季語シリーズ⑩ 入梅 ざあざあ降りの大雨が続くと思っていたら、ついに昨日梅雨入りしたらしい。
事務所へ行くまでの道も例外なく土砂降りで、到着するまでに少し濡れてしまった。風もあって横降りの雨だったから、傘だけでは防ぎきれなかったのだ。
「おはようございますー。……って九郎先生もー?」
事務所のドアを開けると、同じように濡れた九郎先生がいた。タオルで着物の裾を拭いている。
「おはようございます。北村さんも濡れてしまいましたか」
「うんー。バケツをひっくり返したみたいだねー」
この悪天候を見越してか、玄関脇にはタオルが積まれていた。プロデューサーさんか賢くんが用意してくれたのだろうか。後でお礼を言わなければ、とタオルを一枚手に取る。
「たまの雨はいいものですが、これから毎日続くとなると憂鬱ですね」
「こればっかりは仕方ないよねー」
ぱたぱたとタオルを動かしていた九郎先生がはた、と止まった。
「どうしたのー?」
「実は先日、空色の帛紗を新調したんです。曇りがちな日々が続くと見越して。あいにく今日は持ってきていないのですが、今度お見せします」
「なんで、わざわざ僕にー?」
問えば、九郎先生はにこりと笑う。
「想楽と空。趣深いものがありますね」
何を言い出すのかと思ったら、まるで輝先生みたいな発案に僕は苦笑する。
「うーん、紙一重じゃないかなー?」
「掛詞という技法があったと思うのですが……」
「それはそうと、帛紗、楽しみにしてますー」
一足先に拭き終えて、先に事務所へ入った。中には案の定プロデューサーさんと賢くんがいて「ひどい雨だったでしょう」と他愛ないやり取りをしてから、ロッカーに自分の荷物をしまっている時、そう言えば九郎先生から初めて名前で呼ばれたなとふと思った。