サプライズとレモンケーキ 親のツラして弟子の誕生日を祝うじいさんと、ケーキを食べるのが恒例行事だった。
自分の誕生日になるとはて、そうだったかな、老いるのがいやで。などと躱して祝杯を断る癖に、私の誕生日には必ず祝いの席を用意しているのだ。前日からケーキの好みを聞いてくるので、それはそれはいつもに増して鬱陶しくなる期間だった。
彼からのプレゼントは文字通り『サプライズ』であり、アシスタントですら本当の種明かしをされていないような、まさに秘伝の技を毎年一つ伝授してくれるというものだ。
だが当時の私はまだまだひよっ子で、種は分かれどすぐ物に出来るような器用さは持ち合わせていない。ある年は日付を超えても魔法の片鱗ひとつ見えないマジックを教わった末、出来るまで意地でも寝ようとしない私を見兼ねてもう一つケーキが出された。あの日のことは、今でも忘れられない。
「いいか、セルヴェ。お前に教えているのは『秘密の種』だ」
眠らないなら休憩しようと、二つ目――もとい二日目のレモンケーキを食べながら、先生は真面目な顔で話を始めた。手を休ませるためにと彼の手ずから、私に食べさせていることも含め至って、真面目に。
「私はタネを与えるだけ。そいつを育て、舞台で花開かせるのがお前のすべきことだよ」
「すべきこと、ですか」
砂糖の多い柑橘が染みた、甘酸っぱいスポンジと一緒に与えられた言葉を飲み込んだ。一拍置いて反芻した私に、彼は優しくうんと笑って頷いた。
「いつかお前が、舞台いっぱいに大輪を咲かせる日を期待してるさ」
そう言って、未熟者だった私の頭を撫でた大きな手と、皺だらけの笑顔をよく覚えている。おそらく摘み食いでもしたのだろう、生クリームが真っ白い髭と同化しているのにも気付かないような、何処か完璧でない神様のことを。
それで、何だったか。ああ、そう。レモンケーキが苦手な理由?
とても、とても、酸っぱい想い出だったからさ。
*(彼の手で咲いた一輪の花が、悔しいほどに美しくて。)