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    asmyan

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    『特等席』1ページ目
    C翼、ジュニアユース中のお話です。
    メインは若林・翼・岬。
    森崎、石崎、三杉も出てます。カプ要素無しです。

    #キャプテン翼
    captainTsubasa
    #翼
    #若林
    wakabayashi
    #岬
    #三杉
    mitsurugi

    特等席(1/2)

     練習時間が終わり、選手たちは三々五々フィールドを後にしている。その中でひとり、ぽつんとゴールマウスに立つ影がある。
     彼はキーパーグローブをしっかりと両手に嵌め、リストバンドを適度な圧力で締め直し、ぱん、と気合いを入れるように両手を打ち合わせた。
     おもむろに腰を下ろす。それからゆっくり体を伸ばし始める。練習後のクールダウンというよりも、これからが本番だというように。
     念入りに準備をし、ようやく立ち上がると、片方のゴールポストに近付いて手のひらを当て、それから反対側のポストへ向かい、そこにも手のひらを当てた。仕上げにぴょんと跳び上がりゴールバーを掴んでぶら下がる。右、中央、左。跳び下りて深呼吸。これは彼がゴール前に立つ時のルーティンだ。
     左右の肩を回してほぐし、サッカーボールの入ったカゴを引き寄せる。と、誰かの気配を感じた。
    「若林さん、自主練付き合います!」
    「森崎」
     名前を呼ばれた彼があまりに嬉しそうに笑うので、ついつられて破顔しそうになった若林はトレードマークのキャップを被り直す。
    「俺に構わずさっさとあがれ」
    「いえ、付き合わせて下さい。若林さんの動き、学びたいんです」
     自ら進んで憎まれ役を引き受けている彼の裏事情など知らないはずだが森崎は、若林のジュニアユース合流後から、彼の態度に戸惑いつつもよく声を掛けてきていた。
     正GKの座は若島津であり、ほぼ第二GKの座にいる森崎である。だからといってそれに甘んじるつもりは、当人には勿論ない。まだまだ鍛えるべきことや学ぶべきことは山ほどあると自覚している。もともとプレイスタイルは若島津よりも若林のほうに近く、小学生時分の南葛SC時代には若林の動きを参考にしてきていた。
     小学校卒業と同時に海外留学をスタートさせた若林が三年の間に得たものがどういうものなのか、率直に知りたいと思うのは当然のことかも知れない。
     何より森崎は、あの翼と同じチームでずっとプレイを続けてきたのだ。自らを成長させることへの貪欲さは、おそらくその身に刻まれていることだろう。
     若林は小さく笑んだ。
    「勝手にしろ」
    「はい! 勝手にします! よろしくお願いします!」
     まずは手を使って近距離のキャッチボール。それから軽くジャンプして高めのボールを受ける。ほどよく体が温まったらいよいよゴール前でのキャッチング練習だ。
    「まずは軽めで頼む。10球ごとに強めに蹴ってくれ」
    「分かりました。コースはどうします?」
    「好きなところに蹴っていい」
     大抵、まずはゴールの中央付近からはじめて、徐々に上下左右に散らすものだが、若林は最初から散らして蹴るよう指示をした。さてどうしようかと森崎は考える。順当に中央からはじめるか、意地悪をして左右のスミを狙ってみるか。ボールを見つめ、ふと顔を上げた森崎は、頬にピリッとした緊張が走ったことに気付く。
    「……」
     ゴール前の若林はリラックスした様子で、リズムを取るように軽く体を上下に弾ませている。表情も変わらない。それなのに、今までと全く違う緊張感が生まれていた。
     思わず森崎は襟を正す。これはただの練習だ。それなのに。
    (どこに蹴っても止められる)
     そんな予感が湧き上がってきて全く消える気配がない。思わず、蹴るのを逡巡してしまうほど。
    「? どうした? 俺はいつでもいいぞ」
    「あ、は、はい!」
     反射的に軽く蹴り込んだ先は、若林の真正面。難なくキャッチして脇にボールを放り出す様子を見て、呑まれた、と瞬時に覚った。
     覚ったと同時に切り替える。これは遊びじゃない、真剣勝負だ。彼から「学ぶ」と自分が言ったくせに。
    「……フッ」
     森崎の雰囲気がそっと変わったことに、若林は気付いて満足そうに小さく笑った。
     それからどれくらい経っただろうか。森崎も若林も汗を浮かべた額を拭い、次の10球に意識を向けていた。
    「じゃあ次、いきますよ若林さ……」
     目を上げた森崎が、豹変した若林の雰囲気に思わず動きを止めて目を瞠るのと、後方から「いっけぇ!」というかけ声と共に空を切る音が傍らを過ぎるのと、小気味のいい音を立てて体の正面でボールをキャッチする若林の姿を認めるのがほぼ同時に起こった。
    「ちぇー! 隙を突いたらいけると思ったのに! やっぱり若林くんはすごいや!」
    「翼!?」
     慌てて振り向けば、ペナルティエリアの外に翼と岬の姿がある。いつの間にピッチに入ったのか全く気がつかなかった。それだけ森崎は若林に集中していたということだ。しかし若林はしっかり彼らのことを見ていたのだろう。
    「森崎、交代しよう」
    「岬」
     ジャージに身を包んだふたりが近付いてくる。柔和な微笑みを見せながら、岬は森崎が持っていたボールをひょいと取り上げた。斜め後ろから翼が声を掛ける。
