The one and only gift for Christmas 傑は昔、悟に見合いをするよう促したことがある。あれは確か、悟が高専の教師になってまだ間もない頃で、二人はまだ一応、親友と呼べる間柄だった。
キスをしたことはあったけれど、それはまだ学生だった時の一度だけだ。後輩たちも交え、応援している方のサッカーチームが負けたらキスというくだらない賭けで負けたのだ。悟は「ッエーー」とわざとらしく顔を歪めていた。傑はというと「ファーストキスだったのかい? まさかそこまでお子様だとは思わなかったよ」なんて強がっていたのだが、実は傑もファーストキスだった。
兎にも角にも、罰ゲームとはいえキスした後の反応があれでは、片思いは確定だった。傑は、ファーストキスを甘酸っぱい初恋の思い出にするのをやめた。あれは他にも数多くある、親友との馬鹿なやらかしの一つだと、自分に言い聞かせ続けるしかなかった。
その後、傑は高専を中退して宗教法人の代表となり、教祖と呼ばれる立場になった。悟とはめっきり会う機会が減ったものの、特級呪術師の傑には高専を通じて任務の依頼もある。折に触れて連絡を取り合う程度の、親友としてごく自然な範囲の付き合いを続けていた。
悟は五条家の当主でありながら高専の教師になっていた。お互い忙しい毎日で、二人だけで最後に会ったのがいつだったかなんて、思い出せないくらいだった。だから、悟に見合いの話がいくつも来ているのも、悟が一度も見合い相手に会うことなくそれを断り続けているのも、傑は全く知らなかった。
そんな話を耳にした直後だったのがよくなかった。任務の関係で出向いた高専で久し振りに顔を合わせた悟に「お見合い断り続けてるんだって? お相手候補は美人ばかりなんだろ。一度くらい会ってみたらいいじゃないか」なんて言ってしまったのは、叶う見込みの無い恋に疲れて、投げやりな気分になってしまったからだろう。
もちろん本気でお見合いをして欲しいわけではない。心のどこかでは、いくらすすめたところで無駄で、悟が見合いなんかするわけないと高を括っていた。いつもの調子で喧嘩をしたかったのだ。恋人になんてなれなくたって、これまで同様、親友のポジションをキープできればそれでいい。
なのに悟は「傑には関係無い」と、平坦な声で答えた。あまりに平坦過ぎて、かえって怒りを買ったのがわかった。昔はもっとわかりやすく怒りを露わにして、遠慮の無い喧嘩ができたのに、いつの間に自分たちはこんな無味乾燥な間柄になってしまったのか。悟の中で自分は、関係無い、の一言で切り捨てて構わない存在だということに、傑はいたく傷ついた。腹立たしかったし、寂しかった。だからつい、余計なことを言って、煽ってしまった。
五条家当主は、見合いの場では五条家当主のみに許された装いとやらを身につけなければならないらしい。傑は「七五三みたいな恰好をさせられた君が見たかったのに。残念だなあ」とわざとらしく煽ったつもりだった。悟のことだからきっと「やなこった」とか「誰が七五三だって?」とか言って、そのあとは売り言葉に買い言葉で、きっと昔のような喧嘩になると思ったのだ。なのに、結果は全く予想外のものだった。
「じゃあやってるやるよ。見合い」
悟の言葉はこれまた平坦で、酷く乾いているように聞こえた。この悟の言葉の後、傑は悟とどんな話をしたのかも、どうやって高専から帰ったのかも、あまり思い出せない。きっと、いつも通りを取り繕うのに必死すぎたからだ。七五三みたいな格好をさせられた悟が見てみたいと、言ったことすら覚えていなかった。見合い当日、悟がその姿のまま傑のところに訪ねてくるまでは――
「何ニヤニヤしてんの」
「遅いよ悟。クリスマスプレゼントを持って来いだなんてこの私を呼びつけておきながら」
実家に帰省中だというからわざわざ来てやったというのに、通された部屋で傑はしばらく待たされた。ようやく傑の前に現れたのは、五条家当主のみに許された装いの悟だった。もう十年以上前の、あの見合いの日と同じ格好だ。
「なあに一人でニヤついてたの。なんかエロいことでも考えてたあ?」
「君のお見合いの日のことを思い出してただけさ」
あの最初で最後の悟の見合いの日に、初めて目にした五条家当主としての悟は、あまりに優雅で雅やかで、傑は言葉を無くした。七五三どころか、いつの間にこんな大人の男になっていたのかと、正直惚れ直した。それから即座に、見合いをしろと言ったことを後悔した。この悟を、自分より先に目にした女がいるということが悔しかった。思わず「何しに来たんだ」と冷たい態度を取ってしまうくらいに。
「あーあれね。まさか傑にお見合いしろって言われるなんてね。正直ムカついたわ。人の気も知らないでさあ」
「私だって君に関係無いなんて言われてショックだったよ」
「俺だって傷ついてたんだけどお? せっかくこの格好見せに行ってやったのに『何しに来たんだ』だもん。ネチネチお小言までもらっちゃって散々だったよ」
「散々だっただって? それは私の台詞だ。あの後私のことを好き勝手に抱いたくせに」
「やっぱエロいこと考えてんじゃん」
「考えてないとは言っていないよ」
悟はあの日、見合いに行かなかった。「ドタキャンはよくないよ。相手に失礼だろ」と小言を言う傑に、悟は「どうせ冗談のつもりだったとか言って、止めるだろうと思ってたのに、いつまでたっても傑が俺を止めないのが悪い」と声を尖らせた。傑が思わず「関係無いだなんて言われたら、止めたくても止められないに決まってるだろ」と言い返してからは、お互いがお互いの気持ちに気づくまで、そう時間はかからなかった。
「いやあ、あの日は盛り上がったよねえ」
「君が待てが出来なかっただけだろ。洗うのが大変だったんだよ。特に袈裟」
「なあに言ってんの。俺だけのせいじゃないでしょ。わかってんだからな。傑がこの格好の俺のことが好きなのくらい」
「へえ。それで、私の為にわざわざ着替えて来てくれたってわけか。そういう理由があるのなら、待たされたのは大目にみてあげよう」と言葉にしてから、今のは早く会いたくて堪らなかったと訴えているみたいだったなと気づいた。きっと悟も、同じように感じたに違いない。
「そんなに早く会いたかった? 俺も早く傑からのクリスマスプレゼント欲しいなー。どこにあんの?」
「何を白々しい。本当はプレゼントは目の前にあるって気付いてるんだろ。私だってどういう意味で呼び出されたのかも、君がこの五条袈裟をまとった私に興奮することも、ちゃんと理解しているさ」
この先の行為を示唆するように、傑は袈裟の紐に指をかける。が、すぐに悟の手が、傑の手を掴んで止めた。
「なあ、今夜は……着たまま、しようか」
今の悟は、昔のように「ッエーー」なんて言ったりして、子供っぽい照れ隠しをしなくなった。それどころか「プレゼントありがたくもらっとく」なんて言いながら愛おし気に髪を撫でてくる。大人の余裕を発揮しているときの悟には、もう何度も惚れ直してしまっているのだが、つけ上がらせるので悟には秘密だ。
傑は悟の胸元に頬を押し付けた。どんなに月日が流れても、頬を撫でる絹の羽織のさらりとした感触と悟の匂いは、あの日とちっとも変わらない。きっとこの先も、ずっと。
今夜は、あの日と同じくらい、いや、もっと深く愛されるのだろうと予感しながら、傑はあの頃よりさらに逞しくなった悟の背に腕を回した。