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    soari_xx

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    soari_xx

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    雄っぱぶの裏方でバイトするゆじがなぜか指名されて接客することになる話
    客は7️⃣(つきあってない)

    おっぱぶで働くゆじ「ユウジくん、ご指名いただきましたー!」
    「んぇ!? え!?」

     調理場に響き渡る声に、フライパンを振っていた悠仁は驚きのあまり持っていた卵を握りつぶした。

    「えっ、なん、なんで! 俺裏方だし、ここ女の子の……!」
    「ほんっとごめんなんだけど、絶対ユウジくんしか駄目って聞かなくてさァ。真面目そうなリーマンだし、適当にあしらってくれればいいから。お給料も倍払うよ」
    「倍……?」

     マネージャーが差し出した指の本数を数え、ごくりと咽喉を鳴らす。
     先日大人の遊技場で派手に負けた悠仁は、正直なところ金に困っていた。正確にはそこまで困窮しているわけではないのだが、来月恵や野薔薇と旅行に行く約束をしてしまったのだ。
     手元に五万は欲しい。限られた時間で金を稼ぐために一週間はバイトを掛け持ちする覚悟はしていたが、接客すれば今夜だけで目標額までかなり近づけるかもしれない。

    「でも俺なにをすればいいのか分かんねっすけど」
    「大丈夫大丈夫! 客にチチ見せてダウンタイムでほんのちょこーっと揉ませてあげればいいから! あとはなるべく高いドリンクねだって売り上げに貢献してくれると嬉しいな」
    「えぇ……? 嫌すぎる」

     悠仁が一時しのぎのために働いているのは、男のロマンをこれでもかというほど詰め込んだ「おっぱいパブ」だ。
     通称おっパブと呼ばれるそこは、きわどい衣装に身を包んだ女性キャストが客に胸を見せたり触らせる性的なサービスを行う店である。
     悠仁は裏方のため時給がそれほど良いわけではないが、コンビニのレジ打ちよりはてっとり早く稼げるため深く考えることもなくその店の面接を受けていた。
     健全な男子なので、胸丸出しで店内を行き来するキャストに顔を赤くしたり背中を丸めたりしていたけれど、見慣れた今では芸術品を眺めているような達観の域に達している。

    「つーか俺男だけど……?」
    「まァそういう物好きも稀にいるよ。あ、ユウジくんの身体に合いそうな衣装一着しかなかったから、ごめんけどこれ着てね」
    「うーん……いいんかなぁ……」

     マネージャーから渡された衣装に身を包み全身鏡の前に立つ。
     胸元の大きく空いた白いブラウスに、黒いタイトなミニスカート、同じく黒のジャケット。網目の大きな網タイツに脚を通して備え付けの帽子を被れば、魅惑のキャビンアテンダントの完成だ。
     他のキャストよりも布面積が広いため恥ずかしさは少ないものの、ゲテモノの類であるのは間違いないだろう。

    「ぐふっ、ふふ、やべ、似合わん……コレで正解なワケ?」

     全体的にパツパツに布が張り詰めて、今にもはち切れそうだ。あまりにも似合わなさ過ぎて、悠仁は鏡に映る自分を写真に収めると「かわいい?」というメッセージとともに恵と野薔薇にメッセージを送った。

    「やばい、笑うとボタンが飛ぶ、……ふ、ひひ、」
    「ユウジくん着替えた? おっとこれは強烈だねェ……布足りてない感じ? まァいっか、それしかないし。お客さん待ってるから行くよ~」

     マネージャーのあとについていくが、履き慣れないヒールのせいでフラフラと上体が揺れる。待機中のキャストが「ユウジやば」と笑っているのが聴こえた。
     天井の低いフロアは薄暗く、鏡張りの壁にミラーボールがカラフルな光を乱反射している。
     客席はすべてベンチシートで、仕切りで区切られているものの完全な密室ではない。そのため通路から接客中のキャストの様子が窺えるが、みな客にべったりと密着していてとてもじゃないが見ていられない。

