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    iceuaw

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    iceuaw

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    矢溝。溝さんが嫌いで仕方ないけれど同じくらいに執着している矢の話。

    愛の墓標 ヤノ、ヤノと俺の名前を笑いながら呼ぶあんたは残酷だ。その言葉一つで俺の心を抉って、そこに俺が感じたことの無い感覚を遺していく。あんたがそうするのはただの純粋な善意なのか、それとも他人に自分を残すための手段の一つなのか本当の所は俺には分からなかったけどあんたと居れるのは確かに楽しかったから分からないままで良いと思った。

    「いつまでも俺と一緒ってわけにもいかないだろ」
    「そういうもんですか」
    「そういうもんだよ」
     少し、いやかなり、悲しかった。寂しかったのかもしれない。そういうものかと思う反面、そんな情けない感情が胸中を渦巻いていた。立ち竦んだまま言葉を繋げれずに居れば、ドブさんは扉を開けて出ていってしまった。ぼんやりと後ろ姿を見送るだけで、何も声をかけなかったし、ドブさんからも声はかからなかった。帰ったのだろうかと思ったが、それならそうだと言うだろうから煙草でも吸いに行ったのか。
    なぜか俺の前では吸わない煙草の理由は分からないし聞いたこともない。これから一緒に居られないなら一度くらい聞いてもいいかもしれないなとくるりと身を翻しドブさんが行った方向へと足を進める。案の定、というか、やはり、というか、ドブさんは廊下で煙草を吸っていた。
    「ドブさん」
     声を掛ければドブさんは視線を下ろし煙草の火を灰皿で揉み消す。
    「なんで、俺の前では煙草吸わないんですか」
    「ん?んー……どうしてだと思う?」
     ドブさんが何かを企んでいる表情で俺を見下ろす。
    どうして。分からない、分からないからわざわざ聞きに来たんだ。
    「俺のことが……」
     好きだからですかと言おうとして言葉が喉に引っ掛かった。違ったらどうしようと絶望を抱く程にはドブさんのことを好いている。ぐるぐると巡り始めた思考は愉快で、ドブさんの表情はいつの間にか黒塗りになっていた。浮かべていた笑顔は引き攣り喉が震えた気がした。
    「おい」
     ドブさんの声と共に落ちてきた衝撃が意識を引き上げる。
    「会話中に勝手にどっか行くクセなんとかしろ」
    「……すみません」
     ドブさんの手が俺の頭を掴んだ。どうやら衝撃はドブさんの手が俺の頭に落ちてきた痛みだったらしい。ついつい会話の途中で意識がどこかにいってしまうのはよくあることだが、それはドブさん相手だけなのはこの人は知っているのだろうか。いや、知らないわけがないか。
    ちらりと腕越しにドブさんを見上げれば仕方なさそうな表情をしていた。
    「お前が考えた通りであってるよ」
     ずるい言い方だった。ずる言い方だけれどこの人らしいとも思った。舎弟としてこの人の下について過ごした月日は僅かだが、それでもこの人の在り方はよく知っているつもりだ。
    「そういうことにしときます」
    「おーそうしとけ」
     ずるい言葉をそのまま受け入れる俺は考えることを放棄した馬鹿な人間だったと思う。
     
     ガン、と顔の横に置かれた足が追憶を強制的に終わらせた。ああ、うっかり過去のくだらないことに思いを馳せてしまった。この人相手にそんなことをして顔を蹴られなかっただけマシだろうかと考えながら足の主であるドブさんを見上げる。
    どうしてこんな状況になったんだったか。ボスへの報告帰りに会ったドブさんに呼び止められ仕方なく従えばこんなことになっていた。この人と表立って対立するようになってから暴力を向けられることは何度かあったがなんだかんだとしっかりと仕返しも行っていたし何より関口が傍に居た。関口が居ない状況でこうなるのは久しぶりかもしれないと暢気にも考えるが単純な力勝負であれば自分はこの人に敵わないのだ、仕方が無い。
    「ヤノくんさあ」
     相変わらずの凶悪ヅラを愉快そうに歪めてドブさんは身体を屈める。
    「俺のこと嫌いだよな」
     そうだよ、その通りだよ。分かってるくせにわざわざ言葉に出すあんたのことが嫌いで嫌いで、仕方ない。それでいて、なんで嫌っているのかを知っている筈なのに俺に構うのはどうしてだと理由を求める自分にも嫌気が差す。
    「嫌いでも構わねえけどよぉ」
     ぐ、と髪の毛を上に掴みあげられる。痛い。痛い?いやこの程度痛いなんてもんじゃない、なんともない。あの時の、あの頃の痛みに比べれば。
    「仕事はちゃんとしろよ」
     俺のことは殺したかったら殺せよと笑ったドブさんを睨めつける様に見れば嬉しそうに笑った。わざわざ釘をさすなんて一体どんな話を聞いているのだろうかと苛立ちが増すのが分かる。ああ、この、腹の底が冷え、ぐらぐらと沸き立つ感覚もあんたが教えたことの一つだ。
    俺がどうすればあんたを忘れないかをよく知っている。嫌いだ、そういう所が。嫌いだ、そんなあんたが。それでも思わずに居られない俺が。
    「……しますよ、勿論」
     あんたに教えてもらったこともあんたがくれたものも全部全部置いていきたいのにそれを赦してくれないのは俺が弱いからか、それともあんたがそうさせるのか。
    吐き捨てるように言った言葉にドブさんは「そりゃ結構」と言いながら俺の髪から手を離した。
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