うまく言えない愛し愛されるという体験を知らないわけではない。ただ、世間の言う男女の愛はおろか、サイラスは恋愛や性愛の類にはとんと疎く、そうだと言われて初めて気付くことが多かった。
「すまないが、︱︱」
断りの文句を口にすると時に女性は気を荒立て手を出してくることもあった。
こちらにその気はないのだ。そういった関係に至るには積み重ねが必要なはずで、勝手にこちらの意図も確認せず、思い込む方がおかしい。相手を卑下するでもなく事実を訴えたが、なかなか頷く者はいなかった。
「耳に聞こえのいいことばかり言うからよ」
プリムロゼもそのうちの一人だ。女心とはね、と続けてくどくどとありがたい講釈を垂れた彼女は、一通り話終えると満足した顔で酒を飲むべくして席を離れた。
「……酒がぬるい」
「私たちも飲み直そうか」
巻き込まれた者同士、妙な連帯感が生まれたか、サイラスの提案にテリオンは素直に肯いた。
カウンター端が空いたのをいいことに、並んで腰を下ろす。運ばれてきた酒をどちらからともなく無言で交わした。
「結局のところ、話す相手との相性といったところだったね」
「まだ続けるのか、その話」
「おや、では何を話そうか」
サイラスはテリオンに話の主導権を委ねて酒を飲んだ。
彼がサイラスの長話をよく思っていないことは十分理解している。彼が話をしたがらないのであれば、そのまま席を立って仲間の元へ向かえば良い。
「……あんたな」
テリオンが呆れたようにため息をついたので、すまない、と苦笑を浮かべた。
「構わないよ、行ってくれ」
「別に、行くとは言ってないだろ」
困らせているな、とテリオンの反応を見て思う。
「じゃあ、キミの好みそうな話をしよう。酒の話だ」
だからこうして、彼に近しい話題を取り上げて、そのために調べた知識を披露する。
︱︱いつからかそんな風に、テリオンの機嫌を意識することが増えていた。
彼の好意を疑っているわけではない。どちらかといえば、信じているからこそ、自分自身に対して後ろめたさを感じ始めたというのが正しい。
精神的な不調は疲労やストレスを要因とすることが多い。野営が多い旅だ。自分の身体がついていかなくなってきているのだろうと冷静に現状を分析するほど、自分の身体に意識が向くようになってしまい、ふと思ってしまったのだ。
果たしてこのまま、テリオンと付き合い続けることができるのだろうか、と。
サイラスにはするべきことが決まっており、テリオンと結ばれることがなければこういったこととは無縁に生き、死んだに違いない。だが、テリオンは違う。彼はまだ若く、今のサイラスと同じ歳になるまでに沢山の人と出会い、多くの出来事を経験するだろう。女性に甘く、同性とも卒なく絡むから、きっと彼の周りには人が集まる。その中で、サイラスが選ばれ続けるとは限らない。
この感情には見覚えがあった。サイラスも何度か向けられたことがある︱︱その時、自分は全く相手に対してそのような愛を抱いてはいなかったけれど。
「そろそろ帰るけど、先生たちはどうする?」
「もうこの時間か。宿に戻ろうか」
アーフェンに肩を叩かれ、話を切り上げる。あっという間にテリオンは仲間の輪に入り、サイラスの隣から離れる。
部屋は同室だったが、戻ると、彼はすぐにベッドに寝転がった。
「飲みすぎた……」
「水を取ってくるよ。よく寝るといい」
「ああ……」
話を聞いてばかりであったから、飲むしかなかったのだろう。申し訳ない事をしたと思い、詫びも兼ねて井戸の水を汲みに向かった。水筒代わりの革袋を小棚の上に置いて、自分もベッドへ横たわる。小さな寝息に微笑みながら、瞼を落とす。
(キスの一つでも、したかったな)