誕生日って本当ですか?作戦室に到着すると、もうすでに氷見がいた。犬飼は開口一番、こう口にする。
「あ、ひゃみちゃん、誕生日おめでとう〜」
「」
「あぁ、ありがとうございます」
二人のやり取りに固まって数秒後、辻は犬飼と氷見を交互に見た。二人はそれに首を傾げる。
「えっ……と……ひゃみさん今日誕生……日?」
「? うん」
それがどうした、と言いたげな顔の氷見に、辻は少し身体をのけ反って驚き、頭を抱えた。
「あれ? もしかして辻ちゃん、知らなかったの?」
「先輩は知っ…」
てたんですか? と聞く前に、横の男は小さな紙袋を氷見に手渡し、「これプレゼント〜」と言っている。
「わざわざすみません」
「いやいや〜。気に入ってくれると良いけど」
「先輩が用意してくれたものなら、なんでも嬉しいですよ」
「そう言う社交辞令良いって〜」
そんなやり取りをポカンと眺め、辻はまた頭を抱えた。氷見とはなんだかんだありつつも、チームメイトとして仲を深め、辻にとっては数少ない会話が出来る女子、だ。そんな氷見の大切な日――誕生日を知らなかったことが、辻は申し訳なく、ショックでもあった。
「あ、二人とも来てたんだ」
ドアが開く音と同時に、作戦室に帰ってきた鳩原がそう言った。
「鳩原ちゃんお疲れ〜」
「はっ! 鳩原先輩は……ひゃみさんが誕生日なこと、知ってましたか!?」
いつも大人しい辻が食い気味で鳩原に話しかけるものだから、鳩原は少し動揺しながら、「え? うん……」と応え、苦笑いを浮かべた。
「実は、鳩原先輩には昨日ケーキご馳走になったの」
氷見が嬉しそうにピースをしながらそう告げれば、鳩原はいやいやと首を振る。
「そんな、ご馳走ってほどでは……」
「あー、今日は夜焼肉だもんね。たくさんは食べれないか。……女子会良いねえ」
三人の和やかな会話の横で、辻は犬飼の言葉にあんぐりと口を開けた。
「今日の焼肉って……そういう!?」
「あぁ、そうだと思うよ」
犬飼は一応「多分」と付け加えたけれど、内心確実だと踏んでいた。
「ということは、二宮さんも……」
ボソリと呟いて、辻はへなへなとその場にしゃがみ込む。わざわざ数週間前から入っていた焼肉の予定。辻も珍しいなとは思っていた。思っていた、けれど。
「……うん、知ってると思うよ」
氷見のその言葉に、辻はしゃがみ込んだまま少し睨むように氷見を見た。普段見ない顔に、氷見は内心少し焦る。
正直氷見は、二宮にも犬飼にも、自分の誕生日を伝えた覚えはなかった。が、隊長である二宮や、情報通の犬飼が自身のプロフィールを資料として認識していることは、なんとなく想定の範囲内だった。でもだからと言って、わざわざ辻に自身の誕生日を告げる機会もその必要性も、氷見には特に感じていなかった。けれど目の前の辻を見ていれば、その選択は間違っていたんだろうと思う。
「えっと、辻くん……」
ごめん、と言おうとした瞬間、背後のドアが開いた。
「お前たち、何をしているんだ……さっさと奥に入れ」
「二宮さん、お疲れ様でーす」
「「お疲れ様です」」
二宮の一言で、入り口の前に立っていた三人は散り散りに部屋の奥へと入る。しゃがみ込んだままの部下に、二宮は小さく溜息を吐いた。
「……辻」
そう声を掛ければ、呼ばれた辻はよろよろと立ち上がる。
「二宮さん、お疲れ様です……」
「……何をしているんだ、すぐに会議を始めるぞ」
「……はい」
メンバーの中で、いつもと少し違う空気が流れつつも、二宮隊の任務が始まった。
*
