出合い一人の青年が砂漠の国の繁華街を歩いている。
黒い服と、黒い髪。その頭にはターバンの様に白い布が巻かれていて砂漠の強い風によってそれがたなびく。服装だけでも異国の存在であったが、さらに黒い細身の直刃の剣を腰にさしていた。
砂漠の街の住民とは雰囲気の違う存在に、通りすがる住人たちは珍しそうに振り返る。
その存在に気が付いた街の衛兵が1人近づく。
「怪しいやつだな。何処の国から来た?」
衛兵が青年に声をかける。
「……」
答えずに鋭い眼光を衛兵に向けた青年を訝しんで、周辺にいた他の衛兵も集まってくる。
「身分を証明できるものは持っているか?」
「その刀はどこで手に入れたものだ?」
衛兵が青年を取り囲み、剣を抜こうとした瞬間。
「まちなさーい!」
少し高めの少女の声が響く。
着物を着崩した様に肩を出したコートを着た少女がその中に飛び込んだ。
「こら!一人に多数でかかるの弱い者いじめです。良くないです!めっ!」
少女が人差し指を衛兵に向けてそう言い切ると、衛兵たちは慌てて言い返す。
「いえ、センシャ様。我々は不審な男がいたので声をかけただけです」
「我々は衛兵としての役割を果たしていただけで……」
少女一人に成人男性である衛兵たちがあたふたとする様子は滑稽であったが、この街では彼女の存在は当たり前らしい。近くで商店をやっている住民たちは事の成り行きを物珍しそうに眺めていたが、少女が来た瞬間に事件は無事に終わったんだなといわんばかりの顔をして、再び自分たちの作業へと戻っていった。
「んんー?本当ですか?」
センシャと呼ばれた少女は青年の顔を覗き込む。
「お兄さん。あなたの名前を教えてください?」
「……」
青年は言いよどんで目線を反らす。
「むむ?」
センシャは眉間に皺を寄せる。そして一つの仮説を言う。
「もしかして、記憶喪失とかだったりしますか?」
青年は驚いたように目を開く。
その反応を見てセンシャは自信の仮説が正解であると確信する。
「そうですか!そうですか!」
クイズに正解したように、また、これは自分に与えられた仕事だぞとプレゼントを受け取った子供のように、ぱあっと表情を明るくしてセンシャは勢いよく立ち上がる。
「大変!もしかしたら魔物による被害者なのかもしれません!」
くるりと少女は衛兵に振り向く。
「という事で、ここから先は聖者の仕事です!彼は私が保護します!衛兵さん達は元の仕事に戻ってください」
ぺこりと頭を下げると、センシャ様がそう判断されるならと静々と衛兵たちは解散していった。
★
「はい!どうぞ!美味しいですよ!」
露店で売られていたジュースを両手に持ち、片方を青年に差し出す。
「すっげえ助かった。あ、いや、ありがとうございます。センシャ様……?」
青年は年下らしき少女がどれくらいの権力があるのか分からず、また現状に戸惑いつつ、ジュースを受け取る。
「センシャで良いですよ。敬語なんていらないです!人を守るのが私の役割なので!」
センシャは青年の横に座り、顔を覗き込む。
「お兄さん、武器持っているって事はどこかの兵なのかなあ?私も色々な国を行き来しているけれど、黒髪に金色の目の住人って思い当たる国が無いなあ」
あの国かな、いや違うかもと考察を喋りはじめたセンシャに青年は驚く。
「俺の言った事、信じるのか?」
「はい!」
「そんな良い笑顔で……」
周囲の住民とは服装も髪色も違い、武装までしている人間をあっさりと信じる目の前の少女の素直さに驚く。
驚きを通り越して無防備さに呆れつつ、顔をまじまじと見つめてくるセンシャをこちらも見返す。
その視線に気が付き、センシャはぱっと立ち上がる。
「そうでした!色々と人の事を聞く前に自分の事を喋らないと失礼ですよね。名前はセンシャと言います!この世界には魔物が蔓延っていて、それを退治する偉い仕事をしています!」
「自分で偉いって言うんだな」
独特な高いテンションで話始めるセンシャに思わずツッコミを入れる。
「ええ、そうなんです!偉いんです」
センシャはベンチに靴を脱いで立ち上がり、話を続ける。
「魔物を完全に退治できる技術を持つ人は世界で5人しかおらず、その人達の役職を『聖者』って言います」
ジュースをこぼさないように持ちながらクルリと廻る。
「何と私はその5人の中の1人、センシャ様なのです!」
じゃじゃーん。
自由の女神のようにジュースを掲げながら、満面の笑みで青年に挨拶をした。
「なるほど?」
座り直してご機嫌でジュースを飲む少女に、青年は可愛いなあと聞き流しながら自分もジュースを飲み始めた。