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    1795アルブレヒトくんとヴィルヘルムくんの旅路をたどる二次創作(全てが推測、捏造)区切りのいいところまで書けたので放流、ちゃんと推敲できてないので優しい目で見てくれ いや 見るな

    旅路(二区切りくらいまで)(進捗) ぼくたちが送られた北の街は、港町という割には海の気配が薄かった。
     煉瓦に囲まれた街並みは、育った村とはまるで違う。視界が遮られて、自然が遠い。教会も見かけたけれど、聳え立つ豪奢な作りの壁には、外からきたぼくたちを跳ね返すような威圧感があった。
    「……ヴィルヘルム?」
     自分の名前を呼ぶ声に顔を上げると、数歩先で従兄弟のアルブレヒトがこちらを心配げに見つめていた。何も知らないこの街で、ぼくが唯一よく知っているその瞳がこちらに向けられている。
    「ごめん、ちょっとぼーっとしてたみたい」
     いつの間にか港へと向かう足を止めてしまっていたようだった。急いで駆け足になると、年上の従兄弟はぼくが追いつくまで待っていてくれていた。

     今よりもっと昔、ぼくたちが子どもで、安心して野原を駆け回っていられたころ。アルブレヒトはぼくの手を引いて、どこにでも連れて行ってくれた。いつだったか、隣の村へ続く小道の手前に咲いている青い花を二人で見に行ったことがある。その時も、アルブレヒトはぼくの手を引いて部屋から連れ出してくれたし、日が落ちる前の帰り道、どんなに彼の方が歩みが速くても、ぼくが追いつくまで待っていてくれたのだ。
     彼の隣に並ぶと、アルブレヒトは優しい目つきで「きっと大丈夫だよ」と言葉をかけてくれた。きっと僕の不安を察してくれたのだろう。アルブレヒトの背はここ数年ですらりと伸び、ぼくは今まで以上に彼と目を合わせる時に見上げなければならなかった。よくぼくの手を引いてくれていたその腕もたくましくなり、てのひらも大きい。ぼくだって成長途中ではあるが、まだ子どもの範疇で、大人になりつつあるアルブレヒトには敵わなかった。それでも、変化の中でもアルブレヒトの纏う優しい目つきは変わっていないと思う。
     いつも先に立って導いてくれる彼が万能であるわけではないということもぼくは知っていた。彼だってきっと故郷を離れることが怖いのだ。それでも、こうやってアルブレヒトが待っていてくれるから、そこに安心を見出すことができた。
     ぼくは頷いて、彼と共に歩みを進めた。生まれて初めて見る海が近づいている。
     お互いの面倒をちゃんと見ること。けっしてお互いのそばを離れないこと。家族から言い渡された大事な約束を反芻して、白い鳥の飛ぶ空を眺める。
     約束。それから、家族が持たせてくれた必要最低限のお金と、推薦状。
     それだけが、ぼくらの持ち物だった。

     *

     数日間の船旅ののち、ぼくたちは再び地上へと解放された。まだ地面が揺れているような気がする。疲れ切った身体で新たな土地を踏みしめる。
     ここからは陸路だ。目的地までは、まだまだ遠かった。
     降り立ったカールスクローナという町は、ぼくたちが出発したロストックと比べ、何か不安定さを醸していた。大きな生き物が姿かたちを変えているまさにその最中のような雰囲気がある。建設中の建物もいくつかあり、職人たちが石を打つ音が響いていた。
     船に居た時には感じなかったが、春が近づいているようだった。冷たい海風はひっきりなしにぼくたちの頬を打ったが、同時に太陽の温もりも感じることができた。
     異国の言葉が右から左へと流れていった。港から少し歩くとすぐに人家や支度中の酒場などが集まる通りに出た。そうだ、言葉が違うのだった。
     疲れた身体に不安がのしかかり、思わず少し前を歩くアルブレヒトに手を伸ばしそうになる。が、ぐっと堪えた。ぼくは、いつも彼に助けられてばかりな気がする。
     故郷を出る前、ぼくたちは一族のうちストックホルムにいる遠い親戚と直接繋がりのある一家から、旅で役に立つであろう言葉を少し教えてもらっていた。頭の中で言葉を思い出し、反芻しながらここからの旅をイメージする。想像の中の自分が、アルブレヒトを追いながらストックホルムの街並みを歩く。
     そのとき、ふと目の前の背中が歩みを止めた。つられてぼくも立ち止まる。
    「どうしたの? アルブレヒト……」
     名前を言い終わる前に彼がゆっくりと振り返った。こちらを見下ろす彼の眼は揺れていて、不安げなような、何か隠し事をさらけ出す寸前のような、それでいて縋るような光を灯していた。そうして、一呼吸したあと口を開いた。
    「いや、大したことじゃないんだけど」はにかむように笑う。「ちゃんと君が居るなと思って」
     それだけ言うと、アルブレヒトは気まずそうに目を逸らして、また前を向いた。ぼくは彼の言いたいことを汲み取れず、少しの間呆けていた。
     アルブレヒトが前を歩いてくれるからぼくは追うことができるのであって、ぼくはここに居なければどこにも行く宛がないのに。

