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    fumaixx

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    fumaixx

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    ガブバトSS。メモリアルデー(5/30)に際して、バトラー大尉の戦争体験について真剣に考えてみた、というものです(苦手な方はご注意下さい)。バトラーが原作内で自分の話を全然してくれないのでほぼほぼ捏造です…。

    Remember 闇の中にいた。目を凝らしても、一寸先に何があるのか見えないほどの暗闇。その中を、ずるずると這うように進んでいく。夕方まで降っていた雨のせいで地面はぬかるんでいて、その重みに体力を奪われていく。それでも、前に進むしかなかった。
     砲撃音が響く。火薬が視界を一瞬照らしたが、景色を捉える余裕もなく頭を抱えた。近くで大きな炸裂音が聞こえたからだ。砲撃が木の幹を砕き、辺り一面に爆弾のように飛散する。先端が尖った大きな木片に体を貫かれたらひとたまりもない。どこから飛んでくるのかわからないそれから身を守る術は少なかった。遮蔽物に身を隠していても、背後から貫かれる可能性があるからだ。足元も視界も悪く、猛烈なスピードで飛ぶそれを目視して避けるのは不可能に近い。だから、せめて頭を守って、神に祈ることしかできなかった。俺のような半端者を加護する神がいるとも思えないが……。
     2時の方角から悲鳴が聞こえた。目を凝らすと、痛みに身を起こした米兵の影が見えた。束の間、坂の上からバララララと無慈悲な連続音が鳴る。瞬きをすると、米兵の影は見えなくなっていた。
    『……おい!』
     恐怖に掠れた声は、遠くの砲撃音に混ざり、吸い込まれるように消えていった。敵兵に見つからないよう暗闇に乗じて、慎重に米兵のいた場所へ向かう。数メートル移動するだけなのに、張り詰めた永遠のような時間を感じた。
     横たわった太い木の幹の向こうに、倒れている誰かの足が見えた。もう一度声を掛けるが、返事はない。視線を上半身の方へ辿っていく。仰向けに倒れた青年の腰には大きな木片が突き刺さり、開いた穴から腸が少し溢れていた。そこから目を逸らすように、青年の顔を見る。……あぁ、クソ。知ってる顔だ。この間補充されたばかりの……俺より若い新兵。
     彼はまだ生きていた。だが、心臓が脈打つ度、機関銃に開けられたいくつかの穴から血が噴き出している。……どう見ても、助からない。
     青年の口元が動いた。せめて最期の言葉を聞き届けようと、倒れた彼に寄り添うように耳を近づけた。
    『……ママ…………』
     若い兵士は掠れた声でそう漏らすと、大きく開いた目から涙を流した。やがて、葉を伝い落ちた雨露がその瞳を打っても、瞼はぴくりとも動かなくなった。
     背後で爆音が鳴る。さっきよりも近い場所だ。爆風で鼓膜が震え、甲高い耳鳴りが聞こえた。体を支える余裕もなく、ゆっくりと血溜まりの中に身を沈める。薄れゆく感覚の向こうで、また誰かの悲鳴が聞こえた気がした。

