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    アキサカ

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    アキサカ

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    pixivのミラー。保管庫として。

    #五悠
    fiveYo

    それが惚れた弱みと言うヤツです。「先生さぁ、俺の事信用してなさすぎじゃね?」


    虎杖は、少しムッとしたような、呆れたような顔で、独り言のように嘆いた。
    ソファーにドカりと座り、真っ黒なサングラス越しに旅行雑誌に目を落としている恋人に向けての言葉。

    久々の休日デートにて、些細なことから機嫌を悪くしたのは大の大人の方。
    それも、コレが初めてではない。度々のことで、流石の虎杖も呆れとイラつきを感じてしまっていた。

    カフェでの昼食の後、映画館のチケット売り場の近くで、チケットを購入してくれている恋人を待っていた虎杖が、四、五十代のオッサンに声をかけられた。
    それはただ、近くの店の場所を聞かれただけだったのだが、笑顔で気さくに応えている虎杖を目撃し。その恋人、五条悟は不機嫌を顕にして、その後ほぼほぼ無言で映画を見て帰路についたのだ。

    五条が借りているセーフハウスに二人が帰りついてからも、虎杖が会話を投げかけても、五条からは生返事だけしか帰ってこなかった。
    面白くなさそうに、雑誌をペラペラとめくり、会話する気が無いことをアピールしていた。

    こんな時、普段は虎杖がどうにか機嫌をとったり、気分転換に食事を作ったりするのだが。こうも度々、こちらに別段非のないことでヘソをまげられていては身が持たない。と、そう思う虎杖。

    「俺が浮気するようなヤツだって疑ってるから、誰かに愛想良くしたりすると不機嫌になるんだろ?」

    虎杖だって、15歳とはいえ、完全な子供ではないし、そこまで鈍感でもない。
    五条がヘソを曲げている理由は分かっていた。
    けれど、だからこそ腹が立つ。
    最初の方こそ、恋人がヤキモチを焼いてくれていることが嬉しく感じていたが、今ではそうやって疑われているということが腹立たしい。
    浮気する気などサラサラないのだから。
    けれど、この恋人はどんなに説いても変わらなかった。

    「俺ってそんなに信用ねーの?」

    コチラを無視している恋人の、持っていた雑誌をむんずと掴んで奪い取る。
    そうしてやっと五条は虎杖の方を見た。

    「…疑ってるんじゃないよ。分かってんの」

    「は?」

    「悠仁は浮気するヤツだって」

    不機嫌に五条が言い放つその言葉に、虎杖は面食らう。
    これまで、もちろん浮気した事などないし、しようと思った事だって一度もない。
    それなのに、何故そんな事を言われるのか。
    身に覚えのない、失礼な疑惑…というか決めつけた物言いに、虎杖は憤慨した。

    「なんだよそれ!?俺が何したっつーの?キスだってエッチだって、全部先生が初めてだったし、先生しかしらねぇよ!これからだって浮気する気なんかサラサラねぇよ!」

    語気を荒く早口でまくし立てるその言葉は、剣幕とは裏腹に、虎杖精一杯の誠実な言葉だ。
    けれど、五条は表情を変えることなく、コクンと頷く。

    「うん、知ってる。悠仁の初めて貰えた事はちょー嬉しいし、ちょーラッキーだと思ってるし、てゆーかそうじゃなかったら今頃嫉妬で、元彼とか元カノ殺してるかも知れないし、ちょーありがたいと思ってるし、悠仁が僕の事ちょー好きだって事もちゃんと分かってる。」

