瀬名とレオで昨日公園パロ学院を卒業して数年経ったある日の夕方、家の近くの公園で月永レオはベンチに座り、先ほど作ったばかりのを曲を歌っていた。そこにちょうどモデルの仕事帰りで通りかかる瀬名泉。泉が歌声につられて公園に足を踏み入れるところから、奇妙な物語ははじまる。
「昨日公園」パロ
ベンチに座るレオの後ろから近づく泉に、レオは珍しくすぐに気がついたようだった。
「あれ、セナ?うっちゅ~☆」
「はぁ、外でくらい普通に挨拶しなよねぇ」
まぁ今更だけど。それからいくらか他愛ない話をして、レオが再びメロディを口ずさむ。まだ歌詞もない曲だ。けれどどこか自分に馴染むような、しっくりくるような曲で、泉は隣に座りそのメロディに耳を澄ませていた。
一通りメロディを歌い終えたレオが泉の方に向き直り笑顔をみせた。
「これ、セナのソロ曲だから。セナが作詞して!」
「ああ道理で。俺がすぐ気に入っちゃうわけだねぇ…うん、ありがと」
思ったことをそのまま口にしてみる。今日はそういう気分なのだ。
「セナらしくなくやけに素直だな?わはは!面白いぞ☆ あっ!楽譜がこれな~ って言っても走り書きだけど。せっかく今日会えたんだし渡しとく!」
「ちょっと長い曲なんだね。ん、了解。じゃあこれソフトで打ち込んでおくよ」
「ありがとセナ、頼んだ!じゃあおれこれからルカたんを車で迎えに行かなきゃだから、帰るな!」
また明日な~と手を大きく振るレオに、泉は小さく手を振り返して遠ざかる背中を見送った。さて、この素敵な武器に今度はどんな装飾をつけようか。頭の中で様々なフレーズを思い浮かべながら足取りも軽く自宅へ向かった。
レオと別れたその日の夜、泉がちょうど夕食の準備をしていたところに、最近は特に忙しくしているときくプロデューサー…あんずから着信が入った。
なにか事務連絡でもあるのだろうか。そんなことを思いながら、泉は急かしてくるスマホの通話ボタンを何気なく押した。すると「もしもし」という泉の言葉よりも先に、あんずの焦ったような、切羽詰ったような声が飛び込んできた。
「瀬名先輩!!」
「なぁに、そんなに急いで。どうかした?」
「月永先輩が、月永先輩がっ!亡くなったって」
「・・・・えっ?」
何を言われたのか、いや、言われたことが理解出来ず、一瞬頭が真っ白になった。自分の名前を何度も呼び掛けるあんずの声にハッと我に返り、詳細を聞き、急いで家を飛び出した。
バイクでレオが搬送されたという病院に駆けつけると、彼の両親と、彼が溺愛していた妹が泣きながらベッドを囲んでいた。そこでまるで眠っているかのような安らかな顔で、しかし頭には痛々しく包帯が巻かれ、深い永遠の眠りについていたのは、紛れもなく数時間前まで一緒に話していたはずのレオ本人だった。
どうやら泉と別れた直後、横断歩道で居眠り運転の車に轢かれてしまったという。外傷が少ないものの打ち所が悪かったそうだ。
「(前を歩いてた小学生を助けたって…なにそれ、)」
あんまりな理由に、やるせなさと怒りと、そして大きな哀しみが混ざりあい、拳を震わせた。けれど涙は出なかった。
レオの死から一晩経った日の朝、泉はまたふらりと昨日彼と会った公園に赴いていた。まだレオがこの世からいなくなってしまったということが信じられなくて、受け入れられなくて、何をすることもなくぼーっと入口で立っていると、聞き覚えのある歌声が流れてきた。歌声といっても歌詞はない、LaLaLa…とメロディを誰かが奏でている。幻聴かと思いつつその歌声につられて泉は公園へ1歩足を踏み入れた。そこでふと、自分の服が昨日着ていたものになっていることに気がつく。ハッとした泉が顔を上げベンチの方を見遣ると……
歌声の主、月永レオがそこにいた。
昨日とまったく同じように、ベンチに座りメロディを口ずさんでいる。そのメロディは昨日、自分のソロ曲だと言っていたあの曲のものだ。自分は夢でも見ているのかと思いながら、レオに近寄る。するとレオは背後から近づく自分にすぐ気がついた。
「あれ、セナうっちゅ~☆」
「……」
「お?どうしたセナ、おばけでも見たみたいな顔して!」
目の前には、泉の記憶通りのいつものレオの笑顔がある。
「なんで…」
「うん」
「なんであんたがここにいるの!?あんた昨日、死んだでしょ……?」
「セナ何言ってるんだわはは!おかしなやつだな☆」
どうして、一体何が起きているこれは夢なのか、それとも今までが夢だったのだろうか、だとしたらどこから…
