理想の生活 朝、強い日差しを感じて目を覚ます。真っ先に感じるのは程よくぷにぷにでふわふわした、ライチュウの柔らかい身体だ。滑らかな毛皮の身体は、私の隣で気持ちよさそうな寝息を立てている。起こさないようにそっとコッペパンのような手をにぎにぎして、電気袋に触れないように気をつけながら小さな頭を撫でてベッドを出た。
立ち上がって伸びを一つ。日が照っている方を見れば、ベランダで仲睦まじげに肩を並べる二匹。リーフィアとキュウコンだ。天気が良いとすこぶる調子が良くなるリーフィアと、晴れ男のキュウコンは相性が良い。バトルやタイプ的な相性だけでなく、性格的にも相性が良いのだろう。二匹は姉弟のように仲が良く、いつも一緒にいる。ベランダで朝の日差しを浴びるのは二匹の日課であり、あの日差しに私はいつも起こされている。
ドアの方へこっそり歩き出そうとすると、二匹が同時にこちらに振り向いた。さすがポケモンだ。気配に敏感である。思わず「あっ」と口を開けば、リーフィアが立ち上がって器用に前足でベランダの戸を開けた。ふぃあふぃあ、とリーフィアが笑顔で挨拶する後ろで、キュウコンも、こん、と挨拶をしている。
「おはよう。今日も早いね」
そう返せば、リーフィアが部屋に戻ってきて、彼女に続くようにキュウコンも部屋に戻ってきた。そして彼もこれまた器用に前足で戸を閉める。戸の前にあるタオルは昨日替えたばかりだし、まだ洗わなくてもいいか。小さな足の茶色い跡がついたタオルを見て思う。足をタオルで綺麗にすると、二匹はそれぞれ別行動に入った。
リーフィアは私の方へは向かわずに、真っ先にベッドの上に乗りあがる。進化前からの仲であるライチュウを起こすためだ。このあとライチュウは、彼女の尻尾や前足の葉っぱでくすぐられることになるだろう。一方キュウコンは私の周りをぐるぐるしてからドアの方へ向かった。これは「早く開けて。ご飯食べに行こ」という催促だ。その曇りなき眼にどうしても笑ってしまう。私がドアを開けてやると、キュウコンはすたすたと部屋を出て、また私を見る。「行かないの?」とでも言いたげに。その様子がかわいいから、いつもそうやってしまう。部屋を出る前、私は後ろを振り返った。ライチュウはまだ起きていない。
「リーフィア、頼んだよ」
そう言うとリーフィアが元気よく、ふぃぃあ! と鳴く。直後、その声で起きたらしいライチュウの寝ぼけた声が聞こえてきた。ぎょっとしてライチュウの方を振り向くリーフィアと、目をこすりながら、らいらぁい……と鳴くライチュウ。そんな二匹の様子に笑いながら私は部屋を出た。
部屋を出ると、ソファの近くでフライゴンが体を丸めて寝ていた。フライゴンはいつも私の部屋で寝ている。それなのにここで寝ているのは、とりあえず起きたのはいいものの、朝のフライトに行く気も起きず、結局また寝た……といったところだろう。朝ごはんの準備ができるまでそのまま寝させてあげようか、と思ったが、その前にキュウコンが動いた。
華奢な前足でフライゴンの大きな触覚をちょんちょんつつきながら、キュウコンはこぉん、こんと鳴く。するとフライゴンはふりゃりゃ……と眠たげな声を出しながら、ゆっくり頭を持ち上げた。赤いグラスの奥のつぶらな瞳が、眠そうにしばたいている。また眠ってしまいそうなフライゴンを起こすために、キュウコンは尻尾で勢い良くフライゴンの頭を叩いた。これにはたまらず、フライゴンもふらぁ! とびっくりして飛び上がり、彼の頭が天井すれすれのところで一瞬止まる。屋内で羽ばたくことができないフライゴンは、重力に従ってそのままぽすんと落ちた。
柔らかいカーペットの上でよかった……。下の階から苦情が来る心配は必要なさそうな着地音にひとまず安堵し、私はキッチンスペースへ向かう。するとそこには既に、一つの大きな背中が立っていた。
「おはよう、エンペルト」
エンペルトは私の方に振り返ると、ぺるる、と頷いてキッチンスペースから立ち去って行った。その両手には三枚の皿が積み重なっている。手の内側の、小さな三本の爪の上に器を乗せ、悠然と去っていく姿は流石としか言いようがない。昔はやんちゃなお姫様だったのに、よくまあしっかり者に育ってくれたものだ。毎度のことに感心し、彼女が去った後のキッチンを見る。作業台の上には、一回では運びきれなかった三枚の皿と、三種類のポケモンフーズの箱、開けたままの木の実のタッパが置かれている。フーズや木の実が多少零れているものの、ポケモンが、しかも指を持たないポケモンがやったにしては綺麗な方だろう。私は残りの皿をリビングへ持って行ってから、自分の食事を盛ることにした。
お味噌汁が温まるのを待つ途中、リビングの窓を叩く音が聞こえた。私が行くまでもなく、フライゴンがのそのそ歩いて行き、窓を開ける。すると勢いよく黒い塊が部屋に飛び込んできた。その黒い塊は部屋の天井付近をふわりと旋回すると窓際に置かれたタオルに止まる。それからまたふわりと飛び上がって、今度は私の頭の上に乗った。
