パーティ会場は、シャンデリアの光がきらめき、華やかな笑い声とグラスの音で満たされていた。ヴォルフガング・ミッターマイヤーは、ジークフリード・キルヒアイスに連れられてその場に足を踏み入れた瞬間、まるで別世界に迷い込んだような感覚に襲われた。スーツやドレスに身を包んだ人々が優雅に談笑し、作り物めいた空気が漂う中、彼の視線はある一点に吸い寄せられた。
オスカー・フォン・ロイエンタール。財閥の総帥として名を馳せる男は、息をのむような美貌の持ち主だった。黒にも見えるダークブラウンの長髪は、腰まで届くほど長く、白いリボンで一つに結ばれ、背中に流れる様はまるで夜の滝のようだった。長い睫毛はどんな美女も霞むほどに優雅で、青と黒の金銀妖瞳が鋭くも妖艶な光を放っていた。スーツに包まれた体つきは、華奢に見える顔立ちとは裏腹に、しっかりと鍛えられた男性的な輪郭を保ち、そのコントラストが彼を一層際立たせていた。
だが、ミッターマイヤーの心を捉えたのはその美しさだけではなかった。ロイエンタールの瞳に宿る冷たさ――氷のように透き通った視線は、すべてを見透かし、拒絶するかのようだった。なぜ、こんな美しい男がそんな冷めた目で世界を見つめるのだろう。ミッターマイヤーの胸が、理由もなくざわついた。彼は気づけば、会場の人波を縫うようにロイエンタールを見つめていた。
その視線に気づいたのか、ロイエンタールが一瞬こちらを振り返り、金銀妖瞳がミッターマイヤーを射抜いた。その瞬間、心臓が跳ねた。まるで自分が値踏みされているような、試されているような感覚に襲われた。
「どうかしたのですか、ミッターマイヤー?」キルヒアイスが肩を叩き、ミッターマイヤーは我に返った。「あ、いや…ただ、あの男が気になるなってだけだ」誤魔化すように笑ったが、ロイエンタールの姿は脳裏に焼き付いて離れなかった。なぜだか分からないが、あの瞳の奥に潜む何か――孤独か、痛みか、あるいはもっと深い何か――がミッターマイヤーの心を掴んで放さなかった。
数週間後、キルヒアイスから思いがけない依頼が舞い込んだ。ラインハルト・フォン・ミューゼルの小さな会社が、ロイエンタール財閥と取引を結びたいが、相手にされない可能性が高い。そのため、ミッターマイヤーにロイエンタールの会社に潜入してほしいという。「俺が隠し事や裏工作が苦手なのは知ってるだろう? そんなスパイみたいな真似ができるわけがない!」ミッターマイヤーは抗議したが、キルヒアイスの穏やかな笑顔に押し切られた。「大丈夫ですよ、ミッターマイヤー。貴方は裏工作などする必要ありません。貴方が貴方らしく振る舞えば、きっとロイエンタール総帥に近づけますから。ラインハルト様もそう考えてらっしゃいます。きっかけさえ掴めればいいのです」
渋々ながら、ミッターマイヤーはロイエンタール財閥の企業、ロイエンタール商事営業部に一般社員として入社した。ロイエンタール商事での日々は、ミッターマイヤーにとって意外なほど心地よかった。飾らない性格と明るさで、同僚たちからすぐに慕われた。営業成績も抜群で、彼の名前は社内で瞬く間に知れ渡った。だが、心のどこかでは、ロイエンタールのあの長い睫毛と冷たい金銀妖瞳がちらつき、任務の重圧と好奇心が交錯していた。ミッターマイヤーは自分でも驚くほど、ロイエンタールのことを考えていた。あの冷たい瞳の裏に何があるのか知りたい。いや、知らなければならない。そんな衝動が、彼を突き動かしていた。
ある日、ミッターマイヤーは総帥室に呼び出された。扉を開けると、そこにはロイエンタールがいた。ダークブラウンの長髪を白いリボンで結び、デスクに腰掛けた彼は、獲物を値踏みするような視線を向けてきた。長い睫毛が揺れるたび、まるで時間が止まるような錯覚に陥った。だが、その背後には、ロイエンタール財閥の総帥としての威厳が漂っていた。デスクの上には整然と並んだ書類、壁には複雑な市場分析のチャートが映し出されたモニター。彼の手元には、財閥の動向を一手に握るタブレットが置かれ、その指先が軽く触れるだけで、数十億の取引が動くことをミッターマイヤーは知っていた。ロイエンタールはただ美しいだけではない。彼は帝国を動かす頭脳であり、冷徹な戦略家だった。
