夜空に瞬く噂話「センセー、こんな噂知ってます?」
事の始まりは一二三のこの一言だった。
「根拠も何も無いやつなんすけど、俺っちのお店に来るお客サンが話してたんすよ。いやーこの人すごく噂好きで色んな話聞くんすねー。
そのお客サン、シブヤ在住なんすけど……、
なんか今シブヤに長らく飴村乱数が居ないらしくって。」
「………え?」
寂雷と独歩の箸が止まる。
2人は共に穴があきそうなほど一二三を見遣った。
その後、声を発したのは独歩だった。
「飴村乱数が長らく居ない?いやいや一二三、この間飴村乱数のインスタ見ただろ?
109の前でピースサインしてる……。」
「俺っちもそう思ってそのお客サンに言ったんっだよ!でもそのお客サンによれば、飴村乱数は居るけど、本物の『飴村乱数』が居ない…って。
しかももっと言えばPhantomとDead or Aliveも姿を消している……とか。
そのお客サンもこの噂だけ気にかかってて、だからセンセーなら知ってることあるんじゃないかって思って。
ほら、飴村乱数と昔は仲間だったんすよね?今はめちゃくちゃ仲悪いけど!」
「一二三……お前デリカシーというのが無いのか……?」
詳しく聞けば1st D.R.Bの数週間後から今に至るまで、麻天狼と戦った''あの''FlingPosseはシブヤから姿を消して居るらしい。
飴村乱数の目撃情報はあるものの、その飴村乱数と話した人によれば違和感を抱いている人が少数いるという。ただ何が違うかは分からず、「何となく乱数ちゃんじゃない気が」と繰り返すだけ。
そして今まで共に行動していたチームメイト、もとい夢野幻太郎と有栖川帝統と、その飴村乱数が一緒にいたところは見た事がないらしく、また、最近シブヤでその2人を見かける人はあまりいないそう。それ故にその夢野幻太郎と有栖川帝統も姿を消していると噂されているらしい。
FlingPosseがシブヤから消えた。
「それと……。」
「まだあるのか?一二三?」
「ん~、これは確定事項じゃないから分かんないんすけど……。」
「何かな、一二三くん?」
「…………俺らあと1ヶ月もしない2nd D.R.Bに参加するじゃないっすか。参加チームを調べた人がいて、その人が上へ勝ち昇るチームを予想したらしいんすね。勿論これは中王区直々じゃないから確定では無いらしいんすけど……。」
一二三は指で勘定するように一つ一つ折っていった。その眼差しは一二三らしくない少し困った表情であった。
目の前に置いてある紅茶が静かに揺れた。
「イケブクロはBuster Bros。
ヨコハマはMAD TRIGGER CREW。
まあそんで俺らシンジュクから麻天狼。
そして新しく加わったディビジョンでオオサカのどついたれ本舗。
ナゴヤはBad As Temple。
だけっていう……。」
「は?シブヤは?」
「その肝心のシブヤのFlingPosseが参加チームに入ってないらしいんす。それ故かシブヤでも予選が行われないんじゃないかとも言われているらしくて。」
「……ふむ…………。」
「……これって、あのFlingPosseが消えたことと何か関係あるんすかね…?
