ヒトって碌でもないねスマートフォンだった。
砂に塗れて、画面が割れた小さめのスマートフォン。
ここはカコ区画の小さな砂浜で、区画内のある程度は把握しているレオンでもそれを見るのは初めてだった。
「ん?なにコレ。機械……だよな。
はぁーあ。こんなんミライ区画に決まってんだろ……汽車にでも放り投げるか?」
スマートフォンをつまみ上げて裏表とひっくり返した後、レオンはつまらなさそうに辺りを見渡して汽車を探す。
その時、そのスマートフォンから控えめな声が発せられた。
「あの……」
「うおっ、あぁ、喋れるタイプ?どうも。
お前さん、どう考えてもミライ区画の人でしょ?オジサンが知らないモノだもん」
「あの、ごめんなさい……。
私、区画とかよく分からないんですけど……旧型のiPhoneなので」
「あー、自分を古いもんだと思ってるタイプ。
ココのこと、あんまりよく分かってないんだ?」
「はい……あの、やっぱり私って捨てられたのでしょうか?」
「まあ、そう……とも言い切れないかもね」
レオンは一瞬考えた後、手にしていた無機物にニコリと笑いかけた。
「落としちゃっただけかも。
ほら、お前さんってば小さいでしょ?
ここに来る前のことは覚えてる?」
友好的な笑みを浮かべるレオンに、スマートフォンは少しだけ安心して自分の生涯を振り返ってみた。
ちょっとだけ抜けている主人に普通に使われていて、携帯ショップから引き取られた後そこに戻った記憶はない。
スマートフォンを捨てるゴミ箱なども存在していなかったはずなので、やはり捨てられたのではなく落としてしまって、なにか間違いがあってここに流れ着いてしまったのかもしれない。
一度そういう気分になればそれが正な気がしてきた。
「うんうん、やっぱそうだよね。
よし、オジサンが元の世界に返してあげるよ」
「えっ……!そんなことできるんですか?」
「オジサンもここ結構長いからね。
トビラってのがあってさ、そこから元の世界に戻れるよ」
そうと決まればと、レオンはスマートフォンの砂をパッパッと払って大事そうに持ち直した。
もう一度辺りを見渡して砂浜を歩き出す。
「オジサンはレオン。まあ、オジサンって呼んでくれていいよ。
お前さんは名前あんの?」
「よろしくお願いします!
私はカナコのiPhoneって名前です。
システム名ですけど……」
「カナコちゃんね。まあ、短い間だけどよろしく」
歩いている間に二個はたくさんの話をした。
主に内容はそのスマートフォンのことで、スマートフォンとは何かというところから持ち主のカナコのこと、元いた世界のこと、レオンが質問をしてカナコが返し話を広げるといったものだった。
「へぇ、電話なんだ。
電話なら知ってるよ、こんなに小型化したんだな」
「はい!電話以外も色んなことができますよ!」
「そりゃ手放したくないよな、ハハァ」
「カナコはちょっと貧乏で……だから型が古くても私を使ってたんだと思います」
「ふーん、じゃあそのカナコのためにも帰らなきゃね」
「はい!」
レオンはカナコを明るく肯定し、耳触りのいい言葉をかけ続けた。
カナコはすっかりレオンに懐き、レオンのしらなさそうなことをたくさん話した。
それもレオンはニコニコと聞き続けた。
「ハハァ、いや、お前さんと話すと話題が尽きないねぇ。
とはいえ、着いたよ」
レオンが足を止める。
そこはだだっ広い空間に海が広がっているだけだった。
カナコは困惑して声をかける。
「あの、トビラ?があるんですよね?」
「ああ、ここにはないんだ」
尚も人当たりのいい表情のレオンが続ける。
「ほら、下に線路があるだろ?
ここから汽車に乗ってな、まぁ……イマ区画かな?そこからトビラを探すんだよ。
お前さんの時代の近くの区画からトビラに入った方が確実に元の世界に戻れるだろ?」
「なるほど!わざわざありがとうございます」
確かによく見ると水に浸った線路が見えた。
この世界のことをよく知らないカナコはレオンの言葉に納得して大人しくなった。
汽車は気まぐれだから止まるかは分からないけど止まらなかったらもう一周待とうね、と声をかけられてそういうものかと思う。
そのうち、遠くから汽笛が聞こえてきた。
「ああ、アレだ。
よかったな、すぐ来て」
汽車は煙を吐きながらぐんぐん近づいてくる。
「レオンさん、本当にありがとうございます……!」
ぐんぐん。
「あぁ、オジサンでいいって。
まぁ、これも俺のためってね」
ぐんぐん。
「……?
これ、止まりますかね……?」
ぐんぐん。
「止まらねぇよ」
瞬間。
カナコは空に放り投げられた。
視界がぐるぐる回り、黒い鉄の塊がやけにゆっくりと迫ってくるのが見える。
それなのに、あ、と思った瞬間には全身に激痛が走った。
自分のではないような赤色が目の前いっぱいに広がる。
「あ?あぁ、寸前で人化したのか。
いやぁ、珍しいモン見たわ、ハハァ」
赤色をいっぱいに浴びたレオンはからからと笑う。
カナコはレオンのそばの浅瀬にばしゃんと崩れ落ちた。
さっきまでなかったはずの手足がある、のにいくつかがない。
さっきまでなかったはずの痛みがある。
さっきまでなかったはずの血が流れている。
自分がどうなっているかも分からず、カナコはレオンを見上げた。
「ど、どう、して」
「……ハハァ」
レオンは顔を酷く歪ませ嘲るような顔を見せた。
「オジサン、優しいからさぁ。
大っ嫌いな未来のモノが、大っ嫌いな中途半端な希望なんか持っちゃって可哀想だからさぁ。
だから殺してあげる。
まぁ、人化しちゃったのは気の毒だねぇ。痛いでしょ」
「も、元の世界に、戻れるって」
「お前も大概お気楽だね。
オジサンが言ったこと、教えたこと。
あれぜーんぶ嘘。でまかせ。
お前は捨てられたの。あちらのカナコさんだってもうお前のことなんか忘れて新しい相棒と暮らしてるよ」
手をひらひらとさせながらくだらなさそうに笑うレオン。
カナコはこの男への恐怖、怒りと絶望で頭がおかしくなってしまいそうだった。
ふと、レオンが足元の何かを見やる。
「ん?これって……」
「あ……!!」
初めてカナコと会ったときと同じようにレオンはそれをつまみ上げる。
それは小さな記録媒体のカードだった。
「あ……ダメ、ダメ……!それは……!」
この世界のことを何も知らなかったカナコでも分かったこと。
それが潰されたら自分の何もかもが消えてしまう。
もう感覚もない手を必死に伸ばしてそれを取り返そうとする、が、手はレオンの靴に僅かに触れるだけだった。
「ハハァ、これが核。
馬鹿なお前さんにも分かっちゃった?
本当にオジサンってば優しいねぇ。
じゃ、ほら」
レオンがぽいとカードを足元に投げ捨てる。
カナコは死にものぐるいでそれを掴み取り、ほっとした途端。
「バイバイ」
レオンが思い切り足を振り下ろし、カナコの小さな拳ごとカードを踏み潰した。
めきめきと骨の砕ける音と、パキパキとカードの砕ける音が重なる。
カナコはもうモノですらなくなった。
「うぇ、っていうかこれ落ちんのかな……
あーあ、やっぱヒトって碌でもねぇなぁ……」
レオンはぶつぶつと独り言を溢す。
既に未来の機械にも、砂浜の小さな山にも、もう興味はなかった。