I love youを何と訳すか双子を寝かしつけ縁側を覗くと、若がまだ一人月見酒をしていた。今宵は中秋の名月、一年で一番月が美しく見えるとされる日だ。きれいに晴れた空の下飲む酒はさぞ美味いのだろう。傍らに置かれた酒瓶はほぼ空になっている。
月明かりを浴び夜風に髪を遊ばれながら杯を煽るその姿はなんと絵になることか。
「月が綺麗ですね」
その言葉は月なんか見てもいないのについ口から零れ出た。墓まで持っていくと決めていたのに。しかし学問の苦手だった紅丸のことだ。大災害以前の文豪が、今はない国の言葉をなんて訳したかなど知りはしないだろう。
紅丸はこちらを一瞥すると杯に映った月を見つめる。暫くそうして考え込んだあと、一息で残りを煽り言った。
「俺ァは死んではやれねェぞ」
ひゅっと喉が嫌な音を立てる。まさか知っていた事も驚きだが、そんな返しで振られるとは。
「だからてめェも長生きしろよ、紺炉」
にぱにぱと酒を飲んだときの愉快顔で見上げられる。
「へい」
頭を下げると口角が上がる。それはまるで、隣りに居ることを赦されたかの様ではないか、浅草を護る新門紅丸のその隣に。
「あともう寝るだけだろ、付き合えよ」
「へい」
追加の酒と自分の杯を取りに行く足取りは軽い。長生きしなければ、墓に何を持っていくか等と考えている場合ではない。
そんな事を思う秋の夜長。