恋愛相談 灯りをつけた机に向かい今日の授業の復習をしながら、さあ明日の休みは何をしようかなと考えていたところに、そばに置いていたスマートフォンから通知音が鳴った。どうやらマジカメにメッセージが届いたようだ。画面に表示された通知でそれがデュースからのものだと気付くと、監督生はスマートフォンをぱっと手に取りそのメッセージを開いた。
「急に悪い。監督生に相談したいことがあるから、明日オンボロ寮に行ってもいいか?」
監督生がトトッと指を動かし「もちろんいいよ。何時に来る?」と返信すれば、すぐにデュースからも「ありがとう。じゃあ、明日の午後一時に」と返信があった。了解を知らせるスタンプを送信してスマートフォンを机に置き、監督生は復習に戻る。だがその口元は、明日もデュースに会える嬉しさからわずかに緩んでいた。相談事がどんなことなのか、ちょっと気になるけれど…。
***
翌日の午後一時、約束通りオンボロ寮にやってきたデュースを監督生とグリムとゴースト達が一斉に出迎えた。いらっしゃい、と声をかけた監督生に続けてグリムが、
「相談があるらしいじゃねえか! この頼りになるグリム様がお前の話を聞いてやるんだゾ!」
と威勢よく右手を振り上げる。だがデュースは、
「……ごめんなグリム、これは監督生にしかできない相談なんだ。」
とすまなそうに眉を下げた。
デュースの真剣な様子に監督生も思わず気を引き締める。監督生は、文句を言うグリムをなだめながらデュースをゲストルームへ促し、自分は紅茶の用意をするために台所へ急いだ。
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テーブルにカップを二つ置いて、監督生はデュースの向かいのソファに座る。礼を言ってカップを手に取るデュースの動きがどことなくぎこちなくて、緊張していることが伝わってきた。
デュースが紅茶を一口飲み、ふっと息をついたときを見計らって監督生が声をかける。
「デュース、それで、相談って…?」
デュースはカップをテーブルに戻し、膝の上でぎゅっと両手を握った。
「実は……好きな女の子が、いるんだ。」
監督生はこの言葉に息を呑んだ。胸は針を刺されたようにチクチクと痛みだし、手からはすうっと温かさがなくなっていく。
「デュースに好きな人がいる」。それは、監督生の失恋を意味していたからだ。
「…そっか、恋愛相談ってことだね。確かに自分ならほかのみんなより頼りになるかも?
エースなんて茶化してきそうだし!」
わざと明るく振る舞うが、気を抜けば声が震えてしまいそうだ。監督生は急いでカップを手に取ってぐっと紅茶を飲み、動揺を喉の奥に押し込む。
「…もしかして、デュースはその子に告白したいってこと?」
監督生が尋ねると、デュースはこくりと頷いた。
「その子は可愛くて、頑張り屋で、何があってもへこたれなくて、他人思いで優しくて…。僕はいつも力をもらってる。それに、一緒にいると心が温かくなるんだ。」
デュースは右手を胸に当ててぎゅっと握り込む。
「…だからこそ誰からも好かれてて…。その子の周りには、ほら、カッコいい奴もいっぱいいるんだけど、もしかしたらいつかその中の誰かにとられてしまうかもしれない。そう考えたら、嫌で嫌で胸が苦しくて。でも、僕が想いを打ち明けたことで関係が崩れるかもしれないと思うとすごく…怖いんだ。」
胸元で握る手が服に深く皺を刻む。ああ、デュースはその子のことが本当に好きなんだなぁと悟り、監督生は自分の想いを心の奥深くにグッと閉じ込めてから、すぅっと息を吸い込んだ。
「デュースだっていつも真面目で、強くて、頼りになる、カッコいい男の子だよ! 相手の子も絶対にデュースのそういうたくさんの魅力に気付いてるはず。だから、デュースらしくまっすぐ気持ちを伝えたら、きっとその子に想いは届くよ。素敵な子なんでしょう、早く捕まえなきゃね!」
監督生の明るい励ましとほがらかな笑顔に、デュースは安心したようにふっと表情を緩める。
「そう、とても素敵な子なんだ。……監督生、相談に乗ってくれてありがとう、勇気が出た。今からその子に告白する。」
「うん、応援してるよ、頑張って。」