センセー、何か知ってます?」
「……残念ながら、知りませんね。
まあ、飴村くんなら中王区に対して悪戯をしたりはしそうですけれど。」
だが寂雷には1つの懸念事項が頭を過った。
飴村乱数。
彼は中王区に造られたクローンであると知った。一二三の言っていたお客さんが正しいのであれば、もしかしたらかつて共に過ごし、今では犬猿の仲となりすれ違えば喧嘩するあの子はシブヤから姿を消して、同じ顔をしたクローンがシブヤにいる可能性がある。否定は出来ない。
例えばそうだとして。
彼がいなくなった理由は何だろうか。
彼が、仲間を巻き込んで消えた理由は何だろうか。
そもそも彼が夢野くんと有栖川くんを仲間と思っている確証すらないのだ。
けれど、彼なら姿を消すなら一人で消えるだろう。何となく、そう思う。
誰にも、何も伝えず、ただ一人で。
それに最悪な場合、『消された』と考えても可笑しくはない状況だ。
昔のあの頃の子を考えてしまう。
酷い記憶だ。
それだけで憶測でき、その憶測で彼が変わったと察せてしまうのだ。
彼の隣にいるのは自分ではない。
何故だかすっと体温が下がった気がした。
紅茶はすっかり冷めていた。
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「____なんて話していたら面白くないですか?」
「わぁー幻太郎想像力豊か~!」
「いや逆に怖ぇよ……。」
卓袱台を乱数、幻太郎、帝統の3人で囲み温かいお茶を啜る。
座布団の上でしっかりと正座をするのは幻太郎のみで乱数は胡座をかき、帝統に至っては寝っ転がっている。
スマホの時計は3:30を指すところ。
外は星が瞬き銀河鉄道という夜行列車が空を渡り果てしない空の向こうまで飛んで行きそうな澄んだ夜空であった。
「例えばそれから神宮寺殿が我々を探すとして、どのような手段があると思います?」
「いや無難に考えて手段も何も探さないかも知れねぇだろ?
何よりそいつと乱数って犬猿の仲って言われてるんだよな、だったら……。」
「ふむ、でしたら、過去二人は実は恋仲だった、という設定で____」
「うげぇ~、止めてよ、吐き気する。」
「乱数飴いるか?」
「違うよ帝統、大丈夫だから、口車に乗せられただけだから。」
「おー、なら良かった。」
「帝統は幻太郎と違っていい子すぎる。」
「小生がいい子じゃないみたいじゃないですか。」
「ボクとジジイが恋仲って言う奴なんて頭のネジが何十本も足りてない阿呆か悪い奴だよ。」
「まあ小生そのような妄想ばかりをする商いですので。」
「小説家って皆そうなの?頭大丈夫??」
「いやいやいやガチトーンやめてください。」
「おーい茶くれー。」
「ああやって寝っ転がって腹をボリボリとかいてる野良猫の何処がいい子何ですか。」
「ちょっと待ってね~帝統~。」
「無視しないでくれます???小生泣きますよ???」
「どうぞー、まだあっちっちだから気を付けてね~。」
「おう!ありがとな乱数!」
「小生の扱い酷すぎません??」
そして3人共にまたお茶を啜る。
ずずずっと言う音だけが響いた。
「小生、神宮寺殿は萬屋ヤマダに頼るのではないかと考えているのですが。」
「あっ、まだその話続いてたの?」
乱数は呆れ顔をしながらも幻太郎の話に耳を澄ませる姿は、やはり彼が幻太郎を好いて信頼している様を著しているようだった。その乱数は大人しく座布団の上へ座る。そして帝統は寝っ転がり腹をかき、欠伸をしながらも耳を傾ける。
「根拠は幾つか御座いますが、第一に萬屋ヤマダは有能だと言われています。十分に力になってくれるでしょう。尚且つ、かつての仲間で、乱数との様に険悪でないのであれば、一番頼りやすい方だとも思いますしね。あらゆる情報に精通しており、頭脳明晰で有名な山田三郎。人が良く人脈も広く、勇気ある行動を起こす山田二郎。そして何方も兼ね備えている山田一郎。逆に頼らない方が不思議なくらいに万能な方々ですからね。」
人差し指を立てつらつらと言葉を重ねる幻太郎。
その間乱数はかつて共に戦い弟のように可愛がった一郎を思い返していた。
あの頃の一郎は兄の鑑であると同時に、酷く脆く壊れ易い性質を兼ね揃えていた。一言で言えば危なっかしかった。だからこそ隣で、後ろで、ボクらが、主に左馬刻が支えて戦っていた。
そんな時間はもう過去となって今に至る。
そして過去なんて戻ってこない。
寂しい。
それと共に、幻太郎にそう評価される程腕を上げ長男として、萬屋ヤマダとして、一人の男として、成長したことが嬉しく思った。
「んー、俺はあのリーマンとかホストとかの仲間頼るんじゃねーかって思ってるけどな。」
「ほう。」
「だってよ~、そもそも相談?を持ち掛けたのはそのホストなんだろ。
だったら一緒に探すってのが義理なんじゃねぇの?何ならホストもホストで人脈広そうだしな。リーマンは……知らねぇけど、理鶯さんとかの方にも伝わったりしてな。」
まっ、知らねぇけど!
