日常掌編!新田明朗と新田明音ちゃん(ライカさんPC)の会話落書き。
ただいま、という声がして、明音は元気に玄関の方を振り返ると、軽やかな足取りで駆け出していった。伸ばした髪が走る明音の動きにあわせてしゃらしゃらとなびく。
今日、明音の双子の兄・明朗が、久々に家に帰ってくるのだ。彼は山を愛する彼は、山小屋バイトや登山で数週間家に帰ってこないことがしばしばあり、今回もアメリカにあるデナリ山頂を目指す登山隊に参加しており、一ヶ月ほど家を空けていたのだ。
「メイ、おかえり!」
明音が玄関にたどり着くと、明朗がその背中を覆う大きさの登山リュックを下ろすところだった。出発時に持っていったスーツケースは、荷物として送ったから明日届く、と言っていたのだったか。雲より高い場所を歩いてきたせいか、夏もそろそろ終わるというのに彼の顔は家を出るときより少し日に焼けていた。しかし一ヶ月ぶりに見る彼の姿は、それ以外に変わったところはなかった。怪我の連絡は受けてなかったとはいえ、実際に無事な姿の明朗に心の底から安心する。その気持ちを明音が、ニカッと明かりがつくような笑顔に変換すると表情の乏しかった明朗の顔に僅かな変化が生じた。
「ただいま」
そう言って明朗が安堵を微笑として口元だけに薄くにじませる。しかしそれはすぐに消え去り、あとには申し訳なさそうな表情だけが残った。
「どうしたの……?」
不安げな声で明音が尋ねると、明朗は手に下げていたコンビニのロゴが入った白いビニール袋を胸のあたりの高さにかかげた。
「お土産、全部スーツケースの中に入れちゃって――手ぶらじゃ悪いなと思って、アイス買ってきたんだけど、雨降ってきて寒くなったね……」
しょんぼりとした声音で言いながら、彼の視線が外の方へと向けられる。サアサアと細い雨の音がたしかに聞こえてくる。いつの間に降り出したのだろう。たしかに、家のなかは夕方とは言え、昨日に比べると過ごしやすい気温ではあった。
明音はひょいと裸足のまま玄関に降りて明朗の後ろのドアを開けた。雨の音がよりクリアに聞こえ、涼しい風が明音の頬や肩、くるぶしを撫でていった。これは、夏よりも秋の似合う風だ。明音は静かにドアを閉めると、僅かに肩を落とす明朗が持っているビニール袋を奪った。
「別にアイスは暑いときにしか食べられないってわけじゃないし! って、ハーゲンダッツじゃん! これ新しいやつ? 食べたかったんだよね〜!」
明音がビニール袋を覗き込むと、そこにはハーゲンダッツが今、この家にいる人数分入っていた。そのなかには明音が気になっていた新発売の味も含まれており、思わず嬉々とした声を明音は発した。
「ありがとう、メイ!」
ひまわりのような顔全体をほころばせる明るい笑顔で、明音が礼を言う。明朗はぱちりとまばたきをしてその笑顔を受け止めると、うん、と小さく頷いた。それから、再び安堵としての微笑を浮かべた。今度は些細なものではなく、心からの安堵として、誰の目にも明らかな微笑としての、それであったが。
「冷凍庫に入れなきゃ。お母さん、メイ、帰ってきたよ〜」
裸足の足音をぱたぱたと鳴らして、明音がリビングの方へと廊下を駆けていく。その背中を見ながら、明朗は家に帰ってきたのだとワンテンポ遅れた実感をじわじわと胸の内に感じていた。その実感によって体の力がほどよく抜けていく。靴を脱ぎながら、ああそうか自分は明音たち家族のもとに――帰ってきたのだなと再確認する。
「ただいま」
もう一度彼はくり返し、家族の待つリビングへと向かっていった。