「おはよう、ヤミカラス」
声をかければカァ! と元気よく返事をして、ヤミカラスはそのまま私の頭の上に居座った。
「今日はフライゴンが一緒に行けなかったみたいだけど、大丈夫だった?」
ヤミカラスはガッ! と短く鳴いて返事をした。元気が良いので、おそらく大丈夫だったのだろう。ヤミカラスは色々と誤解されやすいポケモンだから、一人で外を出歩かせるときは気を付けなければならない。常日頃からなるべく毛並みの手入れは欠かさず、しつけも厳しくなりすぎない程度に念入りに。それでも先入観で攻撃されてしまうこともあるから、いざというときは追い風か黒い霧で逃げて、とは言ってある。この技を使う理由は二つ。一つは逃げるのに役立つから。追い風は素早く逃げることが出来るし、黒い霧は視界を悪くするのに丁度良い。もう一つは技を使ったと分かりやすいから。追い風は使うと強い風が吹いて全身の毛並みが変わるし、黒い霧は使うと毛に黒い露が付く。そのチェックをフライトから戻ってきたヤミカラスにするのも、私の日課の一つだ。ヤミカラスもそれをわかっているので、こうして丁寧に私の頭の上に乗ってきてくれる。
ということで、早速頭の上にいるヤミカラスを撫でる。手触り、ふわふわ。触った手、湿り気も変色もなし。今日のチェック、どちらも異常なし。ほっとして温めたお味噌汁を電子レンジから取り出し、よそっておいたご飯と一緒にリビングへ持っていく。いつの間にか台の上に置かれていたおかずは、エンペルトが冷蔵庫から出しておいてくれたものだろう。
台の上には私のごはん。すぐそばの床に置かれた六つのお皿は、ポケモンたちのごはん。朝食の用意は整っている。私が座布団に座る前に、ヤミカラスは自分のごはんの前に降り立った。さっきまで私の部屋にいたリーフィアとライチュウも、いつの間にかごはんの前で待機している。座布団に座れば、みんなが期待のこもった目で私を見た。皆、顔に「食べていい?」と書いてある。その様子に思わず笑って、手を合わせる。
「それじゃ、いただきます」
「いただきます」は「食べてもいい」の合図だ。皆「待ってました」と言わんばかりに一斉に食べ始めた。正直、個人的には勝手に食べてくれていいんだけどなって思うんだけど、それは「しつけがなっていない証拠」らしいので、この子たちが悪い子たちだと誤解されてしまわないためにそうしている。
テレビをつけ、朝の情報番組を横目にポケモンたちの様子を見る。今日もエンペルトの特性ブレンドは美味しいらしく、作った本人はもちろん、他の五匹も美味しそうに食べている。食欲が落ちているポケモンがいないことを確認し、テレビへ目を向けると丁度ポケモンフード特集が始まった。それに気づいたリーフィアが、前足でちょんちょんとエンペルトをつついて、ふぃあふぃあと声をかけると、エンペルトはすぐにテレビへ目を向けた。味にうるさいエンペルトが自分でブレンドするようになって早六年。実家にいるときは自分の分しか作っていなかったのに、私が一人暮らしを始めてしばらくすると、仲間の分も作るようになった。おそらく、初めて仲間の分を作った時に大変好評だったのが嬉しかったのだろう。今ではほぼ毎日彼女がフードをブレンドしている。だからこういうフード系の話を見かけると、エンペルトはすかさず食いつく。まるで、料理番組を見る主婦のように。
しかしこうしてみると、あれだな。エンペルトがだんだんお母さん……いや、オカンのように見えてくる。彼女の場合性格面から考えて、オカンという呼称が一番適しているだろう。そうすると、リーフィアがしっかり者のお姉ちゃん、ちまちまと美味しそうに食べてるライチュウは妹かな。キュウコンはリーフィアと歳の近い弟で皆の兄貴分、フライゴンは自分を兄と思い込んでいる弟。ヤミカラスは一番遅くゲットした子だけど、末っ子ではないよなぁ……。そんなことを考えながらポケモンたちの方を見ていたら、ライチュウと目が合った。するとライチュウはニコ~っと笑って、またフードを食べ始める。うん、末っ子はライチュウかも。この中だと結構年上の部類だけど……。可愛いライチュウの笑顔に私も堪らず笑顔になって、またテレビの方へ目を向けた。
テレビではお洒落なフレーバー系のフード専門店が紹介されている。偶にはこういう店に行くのもいいかもな。そう思ってエンペルトの方を見ると、彼女はポリ……ポリ……と食べる口を動かすのもそこそこに、テレビに釘付けになっていた。リーフィアとライチュウは「へー」といった風に興味深そうにぽりぽりご飯を食べながらテレビを見ている。一方、キュウコンとヤミカラスは「ふーん」といった風でそれほど興味無さそうな様子だ。テレビを横目に見ながら、ぱくぱくご飯を食べている。そしてもう食べ終わっているフライゴンはテレビに釘付けになって、フードの皿の縁を撫でつつふりゃあ……と呟いている。この様子を見るに、フードのお店は女性陣プラスフライゴンで行くのが良いだろう。