    (やばい……大丈夫か? そもそも俺を指名した人ってたぶん華奢な男がくるって想像してない? ゴリラがきたらビビるだろ)

     ヒールのせいでぐらつく身体を安定させるために、鼻息荒くドスドスと歩くさまはまさに雄ゴリラだった。期待して待っているのにゴリラがきたらがっかりするのではないだろうか。
     自分の胸元を見て、弾けそうなボタンを一つ二つと外す。悠仁なりのサービス精神の表れだが、マネージャーはおかしそうに笑うだけだった。

    「こちらの席のお客様だよ」

     連れられてやってきたのは、ほかの席よりもさらに個室に近いいわゆるVIP席だった。

    「もしなにかあったら、ベルで呼んでね。まぁ……ユウジくんなら大丈夫そうだけど」
    「うっす」
    「お客様、お待たせしました。ご指名いただいたユウジをお連れしました」

     いざ行かんとソファに座る客の前に一歩踏み出す。胸を揉ませるかはさておき、お金を払って指名してくれたのだ。だったらその期待に応えられるよう、最高の接客をしてみせる。

    「ご指名ありがとうございます! ユウジでっす!」

     体育会系のノリで客に頭を下げ、そこでふとどうして自分が指名されたのだろうと疑問が浮かぶ。
     裏方の悠仁にはほかのキャストのような宣材写真は店内に掲示されていない。だがマネージャーはどうしても悠仁でなければならないと言っていた。
     男でなければいけないのではなく、悠仁でなくてはならない理由とは。
     背中にツウと冷たい汗が流れる。
     顔が上げられない。

    「どうしたんですか? どうぞ顔を上げてください」

     絶体絶命とはまさにこのことだろう。
     声の主は見ずとも分かる。
     鼻にかかった低くて甘ったるい声。

    (やばい、どうして、なんでここに?)

     顔を伏せたまま、そっと視線だけ持ち上げる。
     見慣れた色のスーツ、見覚えのありすぎる謎柄のネクタイ。

    (んも~~~ぜったいナナミンじゃん!)

     歩くルールブック。頭でっかち。頑固、ド真面目。
     自身を規定側と言い張るくらいにはゴリゴリの規定人間七海建人その人だ。
     顔など上げられるはずもなく、俯いたまま七海の腰掛けるソファの隣にそっと腰を下ろす。

    (やばい~~副業禁止だもんなぁ……始末書だけで済めばいいけど)

     高専に属する術師は、基本的にどの時間に要請がかかるか分からないため副業は禁止されている。
     びりびりと感じる七海の圧に小さくなりながら、手に持っていたおしぼりを適温に冷ましてから七海の手を包む。さきほどほかのキャストから教えてもらったばかりの付け焼き刃の接客だ。
     店内のBGMにかき消されそうなほど小さな声でドリンクをどうするか問えば、「ウイスキーを」と返され、黒服を呼んでオーダーする。
     沈黙が気まずい。
     七海がなにを考えているのかまったく読めない。そもそもなぜここで悠仁が働いていることがバレてしまったのか。規定を破った悠仁が全面的に悪いのは間違いないが、ただの先輩である七海がやってくる理由が分からない。
     いっそいつもみたいに理詰めで叱ってくれれば「ごめーん」と笑ってふざけられるのに。
     七海がなにも言わないから、悠仁もただ黙っていることしかできなかった。

    「お待たせしました~ウイスキーです」

     重たい沈黙を破ったのは、呑気なマネージャーの声だった。ガラステーブルにグラスとボトルを並べるマネージャーに、必死でアイコンタクトを送る。

    (マネージャー! 気づいて! 気づけって! チェンジ! おい!)