この日は防衛任務のみ。規定時間の見回りを終え、交代後は二宮が予約している焼肉屋に向かう予定だ。予約の時間は、任務での万が一のイレギュラー対応や店への道中かかる時間を加味して、終業一時間半後と余裕がある設定だ。
幸いにも防衛任務はつつがなく終了し、皆それぞれか換装を解き荷物をまとめているその時。
「お疲れ様でした! また後で!」
そう言って、誰よりも早く支度を終えた辻が、勢いよく作戦室から飛び出した。辻がいない作戦室に、届かない「お疲れ様」の労いの声が小さくこだまする。氷見はその後ろ姿を、じっと見ていた。
「…………あの、犬飼先輩」
「ん〜?」
「辻くん……なんか怒ってましたよね……?」
氷見の言葉に、犬飼は笑って「いや〜、怒ってるというより……」と、すでに見えない後輩に視線を送った。それから溜息を一つ吐き、口を緩める。
「ううん……まぁ、ひゃみちゃんが気にすることじゃないよ」
「えぇ、そうですか?」
「うん、多分後一時間後には、ケロッとしてるでしょ」
どこか無責任な犬飼の言葉に、そうかなぁ? と氷見は顔を顰めた。
辻くんは、誕生日を伝えなかったことを怒っているのだ。氷見はそう思っていた。けれど、何故辻がそんなに怒るのかは、よく分からない。誕生日を伝えるなんて――まるで、祝って欲しいと言っているみたいじゃないか。その気恥ずかしさに、氷見は少し唇を尖らせた。
*
作戦室を飛び出した辻は、一目散と繁華街に向かっていた。誕生日といえば、お祝い――誕生日プレゼント。辻の頭の中は、それでいっぱいだった。
犬飼からは紙袋を、鳩原からはケーキを、そして二宮からは、これから焼肉を。氷見はチームメイトみんなに、お祝いされている。自分にとっても氷見は大切なチームメイトで、祝うべき対象だ。――否、祝うべきではなく、祝いたいと思った。
辻は焼肉までのこの一時間半で、氷見にプレゼントを買わねばと決意し、作戦室を飛び出したのだ。
けれど街に着いてから、女子向けのプレゼントを買うハードルの高さに気付かされる。女子が多い店内に入り、高確率で女性の店員から会計をしなければいけないのだ。店に入る前から敗北である。第一、女子にプレゼントなんて買ったことがない。何を買えば良いか検討も付かず、店内を物色して決めることもままならなかった。
そんな中、時間は刻一刻と過ぎていく。参考までに、犬飼に何を買ったか聞いておけば良かったとスマホを開いたが、皆一緒にいるであろう姿が目に浮かんでやめた。
……どうしよう。追い詰められた辻は、当てもなくふらりとコンビニに立ち寄った。女子の好きなもの。甘いもの、かわいいもの、キャラクターもの。そんな漠然としたイメージを抱えながら、見慣れたコンビニの棚を眺める。と、普段目に留めていなかったコーナーに気付いた。
そこはコンビニで期間限定で売られているらしい、国民的キャラクターのグッズが並んでいた。かわいい、キャラクターもの。辻が思う、女子の好きなものの三分のニに合致する。商品の内容を見て、二つ手に取りレジへと向かった。
*
辻以外のメンバーは、店の前で彼を待っていた。息を切らした辻が駆けつけたのは、予約時間ギリギリのことだった。
「すみっ、ません……お待たせ、しました……」
それに対し二宮が頷き、「行くぞ」とメンバーを店内へと促す。慌てて辻が声を上げた。
「あっ……ひゃみさん」
呼び止められた氷見が振り返り、辻を見上げる。やはり、顔は少し険しい。
「何? 辻くん」
「えっと……」
少し気不味い空気が流れていると、二人が止まっていることに気付いた二宮も振り返り、声を掛けた。
「お前たち?」
「あっ! 良いから良いから。二宮さん、行きましょう。ほら、鳩原ちゃんも」
「いや辻と氷見が……」