    「はぁ!?」

    「でも、そういう事じゃないんだ」

    五条は力なく小さくため息をつき…。
    不機嫌、というか悲しげな表情になっらて虎杖を見上げた。


    「例えばさ」

    「愛憎渦巻く都心のラブホテルに呪霊が巣食ってるとして」

    「その呪霊が人質をとって、悠仁に卑猥な事を仕掛けてきたら」

    「例えば、人質の体を乗っ取ってヤラシー事してきてさ、抵抗したらソイツを殺すぞとか脅してきたら」


    「悠仁はどうする?」


    落ち着いた、優しげな声だった。
    いつもの、担任教師として難問を投げかけて来る時よりも、きっと優しい。
    優しすぎる大人の声色。

    その優しい声の言葉は、だがしかし、虎杖の心臓にグサリと深々突き刺さり、頭を真っ白にさせた。

    「………。」

    すぐに返事を出来ない虎杖を、五条は悲しげに見る。
    そして、フッと笑う。

    「分かってるよ。悠仁は人質の安否を最優先するよね?」

    そう。五条は分かっている。
    虎杖の、『人助け』を生きる意味と見出している性格から、どういう行動をとるかなんて分かりきっていた。
    その行動によって例え自分の体が汚されたとしても…辱められたとしても…
    救うべき誰かの命を優先するだろう。


    「突拍子もない質問だと思う?そういうおかしな呪霊なんていないと思う?」

    「呪霊は人間の負の感情が産み出したもの。恋愛感情は、強い嫉妬や憎しみ、恨みの源。ラブホテルの変態呪霊なんて過去に何件もあった事例だよ」

    「呪霊だけじゃない、呪詛師だっておかしなヤツらばっかりだ。精神攻撃をしてくるのなんて敵の常套手段」



    「分かってるんだよ。僕は。悠仁が浮気するヤツだってこと。…悠仁の意志とは関係なく、ね」


    だからこそ、人の良さから来る油断や隙が腹立たしい。危なっかしくて、恐ろしくて、見ていられなくなる。

    昼間のオッサンは、不用意に虎杖の肩を触っていた。オッサンの手元のメモ帳を覗き込んでいた虎杖は、それを気にも止めていなかった。その無防備さのなんと恐ろしい事か。

    五条はいつも嫉妬で不機嫌になるのではない。本当は恐れているのだ。
    虎杖が傷つくような自体になる事を想像し、本当は怯えているのだ。
    その事を虎杖は分かっていない。



    「……。」

    虎杖は、未だ言葉を失ったままだった。
    今まで考えたこともなかった問いかけに、頭の中で上手くシュミレーションする事もできず、呆然としてしまう。
    五条の言っている事は理解出来るし、絶対にない事だと反論する事も出来ない。
    そして、五条が言う通り、自分はそんな場面に遭遇した場合、自分の事よりも人質の命を優先するだろう。それも分かっていた。
    一度もそんな事を考えたことの無い自分はやっぱり子供なのだろうか?
    けれど、そもそもソレを浮気と言うのだろうか?
    陵辱を裏切りと見なすのか?
    色々な考えが頭の中をグルグルするが、上手い反論は出てこなかった。

    しばらく沈黙し…、やっとの事で、虎杖は口を開いた。


    「…じゃあ、先生ならそんな時」

    「僕は、悠仁が泣いて嫌がるなら、人質にゴメンねって言って見殺しにするよ」

    「……。」


    やっと絞り出した反論とも言えない問いかけを、言いきる前に瞬殺されて、虎杖は再び口を開けたまま言葉を失った。

    そんな虎杖に、五条はさらに言葉を被せる。

    「僕はね、悠仁を失うくらいなら、何人だって見殺しに出来るし、自ら手を下す事だっていとわないよ」

    家入硝子あたりが聞いていたら、「脅迫はやめろ」とドン引きで諭しそうな台詞。
    五条にとってその台詞に、誇張や虚仮威しは一切ない。
    本心からの言葉だった。

    無言の虎杖に対して、五条は肩をすくめた。
    二人の間に流れる沈黙。

    どれくらいたっただろう。
    虎杖の大きなため息で、少しだけ部屋の空気が動く。

    虎杖は、反論出来ない事が悲しかった。
    五条の言う通り。自分はもしかしたら、五条の気持ちを裏切ってしまう人間なのかもしれない。それは自分の気持ちとは関係なく。
    その事実を自覚して、言い負かされた気持ちになったし、申し訳ないような気持ちになった。
    五条の言うことは、きっと的を得ていて、当たっているのだ。
    普段の五条の執拗なまでの嫉妬に、少し納得してしまうところはあった。

