【ミクスレ】ミクリオへの感情が分からなくなる。隣にいると安心できるのは変わらないけど、時々新しい遺跡を見つけた時のような高揚感が混ざる。顔が熱くて困る。
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広場で、ミクリオは街の人々に囲まれて談笑していた。いつも通りの落ち着いた表情で、どんな話題にも冷静に応じている。スレイは少し離れた場所からその様子を眺めていた。ミクリオは周りに対して優しさを見せつつも、どこか距離を置いたような笑顔を浮かべている。
けれど、ミクリオがふとスレイに気づき、視線を向けた瞬間、スレイは息を飲んだ。
ミクリオの表情が一瞬で変わったのだ。さっきまでの冷静さはどこへやら、柔らかく親しみを込めた笑顔が彼の顔に浮かんでいた。まるで、スレイだけが特別な存在であるかのように。
スレイの胸がドキリと高鳴った。その違いに、彼は初めて気づいたのだ。周りに見せるミクリオの笑顔と、自分にだけ向けられたこの特別な笑顔――それがスレイの心をかき乱した。ミクリオがただの友達ではなく、自分にとってどれほど大切な存在かを痛感する瞬間だった。
スレイは思わず視線を逸らし、顔を赤らめた。自分の中に生まれたこの感情が友情以上の何かだと認めたくない反面、無視することもできない。
「どうしたんだ、スレイ?」
ミクリオが彼のもとに近づいてきた。心配そうな顔をしているミクリオを見て、スレイの心臓はさらに早く打ち始めた。
「う、ううん、何でもないよ! ちょっと考え事してただけ!」
スレイは慌てて笑顔を作り、必死に平静を装おうとする。しかし、ミクリオに向けられたその特別な笑顔が、頭から離れない。どうしてミクリオは、あんな笑顔を自分にだけ向けてくれるのか? スレイは、自分の中に芽生えた新たな感情に戸惑いながらも、ミクリオの隣にいることが何よりも自然で、そして幸せだと感じていた。
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スレイは静かに街の広場を歩いていた。陽光が温かく降り注ぐ午後、周囲の喧騒に混じって、彼はふと耳にした会話に引き寄せられた。目の前に立つのは、彼の大切な友人ミクリオと、知らない女性だった。
「私の恋人になってくれませんか?」
ミクリオは少し驚いたように目を見開いたが、すぐに冷静さを取り戻し、優しく、しかししっかりと断った。
「申し訳ないけれど、僕には好きな人がいるから」
その言葉が、スレイの胸に強く響いた。スレイはその場を離れ、目立たない場所に身を隠した。心の中で、ミクリオの言葉がぐるぐると回り続けていた。
(好きな人、いるんだ)
胸の中に重いもやもやが広がっていくのを感じた。ミクリオが誰かと一緒にいる姿を想像するだけで締めつけられるように苦しい。どうしようもない感情が溢れて戸惑う。
「あれ……?」
スレイは、知らず知らずのうちに涙を流していた。彼の目に映るミクリオの姿は、決して近づくことのない遠い場所に感じられ、心の中での切ない思いがますます膨らんでいく。誰かの隣で微笑むミクリオを思い浮かべると、わけもなく苦しくなる。
その時、スレイは一つの決意を胸に抱いた。
(ミクリオに、幸せになってほしい)
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スレイは広場のベンチに座ってぼんやりと空を見上げていた。頭の中でミクリオに対する感情がぐるぐると巡っている。スレイの心は芽生えた感情に苦しんでいた。長い間無意識に抱えていたミクリオへの想い。今になって初めてその正体をはっきりと認識した。
(そうか、オレ、ミクリオのこと好きだったんだ)
皮肉なことに気づくきっかけは失恋だった。ミクリオが告白を断るのを見た。『好きな人がいるから』だって。
「スレイ、どうしたんだい?」
いつもと変わらないミクリオの声。それを聞くとなんだか暖かい気持ちになる。今はその暖かさが苦しい。スレイは答えに詰まりながらも、無理に笑顔を作ろうとした。
「なんでもない」
「話したくなったら言ってくれ」
「……サンキュ」
他に何をするでもなくミクリオは隣に座る。そばにいてくれる。少し心が軽くなる。重くするのもミクリオなのがなかなか難しいところだけど。
スレイは恐る恐る切り出した。
「ミクリオ、好きな人がいるんだって?」
「……聞いてたのか」
「話してくれてもよかったのに」
オレ達、親友だろ? たった一言が出てこない。気づいてしまったものを決定的に諦めるような言葉だから。
「長年の片想いでね、恋が叶わないとしてもせめて今の距離は失いたくないんだ」
その気持ちはスレイにもよく理解できた。今まさに抱いている感情そのものだから。
***
スレイは地面に倒れ込んでいた。血に染まった服が、彼の体から刻々と命がこぼれ落ちていることを示している。目の前の戦いが終わり、静寂が訪れた世界に、ただ彼の荒い呼吸だけが響いていた。ミクリオはスレイのもとに駆け寄り必死に治癒術を詠唱する。
「スレイ! 寝るな!」ミクリオの声は震え、彼の顔には焦りと恐怖が浮かんでいる。けれどスレイは、微かに笑みを浮かべて、彼の顔を見上げた。
「守れてよかった」
スレイの声はかすれ、今にも消え入りそうだった。それでも彼は続ける。
「一つだけわがまま聞いてくれる?」
めったに人に甘えるということをしないスレイの珍しい言葉。
「オレのことはいいからミクリオには好きな人と幸せになってほしい」
ミクリオの心が鋭く痛んだ。その言葉がまるで自分からスレイを遠ざけるかのように響く。
「無理だね」
言葉は自然と口からこぼれ出ていた。
「どう、して」
スレイの目が弱々しくも驚きの色を浮かべる。
「君が死んだら想い人と幸せになるなんて不可能だから」
スレイは一瞬、何かを理解しようとするかのように彼を見つめ返した。そして、少しだけ眉を寄せ、戸惑いの表情を浮かべる。
「え?それって……」
ミクリオは静かに微笑む。スレイの顔に触れながら、決して揺らぐことのない想いを言葉にした。
「僕の幸せは、君の隣にしかないんだ」
その言葉がスレイの胸に響いた。長年の友として、いつも傍にいたミクリオの真意がようやく理解された瞬間、彼の心の中にあった曖昧な感情が形を持った。
「オレ……自惚れてもいいのかな……?」
ミクリオは静かに微笑んだ。彼の瞳には涙が浮かんでいたが、それでも優しく、深い愛情に満ちていた。
「好きだよ、スレイ」
スレイの目に涙が滲んだ。これまで感じていた漠然とした不安や、隣にいるはずのミクリオが遠く感じられた理由がようやく解けていく。誰よりも近く誰よりも遠い二人。その想いは、ようやく一つになった。