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    nktu_pdu

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    nktu_pdu

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    大学三年くらい、先輩×新田(新泉前提)。
    甘えてくるかわいい新田を書きたかった。
    ※名前だけ、ライカさんのところの小泉光をお借りしてます

     その映画は俺にとってひどくつまらないものだった。好きな女優が主演だからという理由で借りてきた映画であったが、安っぽい恋愛観が当たり障りのないストーリーに乗せられて語られるだけの内容で、なんというか、知人の惚気話をファミレスで永遠と聞かせられている気分になった。俺は開始三十分も経たずにその映画に飽きていた。現在お付き合い中の「彼女」と観ていれば映画の中の恋愛と比較して自分たちの愛を語ることもできるだろうが、隣で一緒に映画を見ているのは、同じ山岳部の後輩だった。
     彼はすでに飽きている俺よりは熱心に映画を鑑賞していたが、その真剣さは義務的な空気を含んでおり、恋愛映画の鑑賞時に相応しいものでなかった。彼もこの映画のつまらなさをわかっていて、それでもなお、作品として語れる部分を探そうと躍起になっているのだろう。「先輩が選んだ映画なのだからちゃんと見ないと」という生真面目すぎるその姿勢に、俺は逆に加虐心をくすぐられて、彼へと手を伸ばした。テレビからの明るい光で照らされる横顔に触れ、鍵状に曲げた人差し指の背で撫でる。彼はさすがにテレビ画面から目をそらして、戸惑いの生じた瞳でこちらを見上げた。俺はにこりと笑って、ペットを愛玩するように彼の頬を数度撫でた。すると彼は俺の指に応えて、指の背だけでなく手の甲にも触れるよう、擦り寄ってきた。彼は普段、積極的に他人とコミュニケーションを取る人間ではなかったが、俺が触れるとそれなりに反応してくれた。
     ふと、好きな女優の声が聞こえて流れっぱなしの映画を見ると、テレビ画面のなかでは、高校時代からの十年ごしの片思いが実ろうとしていた。主役を演じる女優が、イケメンとカテゴライズされている俳優にずっと好きだったと胸の内を吐露している。緊張と感情の重みで少し上ずった声音が甘酸っぱいものを呼び起こさせる。俺が再びテレビ画面に視線を移した様子につられて、彼もまた前を向いた。しかし彼は、先程までの熱心さを取り戻すことはなく、ぼんやりと、電車の外に流れる景色を意味もなく眺めるように、好きだなんだとやりとりされるシーンを眺めていた。
    「お前、好きな人とかいないの」
     左の頬から左耳へと手を移動させ、指先で耳の輪郭をなぞりながら俺は言った。彼はなすがままになっていた。くすぐったいのか、僅かに撫でられている方の肩だけがあがる。
    「……恋愛対象ってことですか?」
    「まあ、そう言い換えることもできるかな」
     彼は俺からの問いに、先程まで映画に向けていた真剣な表情に戻って、しばらく沈黙していた。俺からの問いに答えなければいけないという義務だけで思考を巡らせていた。その時点ですでに、「いない」と答えているも同じだと思ったが、俺はそれを口にすることなく、彼の答えを待っていた。
     一分ほど黙っていただろうか、彼はテレビ画面に目を向けたまま、ゆっくりと口を開いた。
    「――よくわかりません」
     その答えは十分に予想できるものだったが、俺は密かにがっかりしていた。ありえないことだとわかっていたが、自分の名前が出ることを少しは期待していたのかもしれない。まあまあ気に入っている後輩が、愚かにも勘違いしていてくれないかと、どこかでわくわくしていたのかもしれない。自分の下卑た考えに呆れてため息をつくと、彼はそれを自分の返答が適切ではなかったせいだと勘違いしたらしく、ごめんなさい、と慌てて謝った。
    「違う違う。そうだよなあと思ってさ」
     俺は簡単に嘘をついた。
    「お前にとっては今、山登ったりする方が楽しいだろ」
    「……ああ、そう、ですね。だから何も思いつかないのかもしれない」
     俺の手は首筋あたりで動いていた。彼は気持ちよさそうに目を細めた。かわいいな、と思うが、その種類は恋愛ではなく、やはり小動物に感じるものであった。人に懐きにくい動物が、距離を縮めて触れられるようになったときに感じるものが近いだろう。
     だから。
    「でもお前、小泉ともやってるだろ」
     俺がそのことを知ったとき、うちでしか餌をもらっていないだろう野良猫が、他の家でも餌をもらっているとわかったときのような気分になった。
