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    社会人ジェイド✖️バーテンフロイド

    1「(……疲れた)」
     世の中の多くが毎週待ち望んでいるであろう週末の今日、久々に定時に帰れると準備していたら、
     先方のミスと後輩の泣きそうな声に負け、今日も定時退社は見送りに。
     
     一ヶ月ほど前に結婚した後輩を終電前には帰宅させ、折角の休みを仕事で潰してたまるかと業務を終わらせ職場を出れば、いくら賑やかな華金だとはいえ終電も過ぎれば辺りは閑散としていた。
     
     気晴らしにコンビニでお酒でも買って帰ろうと歩いてると、『BarMostro』と鈍く光る
    ネオンライトの看板が目に入った。
     
     たまには外で呑むのもいいかと木製の扉を開けると、上部に取り付けられた鈴がカランっと
    鳴り響いた。
    店内は奥のテーブル席にお客さんがチラホラといるものの、静かで落ち着いた雰囲気の店だった。

    「いらっしゃいませぇ」
     
     店内をぐるっと見渡していると、語尾を間延びさせた自分好みの少し低く甘い声が聞こえた。
    声の方への目を向ければ、自分とそっくりな見た目の首元をゆるっとさせたバーテン服を着た垂れ目の男性が立っていた。

    「カウンターでもいい?」
    「あ、はい」

     こちらへどうぞぉ、とカウンター席に案内され、椅子に腰掛けると男性は中へと入っていった。
     
     バーカウンターに立つ男性はあまり姿勢が正しいとは言えないが、こういう場所にあまり来ない僕からしてもすごく様になっており、所謂、格好いいというものだった。
     
     そんな姿に魅入っていたら何にする?と言う声が聞こえ、思わずえっ、と驚いてしまった。

    「特にないなら適当に作る? アルコールでいい?」
    「え、あ、はい。…あなたが作るんですか?」
    「そーだよぉ、今オレしかいねぇもん」

     男性は笑いながら応えると、ちょっと待っててぇと奥に入っていった。
     
     カウンターの上部に設置された橙色のライトが、睫毛にキラキラと光をあて男性の顔にうっすらと影を落とした。
    少し瞳を伏せたその姿は、ただグラスを取り出しただけなのに色気を感じさせ、捲り上げられたシャツの隙間から見える、白くきめ細かい両腕で行なわれる一つ一つの仕草が丁寧で美しく、
    ずっと見ていたくなる。
     
     おまたせしましたぁ、という間延びした声ともにコースターの上にコトンっと一杯のグラスが置かれた。

    「……モヒートですか?」
    「そ、嫌いだった?」

     否定すると男性はカウンターに右手で頬杖をつきながら、良かったぁと瞳を細めて笑った。

    「お兄さん疲れてそうだったから、
     甘くてスッキリする方がいいのかなぁって思って」
    「っ、」
    「あとねぇ、お兄さんの疲れも、
     炭酸の泡と一緒に無くなればいいなぁって」

     だから冷たいうちに呑んでみてよ、と微笑みながら、グラスを指差す男性の言葉に促され、ひとくち口に含んだ。
    すると、しつこすぎない甘さが広がると同時にミントとライムの香りと炭酸のすっきりした味わいがふんわりと口の中に広がり、凄く爽やかな気分になった。


    「……美味しい」
    「ほんと? 良かったぁ」
    「こんな美味しいモヒート初めて呑みました」
    「そんなに?
     ……ふふっ、お兄さんやっと笑ってくれたねぇ」

     そう言いながら、タレ目な目尻をさらに下げて笑うに男性に可愛さと愛しさを感じ、少しドキっと胸が高鳴った。

    「入ってきた時から、ずっと無表情なんだもん。
     おんなじ顔の人があんな無愛想でくるから、笑うの我慢したんだよ」

     こんな感じで入ってきたの、と指先で目を吊りあげムスッとした表情した。
    正直自覚がなかったから少し驚いていると、ふふっと笑う声が聞こえた。

    「きっと会社で色々あったんでしょ?
     気分いいから、オレでも良ければ愚痴でも聞いてあげるよぉ?」

     折角だし、もう一杯作ってあげると言いながら、男性は新しいグラスを取り出し、ゆっくりと注ぎこんだ。
     
     暫くすると、上部から青と黄色のグラデーションが綺麗にかかった二つのグラスがコースターの上にコトンっと置かれた。

    「どうして二つも?」
    「ん? あぁ、これ? もうお兄さんしかいないし、
     今日は店も閉めちゃうから、オレも呑もうと思って」

     カウンター側から店内へと出てきた男性は、無邪気に笑いながら僕の隣の椅子へと腰をかけ、自分の分のグラスを引き寄せると、そのまま口をつけた。
     男性の言葉通り、辺りを見渡せば入ってきた時はいた他の客も、いつの間にかいなくなっており、店内は僕と男性の二人のみとなっていた。

    「店じまいなら、僕も帰った方が……」
    「オレがもうちょっとお兄さんと話したいからいいの。
     あ、それとも明日、お仕事だった?」
    「それは大丈夫ですけど」
    「ほんと? そしたら、いいじゃん!
     味の保証はするから早く呑んでみて!」

     見た目もちょっとお兄さんぽいでしょ? と歯を少し覗かせ、表情をころころと変えながら話す男性に促され、グラスに口をつけた。
     レモンのさっぱりした味わいとグレープフルーツのほろ苦さが口に広がった。
    そこにグラスの縁に綺麗に飾られた塩分が程よいアクセントになっていた。

    「美味しいです」
    「良かったぁ。お兄さん、美味しそうに呑んでくれるから、
     オレも作ってて楽しくなっちゃうの」

     時間はまだあるからオレとお話しよ?と頬杖をつきながら、ニコリと微笑んだ。
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