しばし唖然としてる泉に少し不思議そうな顔をしたレオは、ふと思い出したように手書きの楽譜を泉へ差し出した。そして昨夜とまったく同じ台詞を言う。泉は困惑しながらもその楽譜を受け取った。
「じゃ!おれルカたんのお迎えに行くから~」
あっ
「ま、待って!俺も一緒に行くから!送らせて!」
我ながら必死な声が出てしまった。でもこのままこいつを帰すわけにはいかない。
「ええ近所だぞ」
「いいから!ついでに次のライブのことも話しておきたいの!」
そう言えば納得したらしいレオと歩いて彼の家へ向かう。しばらく歩いた所で件の横断歩道、そして前を歩く小学生の存在にハッとした。慌てて小学生に声をかけ、ここの道路は危ないからと数十m先の歩道橋を渡るよう言いつける。幸いにも小学生は素直に言う事を聞いてくれた。さて、
「俺たちも歩道橋を使うよ」
「えっ、こっちの方が近いのに。おれ小学生じゃないし…」
「いいから!いつもと違う景色だとインスピレーションだかなんだかが湧くかもしれないでしょ!」
渋るレオを説得して半ば強引に歩道橋を使い、そして何事もなく彼を家まで送り届けることが出来た。別れの挨拶をし、こっそり息をついた後自分も帰宅しようと背を向けた泉に背後から「セナ!」と声が掛かる。何事かと振り返ると、レオは満開のひまわりのような笑顔をみせた。
「送ってくれて、ありがとな!」
「……はいはい、俺がしたくてしただけだから」
なんだか少し照れくさくて、泉は足早に家路へ就いた。
そしてその日の夜、泉がお風呂から上がり濡れた髪を拭いているところにあんずからの着信があった。
何だろうか、胸騒ぎがする。
「もしもし…」
「瀬名先輩!月永先輩がっ…!!」
あんずの話によると、レオは泉と別れた直後、妹を迎えに行く途中に交通事故に巻き込まれて即死したらしかった。
「クソッ!!なんで……!!!」
机に置いてあるコップが倒れ水が零れるのを気にも留めず、拳を机へ打ち付けた。
なんで、どうして、またレオが死ななければならないのか。泉は机を叩いた拳を強く握りしめ、とある決意を胸に倒れたコップを睨みつけた。
翌日、昼過ぎに例の公園に赴くと、聞き慣れたあの歌声が聴こえてきた。意を決して公園に入り、昨日一昨日と同じようにレオと会話をする。
れおくんは、俺が絶対に助けてみせる。
他愛ない話をして楽譜を受け取った後、レオを再び家まで送り届けた。直後、車で出ようとするレオに「お願い、今日は大人しく家にいて」と説得するも「ごめんセナ、待たせちゃうから!」
と、全く聞く耳を持たない。それならば自分も行くと助手席に無断で乗り込んだ。レオは泉のらしくない行動に目を瞬かせたものの、時間を気にしてかそのまま車を発進させた。
泉は事故が起きた道路を避ける道順で行くように説得する。レオはいつもにも増して余裕がなく必死な泉に素直に従うことにした。そうして無事に妹を一緒に迎え、泉は自分を家まで送るというレオの申し出を頑なに断り、彼が妹と共に家の中へ入るまで見送った。これできっと、大丈夫。
そして3度目の夜、瀬名が今日こそはと安心し、ベッドに入ったところであんずからの着信が入った。
「瀬名先輩!テレビ見てください!!」
「まさか……」
冷や汗がドッと吹き出るのを感じつつ、急いでテレビをつけると、ちょうど速報をニュース番組のキャスターが読み上げているところだった。内容は、こうだ。
レオの実家に強盗が入り、犯人と揉み合ったレオは脇腹を刺され死亡、妹は背中を切りつけられ重症を負った。両親は仕事でいなかったという。
「るかちゃんまで……」
それからというもの、泉がレオや彼の妹を死なせないようにと奮闘すればするほどに被害が大きくなっていった。深夜の火事によりレオや妹を含む月永家全員が亡くなってしまったところで、泉はどうすればいいのか、何が正解なのかわからなくなってしまった。
そしてなにも答えが見つからないまま、泉は再び何度も訪れた公園の前に立っていた。聴こえてくる歌声、見慣れたオレンジ。
「あれ、セナうっちゅ~☆」
変わらない挨拶
「どうした、すごく疲れた顔してるぞ何かあった」
いつもならば答えを言うなと騒ぎ立てるくせに、レオはこんな時だけ真面目な顔をしてこちらを伺ってくるのだ。
「今にも死んじゃいそうって顔してる」
はは、全然笑えないよ
ねぇ、あんたならどうするの
「…………ねぇ、もし俺が、今日死ぬってわかったら……あんたどうする」
「なに言い出すんだよ」
レオが訝しげな顔をするが、泉にはそんなことに構っていられる余裕はなかった。
「ごめん、変なこと聞いてる自覚はあるから、お願い、答えて…」