    『…………ル……、フィル』
     聴力が徐々に戻り、誰かの声が聞こえてきた。視界は相変わらず暗く、声の主の姿はぼんやりとしか見えない。するとその白い影が伸びて、俺の肩に触れた。
    『ッ、触るな……!』
     反射的にその手を跳ね除けると、思い切り打った手がじわりと痛んだ。その場所から感覚が戻っていくように、自分の置かれた状況を理解し始める。
     カチッと音が鳴り、オレンジ色の光が灯る。ベッドサイドランプの紐を引っ張っている少佐の手が照らし出された。
     今は1950年。ここは宿舎の俺の部屋だ。少佐がいるのは、監視のためにわざわざ二人部屋にして、並べたベッドで寝ているからだ。それを思い出すほどには冷静に戻ったはずなのに、体の震えが止まらない。寒さのせいか恐怖のせいか、わからなかったあの頃のように、……震えが、おさまらない。
     少佐はどこか冷たい目でしばらく俺を見下ろしていたが、不意に小さく鼻で笑った。それから、ベッドの上で体育座りをしている俺の背中に、ばふっと布団を掛けた。そしてその布団ごと、俺の身を抱き寄せる。
    『な……』
    『はは、はははは。君らしくもない。雨に濡れて震える子犬のようじゃないか……。なんだか、可哀想になってしまったよ』
     少佐は俺を抱き締めたまま、頭をわしゃわしゃと撫でた。
    『は…………離して下さい……。気分が、悪くて……』
    『構わないさ。君が吐くのは何度か見ているし』
     ……そりゃ、あんたのせいだけどな……。
    『……それより、……どうして君の顔色がそんなに悪いのか、興味があるよ』
    『……悪趣味な野郎め……』
     暴言を吐くと、少佐は俺を抱き締める腕の力を嫌がらせのように強めた。抗おうとしてもびくともしない。この繊細そうな体のどこにこんな力があるんだか……。
    『……正直に言うと、君が悪夢にうなされているのを見るのは初めてじゃないんだ、フィル。今日は特に酷かったけれど……もしかして、あの式典のせいかな……?』
     俺の中の真実を暴くように、赤い瞳がこちらを見た。……恐らく、彼の言う通りだと俺も考えていた。
    『…………頼むから、離してくれ……』
    『夢の話をしてくれると約束したら、離すよ』
     投げやりな気持ちで首を縦に振ると、ようやく彼の腕から解放された。
    『何も……面白い話じゃない。俺の経歴は、とっくにご存知でしょう……』
    『書類の上ではね。言っただろう? 資料だけの情報では血が通っていない。……だから、君の口から聞きたいんだよ』
    『……あんたは俺の心臓を握ってる。これ以上、何を得ようっていうんです……』
    『別に、目的はないさ。ただ、こんな時間に起こされてしまったし、せっかくだから君に話をしてもらおうと思っただけだよ』
     窓の外はとっぷりと更けている。手先はまだ震えていて、寝入るには苦労しそうだし、目の前の上官は眠る気配がない。重いため息をついて、夢の記憶を辿る。……二度と思い出したくはない。なのに、頭から離れない……呪いのような記憶。普段は固く閉ざしている厚い扉を少しずつ開くように、ぽつり、ぽつりと口にした。

     メモリアル・デイ。日本語に訳すと、戦没将兵追悼記念日。戦役で亡くなった兵士たちを弔う日だ。多くの国民にとっては休日だが、米軍にとっては重要な日だ。その当日だった今朝は23番市駐留軍本部でも記念式典が行われ、俺と少佐も出席した。敷地内とはいえ、俺は久しぶりに外に出た。だが、気分はまったく晴れなかった。……俺はまだ、亡くなった者たちのことをうまく思い浮かべることができない。