     旅籠で一夜を明かし、ぼくたちはひたすらに馬車を乗り継ぐ日々へと移行した。
     最初に辿り着いた旅籠は、運良くそれなりの暖かさを享受できる場所だった。春が見えてきているものの、夜に季節は干渉しない。ぼくらは外套と薄い毛布とを重ね合わせ、体温を分け合った。なんとか覚えた最小限の言葉と身振り手振りで手に入れた生存で夜を繋ぐ。この旅が無事におわりますように、とイエス様に祈りを捧げて眠りにつく。ロストックまでの馬車や船の中で夜を重ねるうち、僕たちは何となく身を寄せ合って眠るのが習慣となっていた。とめどなく不安が身体を包んでいても、アルブレヒトの息遣いを聴いていると不思議とそれが溶けていくようだった。
     ぼくらは寝入る前に取り留めのない会話をするのが常だったが、ぼくはいつも途中で微睡の中に吸い込まれていた。だから、ぼくはまだアルブレヒトが寝ているところを見たことがない。夜が終わり朝が来ると、彼はぼくよりも先に起きていた。
     カールスクローナには人も多く活気があったが、出発後街を離れるとすぐに人気のない木々に囲まれた道を進むこととなった。道は溶け出したかと思えば夜半に再び凍りついたりする雪で通れたものではなく、馬車の乗り心地は最悪だった。
    「ストックホルムはどんなところかな」
     ガタガタと揺れる馬車の音に混ざってアルブレヒトの滑らかな声が届いた。故郷を出る時や船に乗り込んだ時など、幾度となく出た話だった。その度にぼくは村で教えてもらったストックホルムについての数少ない情報を繰り返し答えた。想像を逞しくして未来を頭の中に創り出すのが怖かったのだ。アルブレヒトは、怖くないんだろうか。
    「あのさ」
     俯いていた顔をあげて、ぼくは年上の従兄弟のほうを向いた。アルブレヒトは少しだけ意外そうな顔をしてこちらを見ていた。出発した時よりも伸びた金髪が目にかかりそうな位置で揺れる。
    「怖くないの? 知らない場所に行くのに」
     アルブレヒトはぼくにとっていつも前を歩いてくれる存在だった。知らないことを教えてくれて、手を差し伸べてくれて、道を作ってくれる、勇気ある人だった。旅籠でだって、この馬車に乗る時だって、率先して主人や御者と言葉を——半分は身振り手振りでのやりとりだったが——交わし、目的地までの旅路を確かなものにしてくれたのだ。頼れる従兄弟で、きっと現実に負けない、強い人間なのだと思う。ぼくは舗装された道の上を歩くことしかしておらず、なんて頼りないのだろうと自分を卑下することもしばしばだった。本当はアルブレヒトのためになりたい。でも、いつも彼に甘えてばかりだった。
     アルブレヒトはぼくの質問に対して、少しだけ逡巡して、気まずそうに目を逸らした後、再びこちらを真っ直ぐと見た。
    「……怖いよ。すごく怖い。今まで居た限られた世界がなくなって、全く違う場所に行くことが」
    「……うん」
     彼の目は揺れていて、僕はそれから目が離せなかった。何か本