「九郎先生、僕のこと好き?」
北村さんは、定期的に私に問う。数えたわけではないが、私の顔を見ずに言うことが多い。
「はい、とても」
「ふふっ。よかったー」
べたついたものを洗い流した私たちは、前後で並んで、浴槽に浸かっていた。
ちゃぱり。北村さんが脚を小さく畳み、背を丸めた。入浴剤で、青色に染まった水面が揺れる。海外製のものに特有の、刺激性のある香り。私は何とはなしに、彼の浮き出た背骨を人差し指でなぞった。
「あの、北村さん。よろしければ、その質問をされる理由を聞かせていただけますか?」
しばし待ったが、反応がない。言いたくないことだったのやもしれない。
「お嫌でしたら、構いません」
私が付け足すと、北村さんは、隠すほどのことじゃないしねーと独り言のように言った。彼が伸ばした脚が、私のものと触れ合う。
「昔、仲が良かった子と喧嘩別れしちゃったことがあってねー。その時に、僕の思ったことをそのまま言うところが、前から嫌いだったって言われちゃってさー。その子は、それまで我慢していたみたいで。九郎先生とこういう仲になってから、思ったことをそのまま伝えることも次第に増えてきて、九郎先生は今どう思ってるんだろうと気になったんだー」
彼は、さらりと言い終えた。
試されている、と私は思った。北村さんに試されている。子猫や子犬が他のものに甘噛みをして、加減を覚えるのと似ている。ただ、彼には好奇心のみならず、諦めとか恐れとかが含まれている気がした。件の質問は、返答の些細なニュアンスで、私の内にある、彼の印象を描き出そうとしているのだ。
いつもそっぽを向いて聞くのは、私の本心を知りたいが、私が傷ついていないか、私に嫌われていないかどうか不安だから……だろうか。
「……以前にもお話ししましたが、私は北村さんのそういったところに感心していますし、そういったところに惹かれました。ああ勿論、北村さんの素晴らしい点は、他にもたくさんありますよ」
私は、彼の肩を撫ぜた。
「思ったことや感じたことを真っ直ぐに伝えていただけるのは、貴方に信頼されていると感じられて、私は嬉しく思っております」
「そっかー」
身体を重ねることで、相手のすべてが分かるわけではない。愛情は痛いほど感じるが、逆に言えば、それ以外は何も伝わらないし伝えられない。少なくとも、私にとってはそうだ。だから、大事なことはきちんと言葉にしなくては。
ちゃぷちゃぷ。北村さんが私に深くもたれかかった。そして甘えた顔で私を見上げた。
そう言えば、この瞳を向けられることも段々と増えてきた。
「キス、しますか?」
「うん」
ちゅぱ。行為後の、味がしないキス。
「上がろうかー」
唇は離れ、彼は言った。
「ええ」
私は頷いた。