瓶詰の在りし日 瓶詰めの飴を貰った。
形だけの窓から差し込む陽光が影を瓶の形に歪ませ、その中に水色の影をコロコロと落とす。鬼太郎は一粒だけ口に放り込み、机に頬を載せてそれを眺めていた。
何十年も昔、養父がまだサラリーマンとして働いていた頃。
毎朝行っちゃ嫌と駄々をこねる鬼太郎の為を思ってか休日出勤なるものと縁など無くなったと思っていたが、1度だけ水木が休日に家へ帰らなかった日があった。今思えば半ば無理やりねじ込まれた出張だったのだろう。あるいは遠方の顧客への別れの挨拶だったのか。
なんにせよ、水木は1度だけ連日家を空けた。
寝る時間を過ぎても水木は帰ってこない。ボォーン、ボォーン、という音を何度聞いたか。
段々不安になって泣いて泣いて、疲れてそのまま記憶が無いからきっと眠ってしまった。水木がいない夜などほとんどなかったし、なにより幼い鬼太郎なりに本能的な危機感というものをおぼえていたのかもしれない。
――見限られたのではないか、と。
漠然とした不安というものは1度顔を出せばジッと居座り続ける。
墓場で殺されそうになった時でさえこんなに悲しくなどなかったはずだ。何しろそんな情緒も育っていなければ水木という人間から与えられるものの一つだって知らなかったのだから。
結局水木は翌々日の深夜に帰宅した。
その間鬼太郎はと言えば起きて水木が居ないことを認知して泣き叫び疲れて眠るを繰り返していた。毎朝ぐずることを除けば鬼太郎は手のかからない子供であったものだから水木の母も疲れ果てていた最中の事だ。
目元に真っ黒な隈をこさえて、息もあがり整えていたであろう髪もぐちゃぐちゃにした水木は泣き続けていた鬼太郎をみるなり靴も放り投げそのまま飛びついて、「ごめんなぁ」「帰ってきたぞぉきたろぉ」と頬擦りして糸が切れたように動かなくなってしまった。寝たとも言える。
鬼太郎はと言えば枯れるほど泣いていたのがピタリと泣き止み――というよりも最早フリーズしていたと言っていいだろう――そのままやはり疲れたのか揃いも揃って着のままちゃぶ台の横で寝てしまったというのが事の顛末である。
そして翌日、おみやげだ、と言って渡されたのがその瓶に入った飴達であった。
後々、疲労困憊の水木が土産という土産を買っている余裕がなかったため急遽駅で買った物だったと知らされて少しだけ拍子抜けしたのをぼんやりと覚えている。だが鬼太郎にとって、水木が鬼太郎を想って買ったという事実が。
「相変わらず甘いなァ」