    「全然帰ってこないから心配したよ。そろそろオーバーワーク。森崎くんはここまでにしよう」
    「翼。……分かった。ちょっと名残惜しいけど」
     肩を竦めてひとつ頷いた森崎は、若林の方を向いて深く頭を下げた。
    「若林さん、ありがとうございました!」
    「こっちこそありがとうな。それと森崎、お前足元もうちょっと練習しろ」
    「あ、苦手なのバレてる」
    「! 余計なこと言うなよっ」
     ぺろっと舌を出した翼は、肘打ちしようとする森崎を軽く躱して笑う。懐かしい雰囲気に若林も穏やかな表情で彼らを見つめた。
    「若林くん、はい」
    「ダンケ、岬」
     スポーツタオルとペットボトルを手渡され、受け取るとペナルティアークあたりに腰を下ろす。ボールを抱えた翼も、岬も同じように座り込んで三人で輪を作った。
    「森崎、あいつうまくなったな」
    「そういうことは本人の前で言ってよ」
     吹き出した岬をチラ見して、んなこと言えっか、と呟く若林に翼が笑顔を見せる。
    「やっぱり動き足りなかったんだ?」
    「まぁな。若島津と森崎のコンディションが優先だから仕方ねえ」
    「若林くんも翼くんに負けず劣らず練習の虫だもんね」
     水ちょうだいと差し出す手にペットボトルを渡す。岬から翼に渡り、また若林に戻ってくる。
     今回のジュニアユース戦に若林が出るつもりがないことを、岬は知っているのか知らないのか、翼から聞いたのかどうかも分からない。妙に聡いところがあるから、翼が伝えていなくてもそれとなく察しているのかも知れず、敢えて触れてこないならそれでもいい、と彼は思った。
    「ねえ、若林くん。ドイツの練習って、ハード?」
     ボールをくるりと回しながら翼が問いかける。
    「キーパー練か? ハードだぜ。特に俺は日本人だからな。サッカー後進国から何しに来たって感じで最初は滅茶苦茶揉まれたな」
    「うわー。若林くんを揉むだなんて……」
    「命知らずだねえ……」
     若林は楽しそうに喉の奥でククッと笑う。
    「だが確かにレベルの高さは凄いぜ。さすがGK王国と呼ばれるだけはあると思った。理屈が通った練習ばかりで面白い。ああいうのは日本じゃほとんどやらないから新鮮だ」
     生き生きとした表情で話す彼を見つめて、翼と岬は顔を見合わせるとにっこり笑った。
    「なに笑ってんだよ」
    「若林くん、頑張ってるんだなって」
    「ね」
    「フッ。なんだそりゃ。頑張るのは当然だろ。そのための留学だぞ」
     照れたようにキャップのつばをちょっと下げる。
    「岬くんはどうしてるの? どこかのクラブに入ったりしてる?」
    「ううん。決まったところには入ってないんだ」
    「にも関わらずそのテクニックを身につけてるってのが、岬のすごいところだな」
    「え~~褒めても何も出ないよ~~」
     頬を火照らせて岬はえへへと笑った。
    「でもヨーロッパは本当にサッカーが盛んだよね。日本にいるとき以上に、年代もさまざまなチームがいっぱいで。色んなチームに混ぜてもらって試合に出たけれど、みんな上手くてとても楽しかったな」
     声を弾ませる岬の話を嬉しそうに聞いていた若林と翼は、ちらりと互いを見やって小さく頷く。
    「え、なあに。二人して」
    「いや。お前が音信不通になってるときに、なあ、翼」
    「うん。どうしてるんだろって、若林くんと話……っていうか、手紙とかでやりとりしてたんだ。でも絶対サッカー続けてるから、会えるよねって」
    「翼くん……」
     ふふっと岬は笑う。でも、と言葉を繋いだ。
    「ここに来て、君と久し振りにコンビプレイをしたとき。ボク、ものすごくドキドキしたんだ」
     胸に手を当てて目を伏せる。
    「本音を言うとね、うまくパス交換できてホッとした」
    「それはおれもだよ、岬くん。でもおれ、ドキドキする以上にわくわくしてた。岬くんとまたコンビが組めるの、凄く嬉しかったんだ」
    「翼くん」
     全日本でもコンビを組もう。そのメッセージは確かに岬の、心の支えのひとつだった。フランスで、誘われてもどのチームにも所属しなかった岬の気持ちを、やさしく掬い上げてくれたような気がして、ふわりと目頭が熱くなる。
    「ボクも、凄く嬉しい。よろしくね、翼くん」
    「こちらこそ! 頑張ろうね、岬くん」
    「頼んだぞ、ゴールデンコンビ」
     若林が両手の拳で翼と岬、それぞれの膝頭をこつんとつつく。
     くすぐったそうに笑ったふたりを若林は信頼のこもった眼差しで見つめた。
    「そうだ。翼くんは全国大会、三連覇したんだよね。おめでとう」
    「ケガの具合はどうなんだ? 完治ってことでいいのか?」
    「えっと」
     矢継ぎ早に出された自分への言葉に、翼は頬を指先で掻きながらまず岬へ顔を向ける。
    「ありがとう。特に今年はすごく大変だった。全国のレベルがどんどん底上げされてるのを実感したよ。言葉で言うほど三連覇って、当たり前だけど全然簡単じゃない」
     ついこの間の激闘を思い起こしているのか、翼の瞳は無邪気な様子からガラリと色を変えていた。そのギャップに若林も岬も目が離せない。無邪気な翼も、闘志を漲らせる翼も、どちらも間違いなく同じ翼をかたちづくるものだ。
    「でもそのおかげで、おれも強くなれたと思う。確かに、ケガは厳しかったけど。実は、完治とは言われてない……んだよね」
     ほんの少し前の、ぴりりとした雰囲気が急になりを潜めたと思えば、翼は肩を竦めて悪戯がばれた子どものような視線を若林に向けた。ぴくっと眉を寄せただけの表情の変化にすぐ反応する。
