キミの話ばかり いまは昼休み。中庭で出張ベーカリーのパンを頬張りながら、ベンチの真ん中にグリム、両脇に監督生とフロイドが座り他愛ない話をしている。ころころと話題は移って、フロイドが「ジェイドがきのこが好きすぎて、きのこの話ばっかりする」と心底嫌そうな顔で話した後、それにグリムが続けて言った。
「そういや子分も寮に帰るとフロイドの話ばっかりするゾ!」
これに監督生が思い切りむせた。
「んんっ!? けほっ、ちょっとグリム!? そんなことないよ!?」
「なんだお前、自分で気付いてないのか? 昨日は『魔法史の合同授業が一緒で嬉しかった』とか、一昨日は『一度も先輩に会えなくて残念だった』とか、その前なんかは『食堂で見かけた先輩が美味しそうにご飯を食べてて可愛いかった』とか……。」
「待って、待って、待って!!」
グリムが挙げる台詞に思い当たる節しかなく、監督生は恥ずかしさから慌ててグリムの口を押さえた。が、頭上から「ふ〜〜ん?」と笑みを含んだ声が聞こえてきたので、恐る恐る上目で声の主を見る。案の定、フロイドがニヤニヤしながら監督生を見下ろしていた。
「小エビちゃん、そぉんなにオレが好きなんだ?」
フロイドの話ばかりしていたのは、つまりそういうことになるのだろうか? 実感がないため素直に「そうです」と肯定もできず、だからと言って「違います」と否定もできずに、監督生は顔を赤くしてただ口をパクパクとさせることしかできない。
「あはっ、小エビちゃんパクパクしてておもしれ〜。」
「そういうフロイドも、寮では監督生さんの話ばかりではありませんか。」
フロイドが笑っているところに現れたのはジェイドだ。偶然近くを通りかかり、面白そうな話が聞こえたので寄ってみたらしい。
「…あ? してねーし…?」
「おや、自分で気付いていないのですか? 昨日は『合同授業で小エビちゃんの隣の席になれなくてつまんなかった』、一昨日は『オレの知らねーヤツと小エビちゃんが楽しそうに話しててイライラした』、その前は『小エビちゃんと一緒にお昼食べたかったな〜』、もっと前は……。」
「あーあーあーもういいって! ジェイドうるさいあっち行って!」
指折り数えながら挙げていくジェイドを、きまりの悪さからフロイドが大声で遮り、しっしっと手を払う。
「おやおや、邪険にされてしまいましたか。……ああ! そうそう、監督生さんにお伝えしたいことがあったのを忘れていました。監督生さん、耳を貸していただけますか?」
ジェイドがニコッと笑い、腰を折って監督生に顔を近付ける。監督生は言われた通りにジェイドに耳を寄せたが、そこで囁かれたのは「少しの間このままでいてください」という不思議なお願いだった。監督生は頭に「?」を浮かべながらもこくりと頷く。
すると、フロイドが勢いよく立ち上がりあっという間に二人と距離を詰めた。
「ねえジェイド、そんなに小エビちゃんに顔近付ける必要あんの? てかそれオレに聞かせらんない話なわけ? 内緒話とかウゼーんだけど!」
フロイドは監督生とジェイドの間に割って入り、ジェイドを睨みながらその肩をぐいと押して監督生から遠ざける。ジェイドはこれに不快になるでもなく、むしろ楽しげに笑った。
「ふふ、誰かが近づくのを許さないほど、フロイドは監督生さんが好きなのですね。」
ジェイドが言い終わった瞬間、監督生とフロイドが同時に「えっ」と声をあげた。
「さて、そろそろ午後の授業が始まりますので僕はこれで。皆さんも遅れないように。」
「ふなっ!? 次の授業は飛行術なんだゾ、着替えがあるから早く行かねーと! じゃあなジェイド、フロイド!」
「ええ、飛行術の授業、頑張ってくださいね。」
そしてグリムはぴょんとベンチから降り、ジェイドは校舎に向かって歩き出す。監督生とフロイドは、状況が整理できず頭と心をふわふわさせたまま顔を見合わせた。
「じゃ、じゃあ、フロイド先輩、また…。」
「…ん、またね、小エビちゃん…。」
この時間が終わってしまったことに一抹の寂しさを覚えつつ、お互いに背を向けて次の授業へと向かいながら、監督生とフロイドはそれぞれ思う。
自分は、もしかして、本当にフロイド先輩のことが--?
あ〜そっか、オレ、小エビちゃんのこと--。
二人の恋が、いま始まった。