     バチバチとウインクで合図を送るが、マネージャーは首をかしげる。
     絶対分かっている。分かっているのに気づかぬふりをして、大げさに「ああ!」と膝を叩いた。

    「今夜はバレンタインナイトですね。チョコソースや生クリームをキャストにトッピングすることもできますが、いかがなさいますか?」
    「ちょ、なに言ってンの! なしなし!」
    「全部乗せでお願いします」
    「えっ!? ななみっ……さん、?」

     やっと顔を上げた悠仁の視界に飛び込んできたのは、見覚えがありすぎる七海の呆れ顔だった。
     そんな七海の片眉がぴくんと上がる。
     これはまずい。絶対にまずい。
     理由は分からないが、きっと特大の地雷を踏んだのだろう。

     オーダーを受けたマネージャーが機嫌よくブースから出ていくのを恨みがましく見送り、緊張で冷たくなる手でウイスキーを作る。酒の作り方など分からないから、適当な量をグラスに注いで氷を放り込むと、七海がおかしそうに笑った。

    「新人ですか? お酒の作り方を教えてもらってない?」
    「え、あ、そう、です」

     なるほど。
     どうやら悠仁だと気づいていない体で進めるらしい。
     七海は悠仁の手からグラスを受け取ると、指で氷を撫でるように琥珀色の液体を混ぜる。その仕草が妙に色っぽくて思わずじっと見つめてしまった。

    「さて、ユウジくん? きみは、どうしてここで働いているんですか?」

     しょっぱなから本丸に攻め込んでくる七海に、ぐぬぬと唸る。だが七海が知らぬ顔でことを穏便に済ませてくれるのであれば、それに乗らない手はないだろう。

    「金が入り用なんだよね。ちょっと来月予定があって」
    「……昼間は働いていないんです? 足りない?」
    「えーっと、……はは、ちょこーっとスっちゃって」

     手でパチンコ台のハンドルを捻る仕草をすると、七海の眉間の皺が深くなる。なにも馬鹿正直に答える必要はなかったと気づいたが、あとの祭りだ。ぎろりと睨んでくる七海の眼がいつもよりもずっと鋭い。

    「なーんちゃって……」

     あはは、と空々しく笑いながら自身がオーダーしたオレンジジュースを喉に流し込む。
     いたたまれない。早く帰ってほしい。もうこんなところでバイトなんてしないから一刻も早く。
     そんな悠仁の気も知らず、七海は呑気にグラスを傾けている。すました横顔にだんだんと腹が立ってくる。たしかに規定を破り副業に就いていた自分が悪い。だがすでに18歳を超え世間では成人とみなされ、法的にはなんの問題もない。まだ卒業前というのがまずかったが、そうだとしてもこんな嫌味なことをされる筋合いはない。
     もう接客する気も失せ、悠仁はソファで大股を開きながら深く腰かけ直した。

    「っ、う」

     普段通りに座ったせいで、短いスカートがずり上がってきている。網タイツも違和感があるし、もぞもぞと尻を動かしながらポジションを変えようとするが、余計に落ち着かなくなった。

    「どうしたんです?」
    「え、ぁ、タイツがなんか変な感じで……あの、チンポジが」
    「げほ!」

     男ならだれもが直面したことがあるであろう切実な問題だ。
     女性用のタイツのため股間問題に配慮されておらず、大事な部分に食い込んでしまっているうえに、普段と異なる場所に固定されている息子が窮屈で仕方ない。

    「ちょっとごめん」

     悠仁は立ち上がると、七海に見えないよう背中を向けパツパツのスカートの下から手を突っ込んで網タイツを引っ張った。

    「……きみまさか、下着を身につけていないなんてことはないですよね?」
    「へ? そうだけど……」
    「………………なぜ?」
    「だってボクサーだとゴワゴワして落ち着かなかったし、衣装の下着はキツくて穿けなかったから……」

