百日詣「あら、霊幻さん」
お母さんの言葉にぱっと振り返る。
「え、師匠?来てくれたんですね」
「影山さん、お久しぶりです……モブ、いい結果だったみたいだな。おめでとう」
今日は、高校受験の合格発表の日だった。
「ありがとうございます」
掲示板に、自分の受験番号を見つけるまでは緊張でずっとお腹が痛かったけど、合格した、と分かると、案外あっけないものだな、なんて思った。というか、一緒に来てくれた律が僕より喜んで大泣きしはじめたから、なだめるほうに気を取られて、それどころじゃなくなってしまったのかもしれない。
「あ、師匠、見てください。師匠がくれたお守り……律も、あの後同じやつくれたんですよ。ほら」
僕はカバンに2つ付いた、学業成就のお守りを見せた。
「……ああ、ほんとだ。たくさん持ってると神様が喧嘩するなんて言うが、同じところのならべつに問題ないのか?」
そういえば、律からお守りを受け取ったときに今みたいな報告をしたら、すごく微妙な顔をしていたな。神様が喧嘩するというのははじめて聞いたけど、それを心配したのだろうか。
でも、どうせだからどっちもカバンに付けておきなよ、と言ってくれたのも律だった。
お母さんは師匠と少し話してから、お父さんにも電話しとくわね、と言って、先に駐車場へ戻っていった。
「……今日、これから皆で兄さんのお祝いをするんです。霊幻さんも来ませんか」
「えっ?……いや、俺はいいよ。家族水入らずで祝うんだろ?」
さっきまでずっとうつむいて僕の後ろに隠れていたのに、まだ目の赤い律が、突然そんなことを言いだすから驚いた。たぶん師匠も驚いただろう。
「この後仕事も入ってるし、そろそろ戻らないといけないんだ。……まあ、気持ちだけありがたく受け取っておくよ」
「モブ、受験終わったからってあんまりハメ外すなよ?じゃあな」
慌ただしい師匠を見送ってから、応援してもらったことに、もう少しちゃんとお礼を言うべきだったかもしれないな、と思った。
「依頼があったのか。師匠、忙しいのに来てくれたんだ」
「兄さん、あれはきっと嘘だよ」
……そうなのかな?さっきから律は少し変だ。
「律、どうしたの?師匠をその……お祝いに誘ったりして。僕、律は師匠のこと、その、さ……あんまり……」
どういう風に言えばいいか分からない。
「そのお守りね、買ったとき。僕、霊幻さんに会ったんだ」
律は、僕らも行こう、そう促してから話しだした。
あそこの神社、学業成就で有名でしょ?だから、兄さんにお守りをあげるつもりですか、って聞いたんだ。そしたら、いや、たまたま通りがかっただけだ、って言った。そのまま、ほんとに参拝だけして帰っていったから、そのときは信じたんだけど……兄さん、霊幻さんからもらったって、同じお守り持ってるんだもん。びっくりしちゃったよ。
ねえ兄さん。たぶんね、あの人……兄さんの受験が終わるまで、毎日お参りしてたんだよ。
律は話してる間ずっと、僕のほうを見なかった。
今日は仕事があると言って、帰ってしまった師匠。僕にお守りを買ってくれて、律が買いに行った日も、たまたまその神社にいた。
でも律はそれを嘘だと言う。僕は、律や師匠みたいに頭が良くないから、どれが本当のことなのか、誰を信じればいいのか、分からない。
俺はよく嘘をつく。
あのときの、師匠の言葉を思い出す。そして、僕の合格を神様にお願いするために、毎日毎日、隣町の神社まで通う師匠の姿を想像した。なんだか息が詰まりそうになる。嘘でも本当でも、どちらでも、嫌だな、と思った。