    「あっ、えっとでも大丈夫! 大丈夫だよ、ほんと。普通に試合できるくらいに回復はちゃんとしてたし、こっちに来てからも調子いいし」
     慌ててまくし立てる様子にやれやれと短く息を吐きつつ、若林は腕をぬっと伸ばして翼の頭をわしわしと撫でた。キーパーグローブに掴まれているせいか、少し乱暴に頭が揺れている。
    「無茶するなよ翼。お前、ギリギリまで我慢するからな」
    「それ、若林くんに言われたくないよね、翼くん」
    「ほんとだよ、もうっ」
     くすくす笑う岬と、若林の腕をなんとか引き剥がした翼がむくれて文句を言う。さあ、何のことだかとしらばっくれた若林は立ち上がった。
    「体が冷えちまった。翼、岬、もうちょっと付き合ってくれるか?」
    「もちろん。いいよね、岬くん」
    「うん、若林くん相手に練習なんて、滅多にできないし」
     素早く足踏みをして冷えた体をあたためる。もうそろそろ宿舎に戻らないと、いい加減にしろと迎えが来そうだが、折角なのでもう少し蹴っておきたい。
    「どういう流れにする?」
    「そうだな……」
     少し考えて、翼は顔を上げた。
    「一対一でボールを奪った方がそのままシュートに行く、っていうのはどう?」
     翼の案に頷き、若林はゴール前へ、翼と岬はペナルティアークの頂点に留まる。ぽーんと真上にボールを蹴り上げればスタートの合図だ。
     先に押さえたのは岬。翼は果敢にボールを奪りに行く。足に吸い付くようなボールさばきでキープする岬もさすがとしか言いようがない。
     右へ、左へ。ボールの位置が動くたび、若林の立ち位置は微修正が加えられている。
     さすがに殺気立つことはないが、一対一の真剣勝負。互いに手を抜くことのない攻防はとても見応えがあった。
     やっぱり、翼と勝負をしたかった。
     夜風に乗って鼻先を掠める芝の匂いに、そんなことを思う。
     全日本ジュニアユース対ハンブルクジュニアユース戦。なぜ翼を出さないのだと憤り吼えた若林の感情は、包み隠すことのできない素の感情だった。
    「お」
     とうとう岬がボールをとられた。きゅっと角度を変えて翼が切り込んでくる。
    「……ッ」
     若林の背中から首筋に掛けて、毛が逆立つような感覚が走る。求めていた高揚の切れ端が彼の身体を包んでいく。全身のパーツがしなやかに動くのを自覚する。どんなシュートにも対応できる確信のようなものがそこにあった。
     一瞬、翼と目が合う。ナイターのライトに照らされて、瞳がきらきら輝いている。彼の視線もフェイントだと分かっている。若林も左右の体重移動でフェイントをかける。その時、翼の右足が鋭く振り抜かれた。
    「く……っ!」
     シュートは若林の頭上を狙って跳んできた。スッと胸の奥が冷えるような嫌な予感。この高さならゴールバーに当たる率が高い……が、何故か若林は『当ててはいけない』と瞬時に思った。
     もうその時には体が動いている。
     左手を思い切り伸ばして、ゴールバーを超えさせるようにボールをはじき出した。その瞬間「あ~!」と残念そうな翼の声。
    「バレちゃったね翼くん」
    「くっそー、うまくいったと思ったのに。若林くん反応良すぎ!」
    「ふー……。やっぱりなんか企んでたか」
     どうやら彼は、最初のシュートをゴールバーに当て、跳ね返ってきたところを確実に決めると考えていたようだった。あぶないあぶない。翼が何の工夫も無しにシュートを打ってくるはずがないと頭の片隅に考えておいて良かった、と若林はへらりと笑った。
    「もういっかい!」
    「よし、来い!」
     両手を打ち鳴らし、左右に大きく広げる。今度ドリブル突破してきたら前に出て止めてやろうと考える。
     次のボールは翼がキープし岬が狙う番だ。さすがに翼のキープ力はずば抜けている。が、しかし、さすが名パートナーだけあって、岬は翼が次にどう動こうとしているかをかなり先読みしている。そういえば、このふたりは敵同士として戦ったことがない。
     これはちょっと見物だぞ、と若林はふたりの一挙手一投足に集中する。
     なかなか抜けないことに焦れたのか、翼が仕掛けた。そこを見逃さずに岬はとうとう翼からボールを奪う。だが翼もおめおめとは渡さない。体を寄せ、フィジカルを使ってぐいぐい奪い返しにいく。しかしそこで岬は足元に美しい曲線を描き出した。繰り返されるルーレットにさすがの翼も翻弄された。
    「へぇ……やるじゃないか」
     思わず呟いた後は、翼を抜いて駆けてくる岬に集中する。ペナルティエリアに進入したタイミングでダッシュする。ちらりと若林を見た岬は、あっという間に距離を詰める彼にぎょっとしてリズムを崩した。そうなればこっちのものだと若林は突っ込む体勢に入る。
    「くっ」
     近付かれてしまう前に、と、岬はつま先でボールを軽く蹴り上げた。キーパーの頭を越える山なりのループシュートだ。それを見て取った若林は体重を一気に後ろへ移動させる。
    「くそっ!」
     数歩後ろに下がって思い切り地面を蹴る。やわらかな軌道を描くボールはゆっくりとゴールに吸い込まれていく……寸前のところでキャッチされた。
    「あぶねえ」
    「惜しい!」
    「あれも取っちゃうの~? 反則だよ若林くん」
     三人同時に声が出て、同時に吹き出す。涼しげな風が三人の髪を心地よく揺らしていった。
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    asmyan

