かわいいかのじょのつくりかた(凪茨) 鏡に映る自分の姿を見て、何度目か分からない深い深いため息をついた。隣に立つプロデューサー殿は『渾身の出来栄えだ』と自負するような、達成感に満ち溢れた笑顔を浮かべていて、それが互いの浮かべる表情が対照的であることを際立たせていた。
遡ること数時間。自分がプロデューサー殿に捕まる前。
既に自分の手元には先日の【ボギータイム】で課された罰ゲームの執行日が今日であるという通達が届いていた。朝から密着取材という形でカメラが回っているため、朝早くから準備をする必要がある。衣装等は準備されているし、メイクもヘアスタイルも全部任せておけばいい。自分は格好こそ違えど、いつも通り仕事をすればいいだけ。
「おはようございま……す? あれ、ええと、プロデューサー殿? どうしてここに?」
笑みを崩さず、いいからいいからと自分の背中をぐいぐい押し、メイク道具がズラリと並んだ鏡の前に座らされる。確か、メイクの担当はコズプロのスタッフだった筈だが、一体これはどういう事だ……?
「いや、あの、プロデューサー殿。いいからと簡単に流せる事では無く、事務所のスタッフの絡みもありまして……え? P機関を通してちゃんと受けた仕事だから大丈夫? P機関!?」
待て待て、こんなバラエティの罰ゲームのよく分からん企画にどうしてP機関が絡んでくるんだ。解せぬ。表情に出ていたのか、プロデューサー殿がくすくすと笑う。
「えー、あー、P機関が絡んでるのでしたら、自分がとやかく言う事は何もありません。はぁ……お任せしますよ、プロデューサー殿」
そうして出来上がった己の姿を見て、自分は5回目くらいのため息をついた。いや、回数は結構適当だ。
鏡に映る自分の姿を、頭のてっぺんから足の先の先、爪先まで順番に見ていく。
普段は肩にもつかないくらいの長さの髪を、ウイッグによって腰の近くまであるロングヘアにする。肩や背中に髪が当たる違和感と、純粋に髪の量が増えているので頭が重い。
ハイネックの黒のインナーを着て、用意されている濃紺のジャケットを羽織ろうとしたら、プロデューサー殿に同じようなデザインの落ち着きのあるオリーブグリーンのジャケットを手渡されたので、それに袖を通した。
身につける装飾品は全てシルバーで統一する。耳元でちゃりちゃりと耳障りな音を立てるイヤリングの何が良いのか、理解できなかった。あと耳もイヤリングの重さに引っ張られて痛い。
眼鏡はケースにしまい、コンタクトレンズを入れる。ずっと眼鏡で生活をしてきたから、目頭とこめかみの圧迫感が無いのは不思議な感覚だった。
仕上げに爪を塗りますね、と施されたネイルは鮮やかすぎない落ち着いた朱色。薬指の爪だけは黄金色を塗られた。なんだろうこの色合い、どこかで見た記憶があるもののイマイチ思い出せない。ネイルに慣れていないからだろう、指先が息苦しく感じた。
「これで出来上がりですか? 何、ちょっと待って下さいって、いや、そろそろ事務所に向かわないと朝の会議に間に合わないんですが!」
「……プロデューサーさん、もうそろそろいいかな?」
ガチャリと扉が開かれ、閣下が現れる。あれ、何でアンタが居るんですか。今日はもうじき撮影じゃなかったですっけ?