「二人はすぐ来ますから〜」
犬飼がグイグイと二宮の背中を押し、鳩原が苦笑いを浮かべながらこちらに手を振って去っていった。
少しきょとんとした後、辻と氷見は改めて向かい合う。
「えっと……」
「はい……」
怒られるのかな? と氷見は思った。ここはやはり、先に謝らないと。そう思って口を開こうとした瞬間、勢いよくガサっと音を立てて、見覚えのある袋が氷見の前に差し出された。コンビニの、レジ袋だ。
「……え?」
袋から顔を上げれば、目の前の辻が恥ずかしそうに顔を赤くしている。目が合えばすぐ逸らされてしまったけれど、それを自分に渡そうとしていることもすぐに分かった。
「誕生日……おめでとう、ございます……」
ボソボソと、けれど確かに辻はそう言った。氷見は少しポカンとしながら、袋を受け取る。
「あり……がとう」
レジ袋を覗けば、中にピンク色の何かが見えた。プレゼントなんだろうと理解する。
「……見ても良い?」
「どうぞ……」
辻は相変わらずゴニョゴニョしているけれど、言葉は聞き取れたので氷見は遠慮なくレジ袋から中身を取り出した。
「…………これは……」
見かけないデザインの、国民的子猫のキャラクターの巾着と、リップクリーム。
「ごめん、俺……ひゃみさんが誕生日なこと知らなくて……プレゼント用意しようと思ったけど、その……色々あって、結局コンビニでしか買えなくて……」
そう言った辻は、申し訳なさそうに眉を下げていた。その時ようやく、あの顔は怒っていたのではなく、申し訳なく思っていた姿なんだと分かった。
「いやそんな、気にしないで。私が辻くんに言ってなかったわけだし」
「だからって、俺以外のみんなはちゃんとお祝いしてるのに……」
そう言って、しょげてしまっている辻を見て、氷見は自然と、「ごめんね」と口にしていた。その言葉に、辻は顔を上げる。
「いや、ひゃみさんが謝ることじゃないよ。でも……」
そこまで言って、辻は口を噤む。自分だけ知らなかったことを、少し寂しいと思ってしまった。それを言葉にすることは、出来ないけれど。
「いや……なんか誕生日を言ったらさ、祝って欲しいみたいで。恥ずかしいでしょ?」
「なんで!? 祝いたいよ……!」
少しやさぐれるように氷見が言えば、辻はそれを強く否定した。氷見は驚いて目を丸くする。
「俺はひゃみさんを……祝いたいって思ったよ! 大事な、仲間なんだから」
あまりに真剣な顔で辻が言うものだから、氷見は自分が悪い事をしたようで、また「ごめん」と言いそうになる。けれど彼が求めているものは、それとはきっと違うのだ。
「…………辻くん。……ありがとう」
プレゼントの巾着とリップクリームを持ちながら、氷見は笑ってそう言った。
正直、氷見が自分で選ぶことのないタイプのデザインだ。可愛すぎて、きっと自分には似合わないと思う。でも、それでも。
「それ、巾着の中にカイロが入ってて……ひゃみさん、寒がりだった気がするから……」
辻が一生懸命選んでくれたものだから、今の氷見にとっては、何よりも嬉しかった。
「うん、ありがとう。……大事にするね」
氷見がそう言えば、辻は安心したように笑う。
自分では選ばない、可愛すぎるキャラクターもの。それを見るたびに、きっと目の前の彼を思い出すんだろう。そんなことを氷見は思って、大事にそれをカバンにしまった。
「ねぇ辻くん、辻くんの誕生日も教えてよ」
「え、俺? 俺は八月十六日……て、あ、だけど、祝ってほしいと言うわけじゃ……」
ワタワタとし始めた辻に氷見は笑って言う。
「なんで? 私だって、祝いたいよ」
頑張ってくれた、君みたいに。