そう言葉を遺してお茶を一気に飲み干し立ち上がる。
理鶯さん。毒島メイソン理鶯。左馬刻のチームメイト。
左馬刻にボクらの事が伝わることも、そして同じチームの入間銃兎に伝わるのも避けて通りたい道だ。
案外左馬刻も人が良く顔も広い。次左馬刻に見つかったら生きては帰れない程にぼこぼこにされるかもな、なんて痛い想像をして少し笑みが零れる。
しかし本当に辞めて欲しいのは入間銃兎に伝わる事だ。
彼は警官である。
警官である故、中王区の下にいるのだ。
もしボクらの事が耳に入り、それが重なって中王区にでも伝わってしまったら。
ボクらの逃避行が終焉を迎えてしまう。
ホテルに掛かっている掛け時計はやっと3:30を指した。
幻太郎は湯呑みを洗い終わり、帝統は座布団を片付けた。
「さて乱数、帝統。次の場所へ移動しましょう。
麻天狼の耳に入り萬屋ヤマダを頼ろうと、その仲間を頼りヨコハマへ噂が流れようと、ましてや中王区が目をギラつかせて血眼に探し回ろうと。我々の旅を邪魔する輩よりも先へ、未来に向けて歩むだけです。」
「まぁ俺らの列車は終点がねぇからな。
何処までも楽しいだけ旅を続けて、またシブヤに帰ろうぜ。
もしかしたらその医者も他の手を使って探してるかもしんねぇしよ。」
「……うん、そうだね。
ボクらの旅の終わりを決めるのはボクらだ。
ならまだ終わる気はさらさらないから覚悟しておけよ幻太郎、帝統。
いっぱい迷惑かけちゃうけど、一緒に居てくれてありがとう。」
2人の間に入り温かな手をきゅっと掴む。
瞬く睫毛がきらりと光った。
「それに、こうやって俺が変わったようにあの寂雷も変わった。
……きっと、変わったよ。」
その呟きは夜風によって掻き消される。
そうだ、俺も変わった。
お前があの頃の俺に囚われていようが憎悪に蝕まれていようが、俺は前に進まなくちゃいけない。いつまでもクローンだからとか、人間じゃないからとか、中王区の狗だからとか、そんなクソみたいな事実から脱却して、今この時をこの信じた仲間と先へゆくんだ。
その先で、変わった俺と変わったお前で、会話を交わせたら、なんて思っていることは口が裂けても言うもんか。
だからお前は変わろうが俺を憎み恨み許さずその嫌悪の心で立ち向かえ。
俺が考えているお前じゃなくてもいい。
だけど、俺を許さないでくれ。
そうすれば、俺が変わろうと、仕出かした痛みや苦しみは忘れない。
業として背負って、その上でこの仲間と戦って未来を目指していきたいんだ。
俺を探すか探さないじゃない、それ以外の行動を俺は、お前に望んでいる。
ラップの師匠として、なんて可笑しいかもしれないけれど、少しくらいいいでしょ。
これが、最後の課題だよ、寂雷。
だからこの噂を見つけて、嗅ぎつけて、ボクらを見つけてみてよ。
お前とボクの大切な仲間、どっちが強いか比べようじゃないか。
かつて俺が弟子として育てたお前と、俺と仲間として成長してきた彼ら。
似てるようで、全く違う。
そりゃ、俺も変わったからね。
暗い昏い夜空。
流れ星が、長く尾を引いて流れた。