焦燥しきった真剣な顔でレオを見つめる泉に、レオは少し思案した後微笑んだ。
「もちろん、助けるに決まってるだろ」
そう言うと思った。でもね。
「駄目なんだよ、助けようとしても絶対死んじゃうの」
「それでも助ける」
「…助けようとすればするほど、どんどん被害が大きくなって、もう…ねぇ、俺、どうしたらいい…」
項垂れ顔を手で覆ってしまった泉は、後半は涙声だった。ここまで思い詰めた泉を見ることが初めてだったレオは少し驚いたものの、優しい手つきで安心させるように彼の背中を撫でてやった。
「セナ、セナおれを見て」
「……」
そこでレオは泉の顔を両手で包み、自分の視線と合わせた。泉の目の前には昔自分が密かに惚れ込み、大切で愛おしかった頃のような、頼もしい、けれど慈愛に満ちたレオの笑みがあった。
「大丈夫だ、セナは死なないよ」
ああ、あんたのその顔、すごく好きだった。
「だって、おれがセナに作ったこの曲…まだ歌ってくれてないだろ」
「っ…」
「これさ、おれがおまえのことをたくさん考えて作った曲だぞ絶対気に入ると思うし、すぐにおまえに馴染む歌になるはずだ!だからお前はまだ死なないし、死んじゃダメなの!」
なにそれ、
「…ふふ、それで死なないって、ほんとあんたってわけわかんない」
「おっ!笑ったな!よしよし♪もっと笑え!」
その得意気な顔も、嫌いじゃない
「セナは美人だから、まぁ澄ました顔も気品のある猫みたいでいいんだけど、たまにはそうやって笑った方が可愛いぞ!」
「…もう、人の気も知らないでさぁ」
「ん何か言った」
「ううん、何でもない」
「そっか…あっ!これおまえの曲の楽譜な!せっかく会えたし渡しとく!作詞は頼んだ!」
何度見ても、聞いても、やっぱり素敵な曲だと思う。
「それじゃあ、おれルカたんのお迎えに行くから」
「待って!」
なんだ?と振り返るレオの目をしっかり見て、泉は問いかけた。
「最後にこれだけ教えて。あんたにとって……一番大切なものって、なに」
途端、レオは笑って答える
「もちろん、お前と…Knightsと、家族だな。お前らとるかのためならなんだってしてやれる」
「……うん、そうだね、そう言うと思った」
泉はどこか吹っ切れたように、けれど寂しげに微笑んだ。
「じゃ、またな!」
「…うん、またね」
手を振り駆けていくレオに泉も手を振り返す。遠ざかる後ろ姿を、泉はずっと見ていた。
そして夜、泉のスマホにあんずからの着信が入る。
ーーーー
レオが横断歩道で事故により死んだ翌日、泉は再び公園の前にいた。
聴こえてくるメロディ。泉がずっとずっと、大好きだった歌声。その歌声に背を向けて、泉は公園とは反対方向に歩き出す。歌声はいつの間にか聴こえなくなっていた。
俯く彼の頬には涙の筋が1つ。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
数年後、泉は例の公園に来ていた。そこで以前レオが歌っていた曲…今では大切な自身のソロ曲を歌いながら、待ち人が来るのをベンチに座って待っていた。
「セッちゃん」
振り返ると泉が待っていた人物…朔間凛月がひどく疲れた、けれど安心したような顔をして立っていた。
「遅いよくまくん、早くしないと日が暮れちゃうでしょ」
今日はレオの命日。これから嵐と司を含めた4人でお墓参りに行くことになっている。
「…ごめんね」
凛月はいつになく思い詰めた顔をしている。顔色も良くない。
「…別にいいけど、くまくん大丈夫なの顔色すごく悪いけど」
「大丈夫、なんともないし」
「ふぅん…」
「にしても早いねぇ…あいつがいなくなって、もう何年も経つんだね」
本当に、月日が流れるのは早い。
「…………ねぇ、セッちゃん」
「なぁに」
振り返ると、凛月がこちらを縋るように見ていた。
「セッちゃんはさ、俺が今日死ぬってわかったら…どうする」
「はぁなに言い出すの、おかしなくまくん」
「……うん、そうだよね…ごめん…」
「ほんと、今日のくまくん変だよ。今にも死にそうな顔してどうした……の……っ!!」
目の前には疲れ、今にも泣きそうな凛月の顔。数年前の今日の自分と、そっくりなその顔を見て、泉は全て悟ってしまった。
ああ、目の前の彼もまた、たくさん苦しんだのだろうか。
「……そっか、そうだったんだ……くまくん、柄にもなく俺のために頑張ってくれたんだねぇ」
泉がそう言った途端、凛月はそのルビーよような瞳からボロボロと涙を零した。
泉はそんな凛月の頭を撫でてやり、微笑んだ。
「ありがとう、くまくん」
もう、十分だよ。
【おわり】