「……わぁ、すごいね。よく似合ってるよ、茨」
ウイッグに隠れた、自分の髪をすくい、そっと口付ける。流れるように自然な動作だったので、自分もプロデューサー殿もどう反応していいのか分からず、ただただ目の前の乱凪砂が何をするのかと目を見開いて行動を観察する。
「……後の説明は、私から茨にするから。プロデューサーさん、ありがとう。本番もよろしくね」
満面の笑みと、親指を立て、プロデューサー殿は一礼して部屋から出ていった。残ったのは自分と閣下の2人だけ。
「は? え、ちょ、閣下、本番ってどういう」
「……本番はもちろん、【ボギータイム】の罰ゲームの日だよ」
「今日……では、なく……?」
「……ふふ。ごめんね、茨を騙すような形になってしまったけど、今日が罰ゲームの日っていうのはウソ。ちょっとしたドッキリ」
そこで自分の思考が止まる。おいおい、ドッキリとかふざけんなよ、何のために女装させられたんだ俺は。
「一番最初……は、叶わないけど、女の子の茨を先に見ておかないと、きっと私は創くんに嫉妬しちゃうから」
「それが……理由ですか……?」
「……うん。だから、プロデューサーさんにお願いして、協力してもらった」
「はぇっ!? その理由も喋ったんですか!」
「……女の子の茨をテレビで見るより先に見たい、までだよ」
良かった……いや、その一言で安心するのも変な話だと自分でも思う。思うのだが……、どうしても、口角が上がってしまうのを抑えられない。閣下が、あの乱凪砂が嫉妬するなんて、誰が思うだろう。ちょっと、いや、かなり気分が良い。
「……だからね、茨、折角綺麗にしてくれたからその格好でデートしよう」
「え、嫌ですけど」
「……どうして? この雰囲気だとデートする流れじゃない?」
「あらぬ誤解を生む可能性がゴロゴロ転がってますよ!? アイドル辞めたいんですか???」
「……茨なら、どうにかしてくれるかなって」
「どうにか出来たらいいんでしょうけどね、この女装した野郎が『七種茨』だと判明した瞬間、自分は社会的に死にたくなるのでダメです。絶対ダメです。閣下の前からも消えます!」
「それは駄目。茨がいなくなるくらいなら、デートは、我慢する……」
最後の方はなんかもう勢いで押し切ったが、何とかデートは回避した。代わりに、部屋から出ないという条件のもと閣下の気が済むまで女装の格好で擬似お家デートに付き合う事になったが、外に出る事に比べれば些細な事だった。
***
あれから正式に罰ゲームが執行され、改めて女装した格好でじめにゃんと街を歩き、散策した。閣下が言いたかったのはこの事か、と収録中に思い出し、隣に立って歩くのが閣下だったら……、と柄にもなく考えてしまった。
収録も終わり、放送日は折角だから皆で見ようね!という日和殿下の提案で星奏館の共有スペースのテレビで見ることになった。何だこれ、公開処刑か?
とりあえず、やっと【ボギータイム】の呪縛から開放された……と思ったのも束の間、ジュンが「とりあえずSNSのトレンド見てくださいよぉ」と、言いながら自身の端末を差し出してきたので受け取って見る。まだ放送始まったばっかりなんだけどな。
『強火凪砂担の女』
『いばにゃん』
『女装』
『七種茨』
『AdamでありEve』
日本語……日本語だよなコレ。いや、強火担って何だ……?流れ続けるVTRを見て、ハッと気付く。ジャケット、用意されていたのは濃紺だった筈がプロデューサーが用意した別の色に変えた……誰がどう見ても閣下の私服に寄せてるように見える。そして、あの時思い出せなかったネイルの色……閣下のユニット衣装のカラーリングそのままじゃないか!!!
隣で満足そうにVTRを眺める閣下の顔を強引に自分に向け、問いただす。
「閣下!!!!!!!!!プロデューサー殿にどういう頼み方しましたか!?!?!?」
「……うーん、私が好きすぎるファンの子みたいにして、ってお願いした、と思う」
「GODDAMN!!犯人はプロデューサー殿だなこの野郎!!!!!!!!」
親指を立て、いい笑顔で「私が全身コーディネートしました!」というプロデューサー殿の姿が目に浮かぶ。
「……でも、似合ってるし可愛い。私は好きだよ」
なんて呟く閣下の言葉は聞こえないフリをした。だって、また口角が上がってしまう。