シングル・カウント🦦🥁
たしか、小学校の頃だった。
私の耳が音を拾いづらくなる少し…前のこと。
先生から宿題だよと言われて、両親に聞いておいでと言われたのがきっかけだった。その時初めて疑問に思った。
私の名前の由来は、どこからきたのだろうかと。
___その夜、夕御飯を食べながら向かいに座る二人に学校で出された宿題の話をした。どんな答えが返ってくるんだろうと、少しドキドキしながら。
すると二人は、二、三度まばたきをして顔を見合わせた後に、父親がくしゃっとした笑顔をこちらに向けて話してくれた。
「『楽心』は、『楽しむ心』って書くだろう?……親の勝手な願いかもしれねぇが、世の中に溢れるいろんな音を楽しむ心をもってくれたらって思って。母さんと三日三晩寝ずに考えて決めた、ってとこだなあ」
三日三晩だなんてあなたったら話を盛りすぎよ~?二日だったわよ?なんて母親はのんびりと返していた。二日寝なかったの!?なんて当時の私は返しちゃった気がする。
「俺も音楽やってたし、叶うなら楽心が楽しいと思うものが、それが音楽だったなら嬉しいな~ってな。それもあった」
「どうやらドラマーの血は争えないらしい。お前ときたら、ちっちぇ頃からいつのまにか店のスタジオに置いてあったドラムで遊びはじめたときたもんだ!驚いたさ」
父親の大きなゴツゴツとした手がそろりと伸びてきて、私の頭をわしゃわしゃと撫でる。ドラマーとしてスティックを握り続けてきたその掌が、私にはとても誇らしく思えた。
「音楽、好きか? 楽心」
目を細めて笑ってそう問いかけてくる父親に、わたしは返事を一拍も置かなかった。
「うん!だいすき!」
そうかそうかと笑って、頭をまたわしゃわしゃと撫でられる。
「お前がいつかロックを、なんて日が来たりしてなぁ?」
「ドラムは大黒柱だ、縁の下の力持ちってやつだな。バンドの奴らを図太くしっかり支えてやれよ。……つっても、まだ早ぇか」
父親と同じように、バンドを組んでいつか音楽をやりたい。幼い頃の、大きな夢だった。
+
「小学校の頃の作文だ、懐かしいなあ」
手術も無事に終えて数ヶ月経ち、経過も良好とのことで一人暮らしをはじめることになった。
実家の自室の押し入れの整理をしていると小学校の頃に書いた作文が出てきたものだから、懐かしさを感じながらついつい読んでしまっていた。片付けあるあるというやつかもしれない。
……まさか自分の耳が音を拾いづらくなるなんて、そんなこと当時は思いもしなかった。
そんな時でも、私を支えてくれたのはドラムだった。
音の無い世界にも、ビリビリと伝わってくる振動に、たとえ聞こえなくても音が届いているような気がして。
音楽は、目で聴く、身体で聴くことだってできる。それを教えてくれたバンドに出会って憧れが出来た。ライブ映像を観たあの時の感動や衝撃は、今でもビリビリと身体に残っている。
楽しむ心をなくしてしまうことなく、ここまでこられたのは、誰かが爪弾く音楽がすぐ傍にいてくれたからだ。
私はロックが大好きだ。
その気持ちはずっと、小さな頃から変わらずにここにある。