「お前は一体、何を嗅ぎまわりたいんだ?」ロイエンタールの声は低く、どこか楽しげだったが、その金銀妖瞳は鋭くミッターマイヤーを射抜いていた。ミッターマイヤーは言葉を失った。まるで自分の心の奥底まで見透かされているようだった。「ラインハルト・フォン・ミューゼルの手駒だろう? 俺の会社で何を探している?」すべてを見透かされていた。ミッターマイヤーは冷や汗をかきながら正直に答えた。「…確かに、ラインハルト社長の依頼でここに来ました。取引の足がかりが欲しかっただけです。俺、隠し事とか下手で…すみませんでした。でもこの会社の不利になるようなことや規則に違反するようなことはしていません!」ロイエンタールは一瞬、長い睫毛を伏せて目を細めたが、すぐに小さく笑った。「確かにお前の成績はわが社に貢献しているし、情報漏洩なども判明していない」そして愉快そうに言った。「ふん、面白い男だ。隠し事が下手だと自覚しているのに、よくこんな任務を引き受けたな」
ロイエンタールの笑顔に、ミッターマイヤーの心は一瞬軽くなったが、同時に罪悪感が胸を締め付けた。自分は彼を騙している。それなのに、なぜロイエンタールはこんな穏やかな笑みを浮かべるのだろう。ミッターマイヤーは自分の任務と、ロイエンタールへの奇妙な惹かれに引き裂かれていた。
一方、ロイエンタールもまた、ミッターマイヤーに心を乱されていた。この男の純粋さ、裏表のない笑顔は、彼がこれまで出会った誰とも違っていた。財閥の総帥として、常に策略と打算に囲まれてきたロイエンタールにとって、ミッターマイヤーの存在は予想外の温かさだった。しかし、同時に彼は恐れていた。こんな純粋な男に、自分が触れていいのだろうか。過去の傷、親にすら疎まれた記憶が、彼の心に暗い影を落としていた。金銀妖瞳の奥で、感情が揺れ動いていた。
その日から、なぜかロイエンタールはミッターマイヤーを近くに置くようになった。会議に呼び、食事に誘い、時にはプライベートな話を交わした。ある夜、バーでグラスを傾けながら、ロイエンタールが呟いた。「お前といると、妙に気が楽だ」白いリボンで結ばれた長髪が、薄暗い照明の下で柔らかく揺れていた。「普段は皆、俺に何かを求め、利用しようとする。だが、お前は…ただそこにいる。それが心地良い」
ミッターマイヤーは胸が熱くなるのを感じた。だが、同時に罪悪感が彼を苛んだ。自分はロイエンタールを騙していたのだ。こんな純粋な言葉をかけられても、自分には応える資格がないのではないか。
ロイエンタールもまた、ミッターマイヤーに惹かれながら、葛藤していた。彼の飾らない笑顔、仲間を大切にする姿勢、真っ直ぐな態度、そして自分を総帥ではなくただの男として見る視線。それらは、ロイエンタールが感じたことのない温かさだった。しかし、彼は自分の過去を呪っていた。親にすら疎まれ、冷めた目でしか世界を見られなかった自分は、ミッターマイヤーのような温かい男に相応しくない。そう思い、想いを口にできずにいた。長い睫毛の奥の金銀妖瞳は、感情を隠すように静かに揺れていた。財閥の総帥として、常に完璧なコントロールを求められてきた彼にとって、ミッターマイヤーへの感情は制御不能な嵐だった。だが、その嵐に身を任せたいという衝動が、彼の心を揺さぶっていた。
転機はキルヒアイスによって訪れた。ある日、彼はミッターマイヤーを呼び出し、穏やかだが鋭い口調で言った。「ミッターマイヤー、ロイエンタール総帥と向き合うのをいつまで避けるつもりですか? 彼も貴方も、互いを想っているのに、なぜ一歩踏み出さないのですか?」ミッターマイヤーは驚き、狼狽して叫んだ。「ななななんでそれを!?」「見ていれば分かります」「いつどこで!?」「当然ロイエンタール商事社内です」いつの間にかキルヒアイスもロイエンタール商事に出入りしていると知ってミッターマイヤーは憤ったが、同時に焦った。まさか色々見られていたのか。
「お前っっっ!?」「そんなことよりどうするのですか?」ミッターマイヤーの焦りをよそに冷ややかに応えるキルヒアイスに、ミッターマイヤーは言葉に詰まった。「でも、俺は…彼を騙してたんだ。こんな俺じゃ、信用されるわけないだろう」沈んだ面持ちのミッターマイヤーを見て、キルヒアイスは穏やかに微笑みながら言った。「それは彼が決めることです。話してみたらいかがです? 貴方が思ってるより、彼はきちんと貴方を見ていますよ」
