星新一 『暑さ』パロ 善逸が炭治郎の元を訪れたのは、蒸し暑い夏の日だった。
「久しぶり、炭治郎」
「突然どうしたんだ、善逸」
善逸は力なく、ふらふらと手を振って、それから頭をかいた。
「あのさ、炭治郎。俺のこと……警察に通報してくれないか」
「な、何を言うんだ善逸。何かしてしまったのか!?」
「いや、まだ何もしてないんだ」
「じゃあ、何か犯罪に巻き込まれそうになっているとか……」
善逸は首を振る。
「そういうんじゃないんだ。ただ……ほら、最近暑いだろ。今にもおかしくなって、何かしてしまいそうで」
「なんだ、そういうことか。それじゃあ警察は呼べないな」
炭治郎は安心したように笑ったが、善逸の表情は晴れない。
「……ちょうど一年前のこんな暑い日にさ、俺、殺しちゃったんだ」
「な、なんだって!? 善逸、どうしてそれを先に言わないんだ!?で、一体誰を……」
「サル。飼ってたんだよね」
蝉の鳴き声の隙間から、少し安心したような吐息が漏れた。
「そ、そうか。それは可哀想なことだけど……一年前にペットを殺した話を今更俺に通報させる意味はよくわからない。第一それだけじゃ、すぐ逮捕ってことにはならないんじゃないか?」
「それはわかってる。でも、俺の話をひと通り聞いてくれないか」
「別に構わないけど……」
「俺、昔から暑いのがだめなんだ。暑いとぼーっとしたりイライラするだろ。俺の場合はそれが人より酷いみたいで。なにかしなくちゃいけないっていう衝動が沸き上がってきて、抑えようとすると狂いそうになるんだよ」
炭治郎は、訝しむような表情をしつつも頷いた。
「一つだけ、その衝動のはけ口があるんだ。子供のころ、それこそ今と同じくらい暑い日に、部屋に蟻が入って来た。なんとなくその蟻を潰してみたら、それまでのイライラがすーっと引いてさ。その年はもうイライラしなかったんだ」
「はぁ……」
炭治郎は頭を掻きながら、曖昧に相槌をうった。
「その次の年も暑くなって、やっぱりイライラで狂いそうになったから、また蟻を潰してみたんだ」
「……そうか。それで、おさまったのか?」
「だめだった。困っちゃったよ。それで、カナブンを潰してみたんだよね」
「カナブンか」
「そしたらイライラは治まって、その年はもうイライラしなかった。それで要領がわかってきてさぁ、そのさらに翌年はカブトムシを捕まえてきて潰したんだ」
善逸の口調は、徐々に早まっていく。それと競うかのように、蝉は忙しなく鳴いている。
「そうやって、俺は今まで狂わずに生きてこれたんだ。一昨年は犬を殺した。もうその頃には、秋になると翌年の準備をするようになってさ。犬を殺した後、すぐにサルを飼ったんだ」
「善逸……」
「サルって意外と可愛いんだよね。とても殺す気にはなれないだろうと思ってた。でも、でもさ……俺は……俺は殺しちゃったんだよ、サルを!!」
善逸が声を張り上げる。炭治郎は、額の汗を拭いながら宥めるように言った。
「善逸、落ち着け。サルを殺してしまった話はさっきも聞いた。そのことがそんなに苦しいなら、例えばカウンセリングに行ってみたり、病院で心の病気の検査をしてもらうのもいいんじゃないか」
「病院にも行ってみたよ。でも正常だって。頼むよ炭治郎、俺を警察に突き出して、牢屋にぶち込んで、一生出られないようにしてくれ……」
「さっきも言ったけど、ペットの猿を殺しただけで一生牢屋で過ごすようにはならないと思うぞ。確かにやってはいけないことだけど、わざわざ俺から通報するようなことでもない」
「そっか……そうだよな」
善逸はわかりやすく肩を落とした。
「なにか、俺が力になれることがあれば相談してくれ。あんまり思い詰めるなよ。ゆっくり休んだほうが良いぞ」
「うん……残念だけど、もう帰るよ。ありがと、炭治郎」
「そうだな。あ、そうだ。家族とは、ちゃんと連絡をとってるか? お兄さんとおじいさんがいただろ。みんな、元気にしてらっしゃるんだろうか」
「うん。兄貴とは、去年の秋くらいから一緒に住み始めたんだ……」