブラッドハウンドの様子を見に来たのだ。ライフラインは扉の前で呼びかけるが返事は無い。入ってみると、眠りに落ちているブラッドハウンドとそのすぐ脇で居眠りをしているヒューズが視界に映る。少しだけ考えた後、ライフラインは二人をそのままそっとしておくことにした。穏やかな眠りを妨害するほど厳しい医者では無いのだから。