その夜、ミッターマイヤーは意を決してロイエンタールのマンションを訪れた。ドアを開けたロイエンタールは、いつもより無防備な表情で、白いリボンで結ばれた長髪を肩に流しながら彼を迎えた。普段の総帥の威厳は薄れ、柔らかなシャツに身を包んだ姿は、どこか人間らしい脆弱さを漂わせていた。「ミッターマイヤー? こんな時間にどうした?」「話したいことがある。…全部、正直に話したい」ミッターマイヤーはすべてを打ち明けた。ラインハルトの依頼、潜入の目的、そしてロイエンタールに惹かれながらも罪悪感に苛まれたこと。話しながらも声は震え、胸は締め付けられた。ロイエンタールのことを大切に思うからこそ、自分の裏切りが許せなかった。自分は彼に相応しくないのではないか――そんな思いが、ミッターマイヤーの心を締め付けていた。
ロイエンタールは静かに耳を傾け、話を終えたミッターマイヤーをじっと見つめた。長い睫毛が揺れ、金銀妖瞳に初めて温かな光が宿った。「…俺も、お前に相応しくないと思っていた。こんな冷めた人間が、お前のそばにいる資格なんてないと」彼の声は静かだったが、そこには深い痛みが滲んでいた。財閥の総帥として、常に孤高を貫いてきた彼にとって、自分の心をさらけ出すことは、まるで鎧を脱ぐような行為だった。だが、ミッターマイヤーの真っ直ぐな瞳を見ていると、その鎧を脱ぎ捨てたいという衝動が抑えきれなかった。
「そんなことはない!」ミッターマイヤーは叫んだ。「お前の過去は関係ない。俺はお前が好きだ。冷たい目でも、笑う顔でも、全部好きだ! それに冷めた人間というが、俺といる時のお前にはそんなこと感じないぞ!」
その言葉に、ロイエンタールの瞳が揺れた。長い睫毛が光を反射し、彼は一瞬、言葉を失った。ミッターマイヤーの真っ直ぐな言葉は、彼の心の奥に閉ざしていた扉をこじ開けた。誰も信じられなかった自分が、この男には心を許したい。そう思った瞬間、ロイエンタールの胸に熱いものがこみ上げた。
ミッターマイヤーは一歩踏み出し、ロイエンタールを力強く抱き寄せた。「…俺もだ、ミッターマイヤー。お前が好きだ」その声は震え、普段の総帥の冷静さはそこにはなかった。ミッターマイヤーは腕の中で、彼の心臓の鼓動を感じた。ロイエンタールの長い髪が肩に触れ、その柔らかな感触がミッターマイヤーの心をさらに熱くした。二人は互いの想いを交わし合い、誤解を解いた。
ミッターマイヤーはロイエンタールの顔を見上げ、決意を込めた視線で彼を見つめた。ロイエンタールの金銀妖瞳が、柔らかな光で揺れているのを見た瞬間、抑えきれぬ衝動が彼を突き動かした。彼はロイエンタールの頬にそっと手を添え、ゆっくりと顔を近づけた。ロイエンタールの長い睫毛が小さく震え、その瞳が一瞬見開かれた。ミッターマイヤーはためらうことなく、ロイエンタールの唇に自分の唇を重ねた。柔らかく、温かい感触が彼の心を満たした。最初は軽く触れるだけのキスだったが、ミッターマイヤーの想いが溢れるにつれ、キスは深みを増した。彼はロイエンタールの背中に腕を回し、強く抱きしめながら唇を重ね続けた。ロイエンタールは一瞬驚いたように固まったが、すぐにそのキスに応え、彼の長い指がミッターマイヤーの髪にそっと絡まった。ロイエンタールの白いリボンで結ばれた長髪が月明かりに揺れ、その感触がミッターマイヤーの頬に触れた。キスの中で、ロイエンタールの心にあった冷たさが溶け、ミッターマイヤーの罪悪感も消えていった。そこにはただ、互いを求める純粋な想いだけがあった。
キルヒアイスの助けがなければ、この瞬間は訪れなかったかもしれない。ロイエンタールはミッターマイヤーの手を握り、静かに微笑んだ。白いリボンで結ばれた長髪が、月明かりに照らされて柔らかく輝いた。「これからも、お前といるときは自然でいられるよ」ミッターマイヤーも笑い返した。「ああ、俺もだ。ずっとそばにいる、ロイエンタール」こうして、嵐のような出会いから始まった二人の物語は、互いを照らす温かな光へと変わっていった。