デュースがソファから腰を上げて歩き出す。その足音が一歩一歩部屋に響くにつれ、監督生の気は少しずつ沈んでいった。そして、頭の中でぼんやりと「デュースが行っちゃう。そういえば相手の子ってどこにいるんだろう。この島に住んでるのかな。それとも故郷の薔薇の王国の子かな。ううん、今はそれよりもデュースを見送らないと。立ち上がらなきゃ」と呟き、ゆるゆると顔を上げる。ところが、その目の端に自分の隣に座ろうとするデュースの姿が映った。まさかと思いながらそちらを向けば、そこには隣に腰掛け自分を見つめるデュースの姿が確かにあり、そして、デュースは監督生の両手をすくって自身の手の中に握った。
「監督生、聞いてくれ。僕は監督生のことが好きだ。だからどうか、僕のかっ…彼女になってください!」
驚きに目を見開く監督生の手を握ったまま、デュースは懸命に言葉を紡ぐ。
「マブに背中を押されないと告白できないような意気地なしですまない! こんなカッコ悪い僕だけど、頼む、少しでいいから考えてくれないか!」
一世一代の告白を終え、顔を真っ赤にしながら肩で息をするデュースをぽかんと見つめる監督生だったが、自分が何を言われたのかを飲み込んでくるとじわじわと顔に熱が集まり、デュースと同じように赤く染まっていく。
「じゃ、じゃあ、デュースの好きな子って…!?」
「監督生だ。」
デュースが顔を赤くしたまましっかりと頷く。思いもよらない出来事に、監督生の目にはみるみる涙がたまっていった。
「!? 監督生、どうしたんだ! あっ…そ、そうだよな、ただの友達に好きなんて言われても困るよな!?」
ごめん! と謝ろうとするデュースを、監督生が首を振って慌てて止める。
「待って、違うの! 私もデュースのことが好きで、でもまさかデュースの好きな人が自分だなんて全然思ってなから、びっくりして…!」
「そ、そうなのか! 嫌な気持ちにさせたわけじゃないんだな、よかった…。って、え? いま、僕のこと…?」
確かめるようにこちらをうかがうデュースに監督生は微笑み、その拍子にすうっと涙が頬を伝う。
「自分もデュースのことが好きだよ。だから、デュースの彼女にしてください。」
デュースはこの瞬間、顔をぱあっと輝かせ、握っていた手を離した代わりに勢いよく監督生を抱きしめた。
「〜〜やべえ、嬉しすぎて僕も泣きそうだ……!!」
声を震わすデュースにくすくすと笑いながら、監督生も腕を回してポンポンとデュースの背中を叩く。と、ここでふと監督生はあることを思い出した。
「ねえ、デュース。さっき好きな子のことを頑張り屋で優しい子…とかって話してくれたけど、まさかあれは…?」
監督生の疑問に、一旦体を離したデュースが自信満々に答える。
「もちろん監督生のことだ。」
これには監督生がとんでもないとばかりに首を振り、
「ほ、ほめすぎだよ! それに、誰かに取られるなんて……自分のことを女の子として見てくれてたのは、デュースだけなのに。」
と眉を寄せる。これにはデュースが呆れたように額に手を当て盛大にため息をつき、
「やっぱり男子たちの視線に気付いてなかったか…いや、むしろそれでよかったのかも…。」
と口の中でブツブツ呟く。デュースの言葉がよく聞こえず、監督生は「デュース?」と首を傾げた。
「…あのな、狼の中に放り込まれた一匹の羊みたいなものだぞ、監督生は。僕が今までどれだけ気を揉んだと思ってるんだ…。」
「ええっ、そんなこと…。あれっ? じゃあ、デュースも狼ってことなの?」
なぁんてね、とまったくデュースの言葉を信じていない様子で笑う監督生に、デュースの中で何かがプチッと切れた。
デュースは監督生の顎に右手を添えて上を向かせ、顔を近付けると、ごくごく軽くその唇に自分の唇を触れさせた。
「…………ほら、油断してるから狼に食べられただろ。」
デュースはプイッとそっぽを向き、恥じと照れが入り混じった掠れた声をなんとか絞り出す。一方、監督生はボンッと音が出るほど一気に顔を赤くし、「もう〜〜!」と声を上げながらデュースの胸にぐりぐりと額を押し当てた。
そんな監督生が愛しくてたまらなくなったデュースは、顔を綻ばせながらその体を優しく抱きしめたのだった。
***
ちなみにその日、デュースがいかにも幸せそうな気配を纏ってふわふわしながら寮室に帰ってきたので、エースは話を聞かずしてすべてを察したそうだ。