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    ふみこ

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    ふみこ

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    一トド
    伝奇松のはじたか(紫坂一×桃瀬百々史)

    #一松
    ichimatsu
    #トド松
    #一トド
    stellersSeaLion
    #伝奇松
    #はじたか

    雪と古本のにおいカーテンを開けようとした手が、止まった。
    「どうしたの?」
    その手をぼんやりと眺めていた一が、訊く。カーテンを握ったまま、弾かれたように百々史が振り向いた。一とぱちりと目が合う。一はベッドの上で、毛布にぐるぐるにくるまっている。眠そうな双眸と、ぴょこっと元気なくせっ毛が、かろうじて出ているだけだ。重力に逆らっていたくせ毛が、へたっと毛布にくっついた。それを見て、クスッと笑いつつ百々史は、
    「ちょっとこっち来て」
    小さく手招きをした。しかし、一は眉間にシワを寄せて
    「えー、寒い……」
    「いいから!」
    百々史が語気を強めて言うと、掴んでいた分厚い遮光カーテンも一緒に揺れた。窓の外から白い光の破片がキラリと一の顔を照らす。
    「はいはい……」
    のっそりと一は、ベッドから名残惜しそうに這い出た。が、毛布はまるで魔法使いのローブのように頭からすっぽりと被ったままだ。猫背の丸みに沿うように毛布が当たって、そこだけチクチクとくすぐったい。畳の上を裸足のつま先立ちで、ペタペタとやって来る。ズルズルとその後を毛布がついていく。途中に昨日脱いで畳んだシャツやセーター、ジーンズがある。それらを跨(また)ぎ越して、百々史のすぐ後ろまで近づいた。冷たい畳の上を歩いたせいで、少しは眠気が遠ざかる。
    一がゆっくりとくるのを百々史は辛抱強く待ち構えていて、やっと近くに来たと口の端が嬉しそうにきゅっと上がる。
    「見てみてー」
    百々史がシャーッと勢い良くカーテンを開いた。冬なのに眩しくて、一は思わず目をぎゅっとつむった。
    がこっ!と百々史が窓の鍵を回して、片側の窓を開けた。ヒュー……と冷たい空気がなだれこむ。毛布から飛び出ていたくせっ毛がふるるっと震えた。
    「わっ!さぶっ!」
    一は震えながら、やっと眩しさに慣れた目を開けた。
    ――白い花びらが降っている……かと思った。
    それは、大きな牡丹雪だ。しんしんと風に流されずに舞い落ちている……。
    外は明るいので、天気が良いのかと思ったが、白灰色の空だ。空の遠近感がわからなくて、近いようにも見える。
    喫茶ニューヨークのニ階から、見える一番遠くの景色は双児獄の頂上だが、今は霞んで中腹しか見えない。それから視線を下へ、手前へと順に移動すると、村の家々や休耕中の畑は、すっぽりと白い雪に覆われていた。
    「え、一晩で……こんな?」
    一は白い空と白い村とを驚いたように目を見張って何度も見る。隣の家の屋根の上は、もしかしたら数十センチはありそうだ。雪はしんしんとマイペースに降って、さらに高く積もっていく。ニ階の窓の窓の手すりの僅かな上にも、白い蛇のような山を作っている。その山の上に降ろうとする雪を、百々史が片手をお椀のようにしてかざした。白い花びらがふわりと乗る……が百々史の体温で、すっ……と儚くとけた。
    「すごいね、今年の初雪だよ。窓を開けるときに、雪のにおいするなって思ったんだよね」
    ニコニコと楽しそうに手の上に降る雪を眺めていた視線を、ついと一へ向ける。
    「一さんは、雪のにおいって分かる?」
    「雪のにおい……?」