    DOODLE『特等席』2ページ目
    C翼、ジュニアユース中のお話です。
    メインは若林・翼・岬。
    森崎、石崎、三杉も出てます。カプ要素無しです。
    特等席(2/2)


    「石崎くん」
    「? 三杉か」
     宿舎の玄関先で石崎と三杉は顔を合わせた。
    「翼くんと岬くんと、若林くんの姿が見えないんだが、居場所を知らないかい?」
    「あいつらならまだピッチにいたぜ」
     溜め息混じりの、どこか苛立ったような、諦めたような、なんだかとても複雑な、普段の彼からは想像できないような雰囲気で告げられた三杉は、正直に首を傾げて見せた。
    「どうかしたのか?」
    「別に。ちょっと前に森崎から、若林のヤツが居残り練習してるって聞いてさ。……あいつ、久し振りだってのにムカつくだろ? 文句のひとつでも言ってやろうって思って。で、行ってみたら翼と岬に先越されてた」
    「……」
     そこで彼は、何かを思うように口を噤んだ。そして
    「まあ、翼がなんか言ってくれてたら、おれはそれでいいし。ってことで戻ってきたとこだったんだ」
     と、静かに言った。
    「……若林くんの言うことには、一理あると僕は思うよ」
     三杉の言葉に石崎は気色ばんだ。
    「そりゃそうかも知れねえけどよ! 言い方ってもんがあるだろ、言い方ってもんが! ったく、ヨーロッパがなんぼのもんだよ。おれたちだって日本で必死で戦っ 3982

    asmyan

    DOODLE『特等席』1ページ目
    C翼、ジュニアユース中のお話です。
    メインは若林・翼・岬。
    森崎、石崎、三杉も出てます。カプ要素無しです。
    特等席(1/2)

