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    ultragochoju

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    ultragochoju

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    モブが旅人になる。

    イメソンは小沢健二氏の同タイトル曲です。
    https://m.youtube.com/watch?v=YR_2jMtBD6w

    ぼくらが旅に出る理由バックパックを預かってもらい、約10kgから解放されたモブが軽やかにこちらへ向かってくる。
    「ちゃんとチェックインできた?」
    「はい。時間、けっこう余裕でしたね」
    「こういうのは早めの行動が肝心だからな」
    成田発ローマ行きの便は、搭乗開始まであと2時間弱ある。俺の隣に腰掛けふう、と一息つくモブに、二人分買っておいた缶コーヒーの片方を手渡した。

    「はー、いよいよ出発かあ」
    「やっぱり、絶対なにか忘れ物してる気がします」
    「はは、あるある。でも何度も確認したし大丈夫だろ」
    「そうですね……最後まで手伝ってもらっちゃって、すみませんでした」
    昨晩は遅くまで荷造りをしていたから、二人とも寝不足気味だった。モブはコーヒーを啜りながらぼんやりと搭乗券を眺めている。
    「いーんだよ。これからしばらくは面倒も見てやれねえんだし」
    「やりがいがなくなっちゃいますね」
    「お前……言うようになったな」
    「でも実際そうでしょう。寂しい?」
    「うるせー」
    中身のないやりとりをぽつぽつとした後、会話がふと途切れてしまう。今日は覚悟して、来たつもりだった。それなのに鼓動はどうしようもなく早まって、一番したかった話を、切り出すことさえうまくできない。自分の靴を見つめながら、なんとか気を落ち着かせようとゆっくり息を吸って、吐いた。
    「……師匠?」
    こちらがせっかく逸らした目を、ちゃんと合わせようと顔を覗き込んでくる。ああ、そんな風に、お前に気を遣わせたいわけじゃないんだ。どこかの便の、搭乗手続きの開始を告げるアナウンスが遠くに聞こえる。何度目かも分からない覚悟をもう一度、決めた。
    「ああ、いや。あの、さ」
    「はい」
    「聞いてくれる?」
    「うん」
    早速、情けないくらいに声がうわずってしまった。思わず逃げ出したくなるが、モブの柔らかな相槌が、ギリギリのところで俺をこの場に留まらせてくれた。
    「聞かせてください」
    続きを促す優しい声に、ここまで気の利く奴だったかな、と思う。側で見ているつもりでも、知らない間に成長している。側で見ていられなくなったら、次会うときには、どんなに変わっているのだろうか。
    寂寥感を吹き飛ばすように、右手をショルダーバッグに突っ込む。目的のものを掴んで、ぶっきらぼうに自分たちの前へと差し出した。
    「あのな。帰ってくんの、待ってるから。向こうにいる間、これ……付けててほしい」
    芝居がかった仕草になるのは避けたくて、ライターのような扱い方でリングケースを開ける。恐る恐る覗いたモブの瞳が、わずかに開き、光を取り込む。
    「……」
    「……いや、あの……無理にとは「プロポーズですか!?」
    「えっ!?……いや!違っ……それはまたおいおいというかその……これはあくまでも虫除け的な意味でだなあ……」
    「なんだ違うのか」
    「いやいや違うこともないというか!それくらいの気持ちではあるけども!え、なに?プロポーズしてもよかったの?」
    なんだそのとんちんかんな質問は。心の中で自分にツッコミを入れた。
    「そ、そりゃそんなの……や、いいとか悪いとかじゃないですけど……」
    妙な話の流れに、二人して顔が真っ赤になる。悲しい別れの場面にならないよう気をつけていたが、ここまで決まらないのも想定外で、思わず吹き出してしまった。
    「ふ、はは……いやま、じゃあこれは仮予約ってことで。気軽に受け取ってくれよ」
    モブの左手薬指に、するりと安物のリングをはめる。くだらない枷を作っても、少し先の未来しか約束できない自分がかっこ悪くて、でも今はこれでいいんだと納得してもいる。
    「……嬉しいです」
    「どーだ、サイズぴったりだろ」
    「ほんとだ。……あはは、手、震える」
    そう笑うモブは声も少し震えていた。胸のあたりがきゅう、と締まるのを無視して、丸まった背中をバシバシと叩いた。
    「おい、泣くなよぉ!ホラ……もうそろそろ、行ったほうがいいんじゃないか?」
    「な、泣いてないっ、イテテ……もう。そうですね」
    二人揃って立ち上がる。どちらともなく腕を広げ、少しの間、力強く抱きしめあった。

    「師匠、じゃあ……あっ!僕も渡したいものがあったんだった」
    慌てた様子で、鞄から取り出した封筒のようなものを渡される。
    「えーなになに、手紙?」
    「へへ、はい……こんなに会えなくなることも、もうないでしょうし。恥ずかしいから後で読んでね」
    はにかむモブに、改めて可愛いなあ、と思う。
    「ん、わかった。ありがとな」
    「じゃあ今度こそ、また。向こう着いたら連絡しますね」
    「おー」

    モブは迷いなく保安検査場に向かって行く。そのまっすぐ伸びた背中が見えなくなる前に、こちらもその場を後にした。














    師匠へ

    前から話していたとおり、僕は旅人になります。しばらく会えなくなるから、師匠に日頃の感謝を伝えたいと思って手紙を書くことにしました。僕は作文がとても苦手で、読みにくいところもたくさんあると思いますが、許してください。
    師匠には、僕が旅人になりたいと言い出してから今日までに、たくさんのアドバイスをもらいました。お金の貯め方、持って行くもの、外国で気をつけることなど、いろいろ教えてくれてありがとうございます。ちゃんと忘れないように、スマホのメモに残しているので、向こうでも確認するようにしますね。でも、師匠が外国に行ったことがないというのにはびっくりしました。僕が質問したことにはなんでも答えてくれたから、てっきり行ったことがあるものと思い込んでいました。
    師匠にはしょっちゅう子ども扱いされますけど、出会った頃と比べたら、僕は大人になりました。最近になって、師匠が師匠らしくいるためにどれだけ努力しているかとか、そういうことがだんだん分かってくるようになりました。僕にくれたアドバイスも、元から知ってたわけじゃなくていろいろ調べてくれたんですよね?それって大変なことだし、そうしようと思う気持ちが、僕はすごく嬉しいなと思います。
    師匠、いつも僕のためにいろいろしてくれてありがとうございます。大好きとか、可愛いってたくさん言ってくれてありがとうございます。僕は恥ずかしくて、いつも生意気な態度を取ってしまうけど、ほんとはいつもすごく嬉しいって思ってます。僕も師匠みたいに、ちゃんと口に出して伝えたいけど、やっぱり照れてしまうから手紙で伝えます。師匠、大好きです。あと、僕もけっこう、師匠のこと可愛いって思ってます。師匠が僕の恋人になってくれて本当に良かったです。しばらく会えなくなるのはすごく寂しいです。でも自分で決めたことだし、師匠も応援してくれてるから、ちゃんと頑張りたいです。電話とかできるときはかけるから、僕のこと忘れないでくださいね。行く前に帰ったときの話をするのも気が早いけど、僕が帰ったときは、えらかったな、頑張ったなってたくさん頭を撫でてほしいです。それじゃあ師匠、お元気で。

    影山茂夫
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