    一は初めて聞く言葉を反芻(すう)してみた。しかしわからなかったので、首を左右に振る。何かの歌詞か本の題名だったかで聞いたことがあるような……それくらいの馴染みのないよそよそしい言葉だ。
    「そっかぁ……ちょっとツンってするにおいなんだけど……わかんない、かな?」
    あ、伝わらないかも…ともどかしそうに、ちょっぴり唇を突きだして、言い添えてくれた。一には、ただの冷たい空気に、においがあるように思えなかった。むずっと胸の奥で歯がゆい思いがわく。
    おんなじように感じれたらいいのに、と。
    百々史の手のひらにまた別の雪片が乗って、じわりと水になって消える。
    「ちっさい時にお父さんに、これが雪のにおいだよんって教えてもらってさ」
    たったそれだけなのに、急に百々史との間に、隔絶する壁を感じた。兄弟なのに百々史と感覚を共感できない。
    育った環境のせいもある。幼少期から一は都会の、コンクリートに覆われた灰色の街で、父と過ごすところは、大学の研究室か家の書斎だった。知識を重ねた古い紙と墨の甘い匂いと、カビと埃の混ざった匂い。それらの匂いを思い出すことは、容易(たやす)いのだが……。
    一は鼻を上に向けて、すんっと吸い込む。めげずに鼻先に神経を集中さて、無臭の冷たい空気から雪のにおいを探す。目を閉じて眉間にシワを作りながら、
    「今も雪のにおいするの?」
    「ううん、今はもうボクにもわかんないや。一瞬なんだよね~雪のにおいって分かるの。……切なくなるような?胸の奥までつめたーいって感じのにおい……かな?」
    百々史が雪で濡れた手を合わせて、ハァーッと息を吹きかけて擦る。指先がほんのりさくらんぼ色になっている。
    一は諦めずにすんすんと鼻を蠢(うごめ)かし、においを感じろうとして……
    窓から入り込む寒さが、毛布を被っているのに足元から這い上がってきたせいか。
    ――ぐしゅんっ!
    急にくしゃみが出た。鼻を動かし過ぎたのだろう。ゴシゴシと鼻の先端をこすった。
    ふと、かすかに懐かしいような匂いを感じた。
    香ばしくて甘くて……。
    「わっ!?大丈夫?」
    百々史が、心配そうに眉をさげた。
    んー、大丈夫……でも寒いと言いながら、一は窓を閉めた。
    シャッ!とカーテンを閉めると、部屋が薄暗くなる。百々史の指先を握ると、予想より冷たい。指先を暖めるように包む。
    「もっかい、あったかいベッドに入ろ」
    「………だめだよ」
    百々史の頬が、少し赤くなった。これは血の巡りが良くなって。
    しかし、百々史は壁掛けの時計を見て、一の手からやんわりと逃げた。
    「もうすぐ、開店準備しなきゃ。モーニングのお客さんが……」
    「工場は冬季閉鎖でしょ。常連さんも雪かきで、きっとまだ誰も来ないよ」
    一はそういうと、肩にかかっている毛布の端を掴んで広げると、百々史と一緒にくるまった。よたよたっと転びそうになりながら、ベッドまで移動する。すでにぐしゃぐしゃに乱れたシーツの上で、ごろりと倒れ込んだ。
    下になった百々史は、くすぐったそうに笑いながら言う。
    「なに?一さん、やめてよぉ」
    すんすんと、一が百々史のサラサラの髪の匂いを嗅いでいる。それからうなじと、パジャマの首元へ……。
    「ねぇ~?急になに~」
    「……百々史って、古本のにおいだ」
    百々史の胸元から顔を上げた一の額に、ふわりとくせっ毛が垂れかかる。瞳は何か新しいものを見つけたような喜びで、輝いている。断絶したと思った壁がガラガラと壊れる。
    一方、そう言われた百々史は、いい気分にならなかったらしく、むぅっと頬を膨らました。
    「……は?かび臭いってこと?」
    「違うって。古い本は、コーヒーみたいな匂いと甘い匂いがするの。……知らない?」

    終わり。
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