     男同士だからいいじゃんね、と笑えば、今日一番の大きなため息と共に「こちらへきなさい」とスーパーお説教モード確定演出が発生してしまった。
     これは長くなりそうだ。
     網タイツのなかのポジションを直してから、悠仁は素直に七海の隣に腰掛けるが、七海は「そこじゃありません」と悠仁の手を引いて膝の上に乗せる。

    「えっ、うわぁ! なに! まだダウンタイムじゃねぇけど!?」

     そういう問題ではないとは分かっているが、黙って膝の上に乗っているわけにもいかない。じたばたともがくものの、窮屈な衣装のせいで身動きが取りづらいし、なにより上級の術師である七海の拘束から逃れるのは困難だ。

    「えっ、なに、なんで、」
    「お客さーん、困りますよ~!」

     ナイスタイミングで現れたマネージャーの背後に光が差している。

    「キャストといちゃいちゃできるのはダウンタイムだけなので、今はご遠慮くださいねェ」

     手に持っていたチョコソースと生クリーム、オーダーした覚えのないフルーツやナッツの盛り合わせをテーブルに置きながら、そう告げるマネージャーの頼もしいことといったら。
     悠仁は大きく頷きながら七海の膝の上から降りようとするが、その腕の力が弱まることはない。

    「オールダウンタイムは?」

     七海の言葉に、マネージャーの目の色が変わる。
     これは良くない流れだ。必死で合図のウインクを送るが、マネージャーは悠仁を通り越して七海しか見ていない。

    「…………うちだとオプションになっちゃいますけどいいですか? 安くないですよ」
    「今夜この子はほかのテーブルにつけないでください。それから人払いを。オーダーはこちらから呼ばない限り結構です。その代わり一番高いボトルを入れて構わない」
    「かしこまりました~! ではごゆっくり~!」
    「え!? ちょっと待って! 行かないで!」

     助けを求めるために伸ばした手は虚しく空を切り、恭しく頭を下げてブースを出ていくマネージャーはウインクをして去っていった。とんでもない裏切りだ。もう二度とこんな店で働くものか。

     VIP席だけ照明が落とされ、さきほどよりも薄暗くなる。
     ダウンタイム用のBGMが流れるなか、悠仁は頭のなかでどうしようという答えのない問答を繰り返していた。
     もうなにもかも正直に話して謝って許してもらおう。お説教だけで済むのならそっちのほうがいい。
     七海と変な雰囲気になってしまうのは、今後のためにも避けたい事態だ。

    「ナナミンっ、あのさ、」
    「さて、せっかく高い金を払ったのだから、楽しませてくださいよ」

    (払ってくれなんて言ってねぇけど~~~!?)

     そもそも七海は悠仁の監督者でもなければ後見人でもなんでもない。だからこんなにもチクチクネチネチ責められる筋合いはないのだ。
     明らかに楽しんでいる七海に、ふつふつと腹のなかが煮え立つようだった。
     馬鹿にしやがって。だいたい悠仁の副業現場を現行犯で押さえるためとはいえ、こんな不健全な店に来ている七海だって言わば同じ穴の狢ってやつだ。
     しかもオプションでオールダウンタイムをつけるだなんてなにを考えているのか。

    「ほら、ちゃんと働いてください」

     せかすように膝を揺らされ、ぐっと息を飲む。
     仕方あるまい。七海の頑固さはよく知っている。こうなると絶対に譲らないだろう。
     おそらく七海は深く酔っている。さきほどからウイスキーを飲む手が止まらない。七海の持つグラスを取り上げ、テーブルの上に置くと、その手でクリームを取って大きく開いた胸元に絞った。

    「七海サンがこのクリームを全部綺麗にしてくれたら、遊んであげてもいいよ」

     できないだろ? と暗に含ませながらそう言えば、七海はふと口元だけで笑った。悪い大人の男の顔を垣間見て、背中がぞわりと粟立つ。
     七海は甘いものが得意ではないと以前言っていた。だからクリームを選んだのに。

    「どんなふうに遊んでくれるのか、楽しみですね」



     つづく(といいな)
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