     多少声音が硬くなったのを感じて、彼が俺の真意を探ろうと見上げてくる。俺は彼の頭をわしゃわしゃと優しく撫でてやった。僅かに緊張していた彼の体から力が抜けるのがわかった。
    「好きだからやってんじゃないのか?」
     好きな人はいないという回答をすでに得ているのだから、この問いの答えも決まったようなものだったが、彼は俺の投げかけにきちんと思考をしていた。俺の声から、ごまかさないで答えた方がよいと感じたのだろう。おそらく考えれば考えるほど、彼の自我の歪さが明らかになるだけだというのに、俺は彼がそれに気づくことはないのを知っていた。少しずつ、俺の内部が冷えていく。残酷に。俺は彼が無防備に、彼自身の愚かさを差し出してくる瞬間を好んでいた。品のない感性だと思うが、それを周りに見せることなく、一人だけで楽しんでいるのだから、慎みはあると評してほしい。彼が考えている間も、俺は彼の頭を撫で回していた。
    「えっと……好きというのとは違う気がします。でも、なんだろう……気を許してしまうというか、小泉に対しては、寄りかかれてしまう気がして」
     彼は言葉を選びながら、ぽつぽつと語った。ぱちぱちとまばたきを繰り返し、整理しようと試みているようだったが、その試みはほとんど失敗に終わって、何度か口ごもっていた。
    「んー……、好き、とは、違いますけど、彼に触っていると安心する気がします」
     彼が他人から触れられることに関して、ほとんど抵抗がないのは知っていた。普通は急に触れられれば驚いて離れるだろうし、密着してくる人間を避けるだろうが、彼は驚きこそするが、ほぼゼロ距離にいる人間をどかそうとすることも、離れることもなかった。
     ただ、そのかわり、彼から触れてくることはほとんどない。
    「……先輩、変なこと言っても怒らないでくださいね?」
     彼が不安げに問いかけてくる。俺は大きくうなずいて、大丈夫だよ、と優しく言ってやった。それに安堵して彼は控えめな微笑を浮かべると、俺から目をそらして再度言葉を紡ぎ始めた。
    「自分は、小泉にすごく感謝してるんです。あいつがいて最初にいろいろ教えてくれたから、自分はいろんな山に登れるようになってきたし……でも、うまくそれを言葉で伝えられる気が、しなくて」
     そもそも小泉は、彼に対して感謝されることはしていないと考えているのだろう。困っている人間にアドバイスする、それを善意というよりは当然の常識として済ませてしまう人の好さが、小泉にはあった。しっかりした、大した人間だと思うが、小泉にあるものは優しさではなく現状に対する理解とよりベターな判断をこなせる理性だ。しかしそれは、彼には考えすら及ばないものなのだろう。彼は自分自身のことを誰よりも劣っていると考えている。だから、自分によくしてくれるということは、同情に起因する優しさがあるということなのだ。「わざわざ何かしてもらった」というのが彼にとっての認識なのだ。小泉は聡い人間だから、彼のその認識の偏りに気づいていることだろう。さすがに、その点には同情しているのかもしれない。しかし同時に苛立ってはいるだろう。俺はそんな風に思っていない、とぴしりと言い放つ小泉の姿が容易に思い浮かべられる。
    「だから小泉とやってるって?」
    「うーん……お礼のつもりでは、ない、です。……ただ、なんていうか、その、言葉だとわからないんですけど、触れた反応は、自分も小泉も変わらない……ので。ちゃんと、正しく、伝えられてる気がして……その、自分が満足する、んですね」
     小泉のためじゃないですね、これは自分のためですね、と彼は一人で納得した様子だった。
    「まあでも、いいんじゃね? 人間のやることなんて、大体自分のためだろ」
     俺が言ってやると、彼は「そうですね」とすんなり受け入れた。正直に言ってしまえば、このように返したのは彼を慮ってのことではない。嫉妬――に似た何かのためだ。正しくは嫉妬でないのだろうが、類似した何か。彼は誤っているだろう。しかしそれを正当化することで、彼はこれからも誤り続ける。そしてその先にある破滅を、俺は望んでいるのだ。
     映画はいつの間にかクライマックスが終わり、無事に結ばれた男女のカップルが、幸せそうな顔でデートしていた。彼はそれをひどくつまらなそうな顔で見ていたが、デートの風景にアウトドアショップが映ったのを見つけて、嬉しそうに店の名前を口にしていた。ああ、そうだ。俺たちは物語の登場人物ではない。彼が物語のなかで展開される恋愛模様より、自分の知っている店を見つけて声をあげるように。俺が善意に見せかけて彼が誤る方向へ背を押すように。
     俺たちはいつでも、物語の美しさなんてものは知らず、自分たちのことだけ考えている。
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