ずっと一緒に 今日は課題も宿題もなく学園長からの呼び出しもない、完璧な休日だ。この日、監督生とグリムとゴースト三人たちは、オンボロ寮住人水入らずでボードゲーム大会を開くことになっていた。ボードゲームはシュラウド兄弟のオススメをいくつか借りてきたから、楽しい大会になること間違いなしだ。
監督生とグリムは起床してうきうきしながら朝ごはんをすませた。その後すぐに監督生は洗濯に取り掛かり、グリムは食器を洗った後に談話室に急いで、ゴーストにまじってボードゲーム大会の用意を始める。
グリムたちは、たくさんのボードゲーム、イス、テーブル、お菓子や飲み物などを揃えて、外に洗濯物を干しに行った監督生をソワソワしながら待っていた。しかし、もう戻ってきてもいいくらいの時間が経ったのに監督生は姿を見せない。しびれを切らしたグリムは、「子分を連れてくる!」と言って玄関を飛び出していった。
寮の庭にある物干し場にグリムが駆け寄ると、すでに洗濯物はすべて干されて風に揺れていた、が、監督生の姿がない。グリムがまわりを見渡すと、物干し場のそばに立つ木の根元に座る監督生の姿が目に入った。早く遊びたいグリムはムッとして監督生に駆け寄る。
「なにしてんだ子分! 早く戻るんだ…ゾ…。」
グリムの声がしぼんだのは、監督生のひざにふわふわとしたものが丸まっていることに気付いたからだ。それは真っ白な野良猫だった。
「グリム! 呼びに来てくれたんだ? ごめんね、干し終えて戻ろうとしたらこの子が寄ってきたものだから…。起こすのもかわいそうだから自分はもう少しここにいるよ。グリムたちは先にゲームを始めてて?」
言いながら監督生は白猫の体を優しく撫でている。グリムは、いつも自分を撫でてくれたり抱き上げてくれたりするその手がいまはこの猫のものになってしまっていることがなんだか気に入らなくて、だからといって「その猫を撫でないで」とも言えず、ただその手をじっと見つめていた。
立ったまま動かないグリムを心配して何か言葉をかけようとした監督生だったが、開きかけた口は意思に反してくしゅん! とひとつくしゃみをした。グリムはそれにぴくりと反応したかと思うと身を翻して走り出す。グリムに先に戻っててと言ったのは自分だが、あっという間にその姿が見えなくなったことに監督生は寂しさを覚えた。
ところが、ほどなくして再びグリムが現れ、しかもその腕には監督生のカーディガンが抱えられていた。グリムは監督生に駆け寄りカーディガンをその肩にかけてから、監督生の脇にぴったりくっついて座り込み、
「子分に風邪をひかれたら困るからな!」
と言いながら体をぐいぐい押し付けた。グリムの行動に目を丸くした監督生だったが、グリムの柔らかい体から伝わってくる温かさに思わず笑みがこぼれる。
「ありがとう、親分。」
「……おう。」
それから五分ほどだろうか、白猫は監督生のひざから下りて伸びをし、機嫌良く尻尾を揺らしながら去っていった。
監督生とグリムは顔を見合わせて頷くと急いで談話室に戻り、ゴーストたちは息を切らした二人を「おかえり!」と笑顔で出迎える。
「みんな、待たせてごめん!」
「気にしてないから大丈夫だよ、監督生。さあ、みんな席に着いて。早速ボードゲーム大会を始めよう!」
こうして待ちに待ったボードゲーム大会は開かれた。シュラウド兄弟お墨付きのさまざまなボードゲームに、オンボロ寮住人たちは白熱し、悔しがり、笑い合う。美味しいお菓子と飲み物も興を添え、大会は大いに盛り上がったのだった。
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「優勝者は……グリムです!!」
「にゃっはー! オレ様が優勝なんだゾー!」
監督生による優勝者の発表にグリムは飛び跳ねて喜び、監督生とゴーストたちは大きな拍手を送る。監督生は言葉を続け、
「じゃあ、約束していた通り優勝者の願いを叶えないとね。さあグリム様、お望みをなんなりと。」
といたずらっぽく笑う。この大会の優勝者の賞品は、他の人に自分の願いをなんでも叶えてもらうことだった。
グリムは腕を組んでふんぞり返り「そうだな〜〜」と大げさに悩み始めたが、ふと今日一日のことが思い起こされる。
ボードゲーム大会にうきうきしながら朝食を食べたこと、ゴーストたちと気合いを入れて準備をしたこと、白猫にちょっとヤキモチを焼いたこと、洗濯かごを抱えた監督生と寮に駆け込んだこと、ボードゲームで騒ぎあったことーーこんな日々が続けばいいのに。
そして一つの願いが頭に浮かぶ。それは「オレ様と、ずっとずっとずーっと一緒にいろ!」という願いだった。だがグリムもわかっている、これは「願い」ではなく「わがまま」なのだと。これを口にしてしまったら、きっと監督生もゴーストも困ってしまうだろう……。
「グリム?」
「グリ坊、どうしたんだい?」
黙り込んでしまったグリムを心配して声をかけた監督生たちに、グリムは本当の願いを飲み込みニッと笑うと、元気よくこう言った。
「今日の夕飯は高級ツナ缶の豪華な料理にするんだゾ!!」
監督生とゴーストはグリムの急な大声に少し驚きつつも、ニッと笑って「承知しました、グリム様」とおどけてみせた。
「じゃあ、高級ツナ缶と、あと食材いろいろ買ってこなきゃ。ミステリーショップに行くけどグリムも来る?」
「行く行く! ついでにお菓子も買うんだゾ!」
「はいはいわかりました。ごめん、ゴーストのみんなは談話室の片付けをお願い!」
「うん、こっちは任せてゆっくり買い物しておいで〜。」
監督生は買い物の準備をしに談話室を出ていく。その足音が遠ざかってから、ゴーストたちはグリムの近くまで浮かんで行き、三人ともグリムの頭を優しく撫でたのだった。
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美味しい夕飯を堪能し、風呂に入り、眠る時間となった。監督生がベッドに入るとグリムもすぐに監督生の脇に潜りこみ、朝のときと同じように体をぴったりとくっつける。監督生はグリムに気付かれないようにふふっと笑った。
しばらくしてグリムの寝息が聞こえてくる。監督生は、グリムとは反対側の手を伸ばしてその体を優しく撫でながら、小さく小さく囁いた。
「自分もずっと一緒にいたいよ、グリム。」