     練習時間が終わり、選手たちは三々五々フィールドを後にしている。その中でひとり、ぽつんとゴールマウスに立つ影がある。
     彼はキーパーグローブをしっかりと両手に嵌め、リストバンドを適度な圧力で締め直し、ぱん、と気合いを入れるように両手を打ち合わせた。
     おもむろに腰を下ろす。それからゆっくり体を伸ばし始める。練習後のクールダウンというよりも、これからが本番だというように。
     念入りに準備をし、ようやく立ち上がると、片方のゴールポストに近付いて手のひらを当て、それから反対側のポストへ向かい、そこにも手のひらを当てた。仕上げにぴょんと跳び上がりゴールバーを掴んでぶら下がる。右、中央、左。跳び下りて深呼吸。これは彼がゴール前に立つ時のルーティンだ。
     左右の肩を回してほぐし、サッカーボールの入ったカゴを引き寄せる。と、誰かの気配を感じた。
    「若林さん、自主練付き合います!」
    「森崎」
     名前を呼ばれた彼があまりに嬉しそうに笑うので、ついつられて破顔しそうになった若林はトレードマークのキャップを被り直す。
    「俺に構わずさっさとあがれ」
    「いえ、付き合わせて下さい。若林さんの動 6408

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     練習時間が終わり、選手たちは三々五々フィールドを後にしている。その中でひとり、ぽつんとゴールマウスに立つ影がある。
     彼はキーパーグローブをしっかりと両手に嵌め、リストバンドを適度な圧力で締め直し、ぱん、と気合いを入れるように両手を打ち合わせた。
     おもむろに腰を下ろす。それからゆっくり体を伸ばし始める。練習後のクールダウンというよりも、これからが本番だというように。
     念入りに準備をし、ようやく立ち上がると、片方のゴールポストに近付いて手のひらを当て、それから反対側のポストへ向かい、そこにも手のひらを当てた。仕上げにぴょんと跳び上がりゴールバーを掴んでぶら下がる。右、中央、左。跳び下りて深呼吸。これは彼がゴール前に立つ時のルーティンだ。
     左右の肩を回してほぐし、サッカーボールの入ったカゴを引き寄せる。と、誰かの気配を感じた。
    「若林さん、自主練付き合います!」
    「森崎」
     名前を呼ばれた彼があまりに嬉しそうに笑うので、ついつられて破顔しそうになった若林はトレードマークのキャップを被り直す。
    「俺に構わずさっさとあがれ」
    「いえ、付き合わせて下さい。若林さんの動 6408

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    DOODLE『特等席』2ページ目
    C翼、ジュニアユース中のお話です。
    メインは若林・翼・岬。
    森崎、石崎、三杉も出てます。カプ要素無しです。
    特等席(2/2)


    「石崎くん」
    「? 三杉か」
     宿舎の玄関先で石崎と三杉は顔を合わせた。
    「翼くんと岬くんと、若林くんの姿が見えないんだが、居場所を知らないかい?」
    「あいつらならまだピッチにいたぜ」
     溜め息混じりの、どこか苛立ったような、諦めたような、なんだかとても複雑な、普段の彼からは想像できないような雰囲気で告げられた三杉は、正直に首を傾げて見せた。
    「どうかしたのか?」
    「別に。ちょっと前に森崎から、若林のヤツが居残り練習してるって聞いてさ。……あいつ、久し振りだってのにムカつくだろ? 文句のひとつでも言ってやろうって思って。で、行ってみたら翼と岬に先越されてた」
    「……」
     そこで彼は、何かを思うように口を噤んだ。そして
    「まあ、翼がなんか言ってくれてたら、おれはそれでいいし。ってことで戻ってきたとこだったんだ」
     と、静かに言った。
    「……若林くんの言うことには、一理あると僕は思うよ」
     三杉の言葉に石崎は気色ばんだ。
    「そりゃそうかも知れねえけどよ! 言い方ってもんがあるだろ、言い方ってもんが! ったく、ヨーロッパがなんぼのもんだよ。おれたちだって日本で必死で戦っ 3982