らくがきフレイムグレースの宿は広い。
聖火の都であるから訪れる旅人も自然と多く、彼らのためにそれなりの設備を整えているのかもしれない。
見知らぬ他人と部屋を共有する大部屋が二階にあり、三階には一人部屋と二人部屋がそれぞれ六つずつある。この日は雪崩や吹雪も少なく、ちょうど大人数の旅団が宿を出たばかりとのことで、部屋は選び放題だった。
八人で旅をするうちに互いに馴染むとはいえ、一人だけの部屋というのはやはり落ち着く。みな、そういった思いがあるのか、ほとんどが一人部屋を選択した。
「サイラスさんとテリオンさんは……どうされますか?」
教会に部屋のあるオフィーリアは、宿を取る理由がない。なので残る一つの部屋をどちらが使うかという話になったわけだが──正直なところ、サイラスはどちらでも良かった。
「テリオン。もしゆったりくつろぎたいというのなら、キミに譲るが……」
「女将さん!部屋空いてる!?」
言いかけた矢先、新たな旅人が雪を被って入ってくる。
「開いてるよ。今こちらのお客さんに部屋を選んでもらってるから、少しお待ち」
「おっけー!私一人だからどこでもいいよ」
「……なら、残る一部屋はそいつにやる」
二人部屋だ、とテリオンが女将に告げ、旅人と女将はその配慮に喜び声を上げる。サイラスは曖昧に頷いて、オフィーリアに「そういうことで、決まったよ」と肩をすくめた。
宿というと、サイラスは自分が寝ぼけて誤ってテリオンのベッドに潜り込んでしまったことを思い出してしまう。あれから仲間たちの勘違いが始まり、何かとテリオンと組まされることが増え、それまで見えなかった彼の一面を垣間見ることがあった。
会話は気楽であるし、彼は頭の回転も早い。トレサにはいつも喋っている、と言われるほどにはなにかと話しかけてしまっているらしく、サイラスもそれを自覚し始めていた。
なにより、あの日はよく眠れた。この年にもなるとなかなか疲れが取れないこともある分、熟睡と疲労回復は多少なりとも魅力的に思われる。
であるから、この日、サイラスは少しだけ提案してみようかと考えていた。同じベッドで寝ないかと。
なに、サイラスとテリオンは同性であるし、そう警戒する要素もない。共に寝るくらいならば、野営でいくらでもしている。変に思われることはないだろう。……変に思う内容は思い至らないが。
そんなのんきな考えを抱きながら夜の食事を終え、仲間たちが一人、また一人と宿へ戻った後、サイラスも宿へ戻った。テリオンはアーフェンとオルベリクと飲み明かすようで、ベッドは二つとも空いている。
少し残念なのは、今夜がとても冷えるからだろう。又の機会を狙おうとローブとベストを脱ぎ、靴の窮屈さから足を解放したところで、静かに部屋の扉が開いた。
テリオンだ。
「おや、戻ってきたのか」
彼は乱暴にストールと上衣を投げ、サイラスの腰掛けるベッドへやってくる。
「寝るぞ」
「え?」
ぼすっと覆い被さるように押し倒される。自分の思考でも覗かれたのかと混乱している間にシーツと毛布を上に掛けられ、なんてことない顔でテリオンも横たわった。
「……テリオン?」
「……」
間もなく微かな寝息が立ち始めて、口を噤む。眠ったらしい。
今度は彼が間違えたようだ。
「……ふふ。それでは寒いだろう」
同じベッドに潜り込んできても遠慮するのか、背中まで覆われていない毛布を気にして彼の首下に腕を差し入れ、抱き寄せる。上半身だけでもあたたかくしておけば、風邪は引くまい。
シーツと毛布をテリオンの方に引っ張り上げ、腕を離す。自分は仰向けになって、横目にもう一度テリオンを見た。
思わぬ幸運に見舞われたものだ。
「今夜は寒いからね」
誰かの温もりを、これほど喜ばしいと思う日はない。シーツの内側の熱に満足して、目蓋を閉ざした。