    けれど…とも、思う。
    けれど…

    「先生さぁ…」

    「…なに?」

    「俺がもしそういう場面に遭遇したとしてさ」

    「うん」

    「…先生に嫌われるかもしれないからって理由で、他人の命を見捨てる俺だったとしたら、先生は好きになってた?」

    「……。」

    虎杖の台詞に、今度は五条が言葉を詰まらせた。


    虎杖は時々、酷く鈍感で、そして酷く察しがいい時がある。
    こと、恋愛に置いては、少女漫画の登場人物のように、他人からの好意に鈍感である。それでいて、相手が必死に誤魔化そうとしている核心を捉える力は、ピカイチだったりもする。

    さっきの言葉が、正にそれだ。

    自分の都合や感情で、他人の命を見捨てるような虎杖悠仁であったならば、果たして五条悟は、恋に落ちていただろうか?
    目の前の命を見殺しに出来る人間を、果たして虎杖悠仁と呼べるであろうか?
    答えは分かっている。
    否、だ。

    五条は、盛大なため息をつき、両手で己の頭を抱え、げんなりとして肩を落とした。

    「あ"ー……コレが惚れた弱みってヤツかー…」


    心からの嘆きを、腹の底から出る声で大きくぼやく。

    「は?」

    五条から出た突然の大声に、驚いた顔をする虎杖。
    変な質問をして、怒らせてしまったか?と不安げに俯いた五条の顔を覗き込む。

    「……先生?」

    五条は俯いたまま、何も言わない。

    しばらくして。
    顔を上げた五条の表情は、少しだけ吹っ切れたように笑っていた。

    「……?」

    困惑する虎杖の腕を引き、ソファーに座る自分の膝の上に座るよう促す。

    「まさかイケメンで最強のこの僕が、浮気するようなヤツと付き合うとは、想像もしてなかったな〜」

    「!?だから、まだしてねーし!する予定もねーよ!」

    招かれた膝に座りながら、五条のおかしな独り言に、驚きつつ全力で否定する虎杖。
    先程の虎杖の質問に答えないままで、腰に手を回してきた五条の行動に、「あれ?コレなんか流されそうになってないか?」と気づき、五条の手を掴んで止める。

    「そもそもさぁ!俺を浮気するヤツって決めつけるんなら、何でそんなヤツと付き合ってんだよ!?」

    「だから〜、それが惚れた弱みってヤツなんだよ」

    「はぁ!?」

    五条の悟ったような台詞に、虎杖は訳がわからんといった表情になる。

    「じゃあさ、悠仁は、さっきのシチュエーションで、人質見殺しにする僕を嫌いになる?」

    「!?」

    「なれないでしょ?」

    「……っ」

    五条の問い返しに、ぐっと息を飲む。

    性格以外の全てを持ち合わせていて、傲慢で独占欲の強い我儘な恋人。
    時々垣間見える冷酷さは、自分の害となる物には容赦のない冷たさを向けるであろうことを容易く想像させる。
    きっと何人、何十人の命と天秤にかけたとしても、この男は自分の心に正直に動くだろう。

    助けたい人間だけ助ける。
    助けられる人間でも、助けるとは限らない。
    自分とは真逆の判断基準。

    だからって、嫌う事も見放す事も、非難する事も、虎杖には出来ない。
    何故なら、そんな奔放さと力強さにこそ憧れたのだから。
    惹かれてしまったのだから。


    「ね?それが、惚れた弱みってヤツなんだよ」

    虎杖の腰を引き寄せ、その胸に顔を埋めながら五条が言う。
    「なんだよそれ…」と呟く虎杖。
    五条の言う『惚れた弱み』という意味は、完璧には分からない。
    けれど虎杖は何となく納得してしまった。

    執拗な嫉妬や束縛、毎回同じような事で不機嫌になり、子供のように意地を張ったり、拗ねて見せたり。
    それでも決して嫌いになんてなれない。
    愛おしいと思う事さえある。
    きっとそれが。


    「惚れた弱み…か…」

    蛍光灯の光に透けるサラサラの白髪と、誰もが振り返る程の整った顔面を、まるで小さい子供の様な仕草で自分の胸にグリグリと押し付けてくる五条。その大きな背中を、ポンポンとあやすように叩きながら。
    虎杖は小さく、五条の言葉を繰り返したのだった。


    終わり
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