まぼろしのよるにガラス玉みたいな瞳を覗き込むと、夜なのに青空が閉じ込められているような色に、自分が写っている。
浴衣の衿からするりと手を忍ばせると、きめ細やかな肌に浮く鎖骨が露わになる。
「ちょ、っと……」
一応は手で制す素振りをするが、くすぐったそうに笑った口元は満更でもなさそうだった。それを確認すると、ゆるゆると装いを崩していく。松井がいつも身に着けている首飾りのチェーンに指が引っ掛かって、衿の隙間から飛び出した。
「……豊前、どうした?」
松井が昂りを抑えきれないような息をしながら、色を含んだ声を向ける。だが、豊前の耳には入らない。動きをぴたと止めたまま、胸元に目線を落とす。
「まつ、昨日手入れ部屋入ったよな?」
「それがどうかした?」
「そんなところに傷あったか?」
普段は隠れている、首飾りの当たる肌に、クロスしたような小さな傷跡が覗いていた。抉れたような深い傷。昨日や今日つけたようなものではない、古傷みたいな跡だった。
松井は乱れた息を整えながら深く息を吐ききり、豊前の手を掴んで指で触れさせる。
「この傷か。何故かこれだけは、手入れでも消えないんだ」
豊前の人差し指を掌で覆ったまま動かして、愛おしい宝物みたいに傷を撫でさせる。痛々しい溝を二度、三度と往復する。
「君は覚えていないだろうけど」
「覚えてない?」
俺が? そんな馬鹿な、という思考は声にはならなかった。
他でもない松井のことを忘れているはずがないのに、全く身に覚えがない。だが松井が嘘をついているようにも見えない。狼狽の色を浮かべた豊前の瞳を覗き込んで、松井はもう片方の掌を包み込むように重ねた。
「この夜が終わらなければ良いのにね」
夏の夜はすっかり帳を下ろして、唯一の目印みたいな青が不自然なくらい明るい。相対する赤は、水でも消えない炎のようににゆらゆらと光っている。重ねられた掌から抜け出して、松井の手首を掴んだ。
「松井、お前まさか」
土を被ったクダギツネの面が、嘲笑うみたいに見上げてくる。遠くで鳴っているはずの祭囃子がやけにうるさかった。
ああ、早く松井を探しに行かなければ。