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    nktu_pdu

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    買い物する新田明朗と海老沢安国氏です。(思い出として小泉光も出る)

    日常断章(新海老と小泉ちょっと) 二人分の食料品が詰まったカゴをレジ横のスペースに置いて、すぐ隣に立っている海老沢をその場に残し、さっさと離れる。海老沢は店員がカゴの中の商品を手に取り素早くバーコードを読み取らせていく様子を、品のいい僅かな笑みを浮かべて眺めていた。海老沢は生きている時間の大半を、きちんとした――つまりは人に好印象を与える――表情で過ごしている。眠っているときも穏やかで、他愛のない話をしているときも大抵、微笑を浮かべている。朗らかで、接しやすい。彼と言葉を交わす機会がなくても、彼が送っている日常を二、三時間ほど見せれば、海老沢安国という男がいかに優しくて真面目な人間であるか理解することができるだろう。
     そんなことを考えながら、海老沢が会計を済ませるのを自分は待っていた。

     二人が住むマンションから一番近くにあるこのスーパーは、一年ほど前にセルフレジを導入した。バーコードの読み取りは従来どおり店員が行うが、最後の会計作業だけを近くに設置されたセルフレジを利用するタイプだ。
     一番近くにあるスーパーだ。当然、平均すれば週一回の間隔で買い物に行く。
     それで。
     何となく――何となくだけれど、自分がセルフレジで会計しようとすると、エラーが他の人より多い気がする。自分がレジを壊すような動作をしたわけではないのだが、調子が悪い機体に当たったり、レシートが切れたり、すんなりと会計できないときが時々ある。セルフレジってエラーあるよね、と話すと、他の人間からは「そうか?」と真顔で返されるので、おそらく他の人たちはエラーにほとんど当たらないのだろう。
     そういう話をハヤシライスを食べながら海老沢にすると、海老沢は真面目な顔で「たしかに俺はエラーに当たったことがほとんどないですね」と返事をし、半分ほど残ったハヤシライスを見つめて少し考えた後に、「じゃあ二人で買い物に行くときは、俺が会計しましょうか」と提案した。
     そうだね、と自分が頷くと、海老沢は端正な顔立ちにぴったりとハマる微笑を浮かべて、ハヤシライスを再び食べ始めた。
     それから、海老沢は宣言通り、二人で買い物に来たときは率先して会計をしてくれる。その間自分はさっさとセルフレジのそばを通り過ぎて、袋詰めのため設置されたカウンターのそばで、エコバッグを広げながらぼんやりしている。情けない――のだと思うが、手際よく会計を済ませる海老沢をぼんやり眺めているのが好きだということを自覚しているので、やっぱり自分が会計しよう、なんて結論には至らない。

     海老沢がエラーなく無事に会計を終えて、食料品が詰められたカゴを自分の方へと持ってくる。海老沢は百六十センチの身長と整った顔の印象が相まって優男らしく見えるが、じつは毎日筋トレを欠かさず、自分よりも力がある。だからそれなりに重さのあるカゴも、至って普通にカウンターまで運べるのだ。
     準備していたマイバッグ二枚のうち一枚を海老沢に渡してから、カゴの横に置いて、重いものから順に詰めていく。海老沢も食料品をバッグのなかに放り込んでいく。
     そうして並んで袋詰めをしているうちにふと、昔のことを思い出した。
    「あ」
     ふわりと風が吹き抜けたように舞い上がって脳を駆け抜けた記憶の光景に思わず声をあげると、海老沢は「何か買い忘れましたか?」とこちらを見て首を傾げた。
    「いや……ちょっと思い出したことがあって。大したことじゃないんだけど」
     空になったカゴを持ち上げて、生花のそばにあるカゴ置き場へ戻す。海老沢は黙ってこちらを見ていた。続きを待っているらしい。スーパーの出口に向かって歩き出しながら、今駆け抜けた光景のことを考える。
    「大学のときに、サークルの関係で、よく買い出しに行ったなあって」
    「登山サークルだったんですよね」
    「うん、山岳部。部、だからサークルっていうより、部活なのかな」
     自分が登山の楽しさを知ったのは、山岳部に入ってからだ。勉強もそれなりにしていたが、山岳部の人間と過ごした時間は、自分の大学生活のなかでかなりの割合を占めるだろう。
    「同期の小泉って奴とよく買い出しに行ったんだけど、そいつとさっきみたいに、並んで袋にいろいろ入れてたなあって思い出して」
     小泉光は、自分が山岳部の仲間たちのなかでも特に仲良くしていた男だった。同期ということもあるが、しっかりしていて、我ながら鈍臭いところのある自分にも真面目に接してくれる人間だった。
    「小泉にさ、『お前は会計が遅いからそっちで待ってろ』って言われて、やっぱりレジから離れて、待ってたなっていうのを思い出して」
     あのときも自分は、小泉が手際よく会計を済ませるのを、眺めていた。勿論セルフレジはなく、店員と直接金銭をやり取りしていた。レジ袋にお金はかからなかったから、一番大きいサイズを少し多めにもらって、余った分は部室の飲み会の際にごみ袋として使っていた、なんていう余計なことも思い出しながら、マンションまで帰る道すがら、海老沢に語る。海老沢は嬉しそうにこちらの話を聞いていた。自分の話なんて大して面白くないだろうに、優しいな、と思った。
    「小泉もいい奴なんだ。海老沢くんとはちょっと違うんだけど……。話し方は、そんな優しくなかったしなぁ」
     小泉とは今も連絡を取れる仲ではあるが、さすがに大学時代のときの親密さは失われていた。しかし、小泉もずっと登山を続けている人間だ。彼はストイックに、己が登る山を見定め、そのために努力し続けていた。そういう真面目さを、自分は好ましく思う。
    「ああ、コイズミって、小泉光さんですか? 知ってますよ。会ったこともあります」
     そうか、長野の大学って話していたかもしれませんね、と海老沢が納得した様子で頷く。
    「うん。そうだよ、小泉光」
     海老沢の口から彼のフルネームが出たことに、なぜか嬉しくなって、自然と微笑が浮かんだ。小泉は今、どうしているだろう。彼のことだから、きっと次の登山計画に向けて、真面目に動いているのだろう。もうあのときのように一緒に買い物をして、並んで袋詰めすることはないかもしれないが、また一緒に山に登りたいと、純粋な欲望が心に湧いた。


    (小泉が大学を卒業する頃から自分にあまり話しかけなくなっていたのをわかっていたけれど、そういうことをすべて知らなかったことにして、ただ純粋に。彼と話したいと思った。)
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