彼が夢の世界から現実へ引っ張り上げられた時、部屋はまだ暗かった。太陽の気配を一切感じられない静けさは、彼の瞼をもう一度閉じさせるに十分なものだ。しかし彼は瞼を閉じなかった。隣にあるべき温もりが無く、ベッドの縁によく見慣れた円い人影があったからだ。
「あいぼぅ……?」
寝起きのぼんやりした声が彼の口から出て、人影が彼の方へ振り向いた。
「悪い、起こしたか」
「いんや……」
彼は夢うつつの舌足らずな声で答えてから、囁き声を出した人影を見上げて尋ねる。
「おまえは……どうした……?」
「目が覚めたから、ちょっと空を見ていた。良い星空だから……」
今度はいつも通りの――とは言っても、幼子と話すような優しさを含んだ――声が返って来たので、彼も目をこすりながらのそりと起き上がり、人影の元まで這って近寄ると、窓の外を見上げた。ベッドの側には大きな窓があり、朝にはその窓から燦々と陽光が降ってくる。今は夜だから、溢れんばかりの星屑が、窓の外を彩っている。
「ほんとうだ、良い星空だ」
「故郷がよくみえる」
ここには二人以外に誰も居ないというのに、彼女は彼の言葉を補った。彼はそのことを咎めることも無く、ただ片割れに寄り添うように星空を見上げた。
そうして暫く沈黙を楽しんでから、彼は口を開いた。
「還れると思うか?」
「還れないさ」
彼女はすぐに答えて、隣で寝そべる彼を見下ろす。そして自分の言葉に根拠を持たせるように、片割れに口づけをした。
「かえれないよ、もう」
彼女がそう付け足した時にはもう、彼は星空から目を離して彼女を見ていた。
「知ってる」
彼は静かにそう答えた。彼が次に何をしようとしているのか分かったから、彼女はすぐに腰を引いて彼から体を離した。だが彼の手から逃れることは出来ず、そのまま絡め取られるように腕の中に捕まってしまう。
「……もう」
呆れたようなため息をつきながら、彼女の細い指先が、迫る彼の髪を撫でる。口へ、喉へ、寝間着の下に隠れた肌へ。降り注ぐ口づけを受けながら、彼女はうっそりと瞼を閉じた。