狼と蝙蝠傘「賭けに出たが、こりゃ俺の敗けだな。」
梅雨時期とはいえ、突然の土砂降り。酷いものだ。仄暗い街中。近くにあった古い喫茶店の軒下で雨宿りを決め込むことにした。大きい雨粒が跳ねるアスファルトを横目に煙草を燻らせる。
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傘は、忘れずに持ってきたのだ。
黒い蝙蝠傘を片手に煙草を買いに出掛けた。
雨足が少しずつ強くなり始めた頃、そんな時に限って見つけてしまった。聴こえてしまった。
すれ違う大人達の靴音や雨の音に混じって、傘も持たず泣いている子供を。
親と逸れたのかそれとも別の何か、かは分からないが年端もいかない女の子だった。
通り過ぎようとしたが足が止まる。どうにも『ああいう子供』を見ると、放っておけない。
強面なのは自負している。警察に通報でもされたら厄介だが、このまま置いては帰れない。
「お嬢ちゃん、傘は?」
しゃがみこんで目線を合わせる。
「……っだれかに、もってかれちゃったの。かさがなくて、はやくかえらなきゃいけないのに、おかあさん、お熱出ててね、ゼリーを、かって……」
彼女は両手にコンビニの袋を抱えていた。チラと見遣れば桃のゼリーに、ポカリスエットか何かが覗いて見えた。
「……そうか。それは心配だ。よかったらお兄さんの傘、使ってくれ。少し大きいが、しっかり握って帰るんだ。君まで風邪を引いたら看病する人がいなくなってしまうから。」
そう告げて差していた蝙蝠傘を手渡す。ずぶ濡れになってしまうが、雨宿りでもしながら帰ればいいかなんて考えながら立ち上がる。
「お兄ちゃんは?びしょぬれになっちゃうよ?」
鼻水をすすりながら聞いてくる女の子の頭をポンと撫でる。
「お兄さんはこの土砂降りの雨が止む方に賭けてるからね。晴れ間を見つけて帰るから、大丈夫だ。」
「ありがとう!お兄ちゃん!」
大きい傘を差して遠くへ駆けていく少女に、
「転ばないようにな」
と何気なく声を掛けて、踵を返す。
その言葉にどこか覚えがある気がして雨宿りの場所を探そうと踏み出した右足が一瞬止まった。
「……?気のせいか?」
足元を叩く雨音で現実に引き戻される。このままでは文字通りの濡れ鼠になってしまう。雨を凌げる場所へと急いだ。
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雨はまだ止まない。賭けには敗けた。
「こりゃ、風邪引きは俺の方だな」
なんて考えながら、煙を曇天へと吐き出した。
(※この数日後、狼は風邪を引きます)(というテロップも付けておきます)