    『……多分、寒いわけじゃないんです』
     夢のことを見たままに話しながら、俺は震える体を抑えるように縮こまって座っていた。少佐は自分の分の布団も俺に被せようとしたが、それを制して言った。
    『…………暖かい方が、……キツいんで』
     俺たちは消耗品だった。日系人はアメリカへの忠誠心を疑われ、一時期は入隊を禁止されていた。だが、やがて人手が必要になると志願の許可が下り、戦線に投入されることとなった。俺たちが忠誠を示す道はこれしかなかった。鉄条網の中で米兵に銃を向けられて過ごす日々には二度と戻りたくない。だが前線に赴くと、みんな言葉には出さなかったが、志願したことを後悔するような戦闘が続いた。
     次々と死傷兵が出て、次々と補充される。そしてまた死傷する…………。それが日常だった。足元に転がる死体を見る度、それが味方であっても敵であっても、酷く心が沈んだ。誰も故郷から離れたこんな血生臭い森の中で、一人で死にたくはなかったはずだ……。
     やがて、生きた人間に会うのも嫌になった。顔を覚えてしまえば、名前を知ってしまえば、声を聞いて、触れて、その温もりを知ってしまえば。…………死体を見たときに、頭から離れなくなるから。
    『……先ほど君は、「触るな」と言って私の手を払ったけれど。あれも、触れられるのが怖かっただけかい?』
    『えぇ、まぁ……失礼しました……』
    『てっきり、敵兵に間違えられたのかと思ったよ』
    『え……?』
    『日系部隊の兵士にとって、白人は敵兵だろう?』
     俺が所属していたのは日系人で構成された部隊だった。赴いた戦線はヨーロッパ。敵はドイツ兵だった。少佐の言う通り、戦場で出会う白人の多くは敵兵だったというわけだ。
     少佐の手を振り払ったとき、酷く冷たい目を向けられた。それは敵兵に間違えられたのが気に障ったということだったらしい。彼は多くの日系二世が辿った道とは違う人生を生きているとはいえ、俺と同じ日系人だ。日系のコミュニティで白人はとても珍しい。彼はアメリカにおいてはマイノリティの日系人であり、日系社会においてもマイノリティの白人である、ということだ。それだけでなく、家族を早くに喪っている彼は、どれほどの孤独を抱えているのだろうか。……そんな考えがよぎったが、すぐに打ち消した。
     他者とは一線を引くのが、俺の処世術だ。暗黒街では、敵味方がくるくると入れ替わる。人情なんざ足枷にしかならない。人間関係なんてものは、すぐに過去になっていく。過去はどんどん切り捨てるべきだ。今の俺には必要ないものなのだから。
    『思い出すのが怖いかい?』
     不意に少佐が言った。虚を突かれて言葉を返せずにいると、彼は俺の肩に掛けた布団の中に潜り、そばに寄り添った。その白い肌はランプに照らされて、薄いオレンジに染まっている。まるで、お泊まり会で夜更けに内緒話をしているかのような、奇妙な光景だと思った。彼は優しく微笑み、俺の手を包んだ。

    『……ねぇ、フィル。彼らの手は暖かかった……?』

     その声は優しかった。その手つきは優しかった。だが、言い知れない恐怖がぞくりと走った。絶対に離す気はないというように、いつの間にか俺の指先は複雑に絡め取られている。
    『彼らはどんな風に笑った? 何を食べるのが好きだった? 君のことを何と呼んだ? 君は彼らを何と呼んでいた……?』
     少佐は取り憑かれたように質問を繰り返す。俺は幽霊に手を掴まれているような気分になり、足が竦んでうまく動けない。
    『…………駄目だよ、フィル。忘れてしまったら、彼らが不憫じゃないか。さぁ、思い出して』
    『う……ッ、…………』
     思い出して。その声に、いくつかの声が重なって聞こえた。蓋をしていた記憶がこじ開けられる。少佐の瞳の向こうに、亡霊たちの影が見えた。その輪郭が鮮明になっていく。
     いつも険しい顔をしていた奴。真面目で礼節を重んじる、武士みたいな奴だった。両親にそう躾けられたのだろう。明治期に移住した日系一世には、まだ日本の武士道を重んじている者もいたからだ。あいつのそばでは肩の力が抜けなくて、正直苦手だった。だが、勇敢な奴だった。膠着状態の前線で、あいつは先陣を切って突撃した。そのお陰で戦況が切り開けた。酷い環境の中だった。あのまま膠着状態が続けば、俺も塹壕足で病院に担ぎ込まれていたかもしれない。先頭に追いついた頃には、彼は既に戦死していた。手榴弾を投げようとして敵兵に手首を撃たれ、落とした手榴弾が直撃したらしい。……思い浮かべた逞しい青年の姿が、崩れ落ちて消えていく。
     次に見えたのはハワイ出身の兵士だった。本土出身の俺とは、最初は馬が合わなかった。だが、本土の日系人強制収容などの事情を知ってからは、俺たちと真剣に向き合ってくれた。ハワイの日系人労働者たちは貧しい上に酷くこき使われていたらしく、彼はアメリカ人を憎んでいた。だが、日本人のことも共に憎んでいた。真珠湾攻撃で身内を失ったからだ。日系アメリカ人は皆、二つの祖国の間で揺れていたが、彼の事情は更に複雑だった。孤独を抱えた青年だったが、同じ隊の仲間のことは心から思っていた。だからこそ彼は、負傷兵を餌に誘き出されて、狙撃を受けてしまった……。
     誰かが俺の肩を叩いた。『仕方がない』と言う声が聞こえた。口癖のようにそう言っていた、その声をよく覚えている。今の今まで思い出さないようにしていたが……。彼は俺より年上で、兄のような存在だった。名門大学を卒業した彼は頭の切れる奴だった。あの頃の日系人は、大学を出ても良い職に就くことはできなかった。優秀だったはずの彼は、ただの一兵卒として死んだのだ。彼と二人で進軍していたとき、森の中に潜んでいた敵兵と目が合った。見つかった……! 俺の反応は寸分遅れて、敵がライフルを構える方が速かった。死を覚悟したその刹那、緊張状態の敵兵の手元が狂った。放たれた銃弾は、俺からは逸れて隣にいた彼の顔を……。
    『あ、……あぁ…………ッ!』
     吐き気と共に、精神に重圧がのしかかる。戦場の記憶の数々がフラッシュバックし、噴き出した汗が額や頬を伝う。
     あの地獄に戻るのは二度と御免だ。……だが、彼らはあの場所で死んだ。二度と故郷の景色を見られなくなった。…………あぁ、どうして……。どうして俺は、悪運強く生き延びたんだ……? 俺よりずっと勇敢で、優しくて、能力のあった彼らの方が、生きる価値があったはずだ。……なのに、どうしてあの銃弾は俺に当たらなかった……?
    『……どうして、彼らが死んで、私が生きているのだろう……』
     まるで俺の心の声が漏れたようだった。だが、そう言ったのは少佐だった。俺はいつの間にか彼の手から解放されていた。彼はベッドに横たわり、天井に向かって伸ばした手を眺めていた。
     その言葉は、俺の中で繰り返されている疑問と一緒だった。だが、少佐との境遇は随分異なっている。恐らく彼がその疑問にぶつかったのは、年端も行かない少年の頃だろう……。
    『思い出したかい? ……偉いね』
     少佐は身を起こすと、称賛するように俺の頭を撫でた。
    『……きっと君は忘れないんだろうね。思い出すのが怖いということは、君の中にずっと在り続けているということだ。君の戦友たちの魂も、少しは慰められるだろう……』
     頭を撫でていた手が俺の輪郭をなぞるように下り、冷たい指先が頬を撫でる。
     少佐は俺に『思い出せ』と言った。もしかすると、彼は自分自身をそう責めたことがあるのかもしれない。両親と妹の死に向き合い続け……この男は、狂った。
    『もし私が死んでも、……君は私を、覚えているのかな……?』
     唐突な問いに、逸らしていた目を上げた。少佐の目はこちらをじっと見つめ、口元は穏やかに微笑んでいる。答えはいらないというように、彼の手が離れた。
    『……起こされてしまったけれど、君の話が聞けてよかった。この夜のことは、記憶に留めておこう』
     少佐はそう言うと、自分の布団に潜っていった。俺はしばらく座り込んだままだったが、体の震えはもうおさまっていることに気づいた。
     今まで出会った中で、少佐は最悪の人間だ。邪悪な上に狡猾でタチが悪い。クソッタレな俺の人生の中でも特に悪い今の日々のことなど、すべてが終わったらすぐに忘れてしまいたい。そう、忘れてしまいたいことばかりだ。彼はその一つを暴いて、誰にも話したことがなかった感情を引き摺り出していった。
     不思議と吐き気は去り、また眠れるような気がした。ずっと抱えていた重たい荷物が、少し降ろされたような感覚。それは俺を安堵させると同時に、弱さを責めるようだった。
     ランプのスイッチを切る。空は明るくなり始め、灯りが消えた部屋の中をほんのりと照らす。さっきまで隣にいた少佐の体温が、まだ俺の布団に残っている。悪夢にうなされて乱れた寝床を軽く整え、俺も再び横になった。こんな夜のことを覚えていたくはない。血の記憶も、恐怖も、芽生えた同情も……これから楽しい人生を過ごすのに、まったく必要ないものだ。何もかも忘れてしまえたらいい。だが、誰かがそれを許さない。俺を責める何者かの声を遠ざけるように、眠りに身を任せた。
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