混色「たーつみ。誕生日おめでとう!」
にこにこと。
こちらの不機嫌を隠しもしない表情に、彼は全く臆することをしなかった。ひとつの曇りすら浮かべないその笑顔は、一周回って酷く薄情に思われる……いや、これは穿った見方、かもしれない。伊縫一というのは、単純に、そういう男なのだ。
「……ありがとうございます」
「どういたしまして! ね、ロウソク貰ってきたんだ、せっかくだし立てて吹き消すことまでやっちゃわない? ホールだし、食べ切るのは明日以降でもいいからさ」
──そういう。こういう、押し付けがましい男なのだ。
「お気持ちには感謝しますが……こちらにも予定がある、とか考えなかったんですか」
「え? 予定あるの?」
「……失礼な人ですね」
「や。ごめんごめん! 皮肉とかじゃなくて、本当に予定があるなら大人しく退散するからさ。ケーキを置いて。ロウソク置いてくから、もし誰かとパーティするならみんなで使って。あとこれ、と、これとこれとこれ。プレゼント! お前の好み、わかるようでわからないから若干当てずっぽうだけど……嫌いなのがあったら無理せず捨てちゃっていいよ。ラインナップは一応趣味と実用半々くらいで……」
……ぺらぺらと。
こちらを──ともすれば、敢えて──無視して至極嬉しそうに喋る様に、自然、じとりとした目付きになってしまう。
「相変わらず加減を知りませんね、貴方は」
「減らそうと思ったんだけどね。多くて悲しくなるもんでもないでしょ? だから、もし悲しくなるなら捨てちゃっていい」
「……」
ケーキの包み。プレゼント箱。その全ては几帳面に包装され、青色のリボンが丁寧にかけられて華を添えている。
それを、気に入らなければ捨てていいと言う。変わらず、翳りのない表情で。
じわりと、苛立ちが滲む。
「……あなたは?」
「……? なにが?」
じわりと、さらに。
──本当に大嫌いなのだ、この男の、こういうところが。
重く。長いため息をつく。
「入ってください。……食べ切りますよ、ケーキ」
「え。予定は」
「……いいですから」
ぐい、と両手が塞がっている彼の背を押す。
彼が歌っている。朗らかに、楽しそうに。ディアたつみ、と結ばれたバースデーソングが終われば、彼は無邪気に笑って手を叩き、期待するような目をこちらに向ける。
居心地が悪い。
悪い、というのを察せないひとではないだろうに、彼はいつものように──否、いつも以上にテンションが高く嬉しそうだった。
「なんでそんなにテンションが高いんですか、あなたは」
「そりゃお前の生まれた日だもの、嬉しくもなるよ。俺は神様なんて信じちゃいないけど、ついつい調子よくありがとうって叫びたくなっちゃうくらいには」
「……それを言われるべきはあなたもでしょう」
再び湧いた苛立ちに、つい詰るような声が出る。
「誕生日、なんですから」
「……ああ、そうだね」
まるで忘れてた、みたいな顔。それにまた、腹が立つ。
欲しいものは、なんて訊くのは癪だった。話が長くなることは明白だったし、何よりそれでは、彼を祝うことに積極的みたいだ。
なにより、彼が一番欲しいものを、自分は知っている。……知っていて与えないのだから。
「ロウソク、消しますよ。……あなたも」
「俺も?」
「あなたもです。まさか嫌なんですか」
「や、別に嫌じゃないけど」
「だったら黙ってやってください。ほら、こっち側。半々で消せばいいでしょう」
自分は何をやっているんだろう、とケーキ越しに向かい合いながらぼんやりと思った。
存外に熱い蝋燭の火が揺らぐ。
それが纏うオレンジ色の光が散って、彼の碧い髪や瞳にいたずらに触れていく。馴染まない暖色が、紺碧の中でビー玉のように跳ねた。
ぱちり、と。不意に彼と目が合った。
橙と混ざって黒色に見える瞳が、艶やかに笑む。
「それじゃ、改めて。誕生日おめでとう、竜水」
「……おめでとうございます、伊縫」
温かい声と、冷たい声が絡む。
ふう、と双方が息を吹けば、17の橙は揺れて掻き消え。
軽く烟る部屋の中は、瞬きに沈むように。黒一色で満たされた。