ミラジとフェド随分と騒がしい店だ。普段道端で見かける騒がしさとはまた別種のものだが。レジェンド達が頻繁に出入りしているこの建物は新人歓迎パーティーと称して貸し切りになっていた。最初こそ挨拶は交わしたものの雰囲気に慣れず隅の席に移動していた。テーブルにあったナプキンの端をいじりながらぼんやりと時間を潰す。参加する気など無かったのだが、勢いに流されてここまで来てしまった。ふと気配を感じたかと思えばカクテルが置かれる。差し出されたこれに覚えはない。視線を上に向けるとそんなに睨むなよと男が歯を見せながら言う。
「ミラージュスペシャルさ。俺をイメージした風味豊かで色っぽくてそれでいて爽やかな後味。このフルーティーさはお酒初心者にもオススメだぜ。残念ながら"蜃気楼"は再現できていないんだけどな」
「頼んでいない」
鮮やかな黄色をした飲み物と差し出し人を交互に見る。
「本日の主役が何言ってるんだ。こいつはウェルカムドリンクだ。店に入った時のウェルカムじゃないぜ。レジェンドとして、APEXゲームにウェルカム!な意味でのドリンクだ。あーっともしかしてアルコール類はダメだったか?……えぇと好き嫌いまでは載ってないからな」
「.......飲めないことは無いが」
「なら良かったぜ!遠慮せずに飲んでくれよ。その.......ませ、まし、マスクを外すのは嫌だったかもな。向こう見てるから今のうちにグッといってくれ」
おしゃべり男はその場でわざとらしくこちらに背を向ける。代わりに彼のデコイがぬっと出てきてこちらを覗き込む仕草をしている。
「なぜ俺に構う、何が目的だ」
「構うってお前がここに来たからだろ?それ以外になにか?」
振り向きがてらデコイと頷き合う。そういうお前が、半ば強引に自分を連れて来たうちの1人なのだが。
「それにしては俺のプロフィールをよく見ていたようだ。今度からは食事の好みも載せておいてやるか?」
「冗談が言えるなんて思ってなかったぜ」
「これぐらいは普通だろ」
「ンンッ。新しい敵でもあるし、一緒に戦う仲間になることだってあるだろう。新入りをチェックするのは当たり前さ」
それにしてもと彼は姿勢を正す。
「お前は本当のことそのまんまの書いてるのか?あのやばいクライアントのことも?」
APEXゲームには曲者が多い。経歴が怪しいものや素性を明かしていない者。そもそもこのアウトランズには無法者も数多くいる。喧嘩を売った買ったなど日常茶飯事であるし、大なり小なり毎日どこかで悲劇が生まれているに違いなかった。恨みを持った者に狙われることも。どう考えても己の経歴を堂々と晒して主犯をおびき出そうとしている方が異常なのだ。肯定の返事をすればミラージュは少し黙った後こう言った。
「家族と仲が良かったんだな」
思わずこちらも固まった。遠い昔のようでいて昨日のことでもあるようだった。父やルイス兄さんの顔が思い出されていた。絶え間なく続く銃撃で血の中に倒れてゆく姿。スーツによって引き離された俺は弔ってやることも出来なかった。
「.......仲は良い方だったと思う。少なくとは俺はそう思っている」
顔をあげればさっきまでの賑やかさはどこに行ったのか、ミラージュは寂しそうな目をしていた。
「同情か」
「まぁ.......同情だな。同じ感情、だもんな。お前みたいに皆殺しにされたとかじゃないんだが.......その」
彼は口ごもって無理矢理笑顔を作る。
「.......あぁいやでも俺にはまだ母親がいて.......わ、悪い。話すべきじゃなかったな。せっかくのカクテルが台無しだ。悪い子だぞ。な?エリオット」
まだ隣にいたデコイは本体に小突かれ光の泡のようになって消えてしまった。
「いや.......」
残ったホログラムの光を視線だけで追う。俺が復讐に駆られてここまで来たのはそれだけ家族を愛していたからだ。喪失だけの感情ではない。
「.......1つ聞かせてくれ」
「えぇと、なんだ?」
「お前は兄弟の中で1番下か?」
「そ、そうだが.......なんでだ?」
「俺もだ」
ナプキンから酒の入ったグラスに俺の手が移動したのをちゃんと見ていたのだろう。彼の口角が上がるのを俺も見てとった。ミラージュが話しかけてきたのはきっと兄弟のことが理由だ。口調からして彼にも兄がいたのだ。また流されたとも思ったが悪い気はしなかった。顔を覆っているマスクに手をかけるとそれを外す。彼はただ俺がカクテルを口に含むのを眺めていた。
「で、どうなんだ。実の所を言うとミラージュスペシャルはまだ試作品で、店で提供してないんだ。感想を聞かせてくれ」
舌の上で転がしてみる。果実の味と.......鼻から抜ける香りは彼が言っていた通り爽やかなものだ。
「悪くはないな」
「つまり良いってことで構わないか?何が悪くて.......いや何が良いか教えて貰わないと困るぞ」
「強いて言うなら少し甘いかもしれない。他の奴にも飲ませたらいい。舌が肥えていない俺だけの意見では頼りないだろう」
ミラージュは嬉しそうにそうかそうかと頷く。人差し指を立てて胸を張る。
「今は俺の分だけしか考えてないんだが、そのうちパススペシャルやレイススペシャルも作る予定なんだぜ。レジェンドをイメージしたカクテルなんてイカすだろ?もちろんお前のも作ってやっても構わないぞ。お前は俺ほどじゃないがクールなイメージだからええと.......そうするとレイスと被るな。もう少し別なキャラになってもらうことは可能か?」
「それは無理だ」
「おいおいお前をイメージしたメニューだぞ!クライアントもいつか食いつくかも」
「..............考えておく」
「今のは冗談だったんだがな?!」
「ねぇ見てよレイス!」
「どうしたの」
青い機体に軽くつつかれ指さす方を見る。ミラージュがいつの間にか赤いスーツをまとった男と談笑しているではないか。マスクをつけていないので一瞬誰かと思ったがあれはフェードだ。
「ミラージュってすごいね。僕が挨拶てもあまりお話できなかったんだ。お友達になれたなら僕にも紹介して欲しいな!」
「私もそうね。聞きたいことが山ほどあったけど.......」
あのスーツには自分と同じく次元を越える技術が使われている。何か分かるかもしれないと根掘り葉掘り聞くタイミングを伺っていたが今日はどうやら無理そうだ。何より楽しげに話している友人の邪魔をするのは野暮だ。
「私たちは私たちで楽しみましょう、パス。もし誘われたら行けばいい」
「そうだね!早くフェードとも友達になりたいな」
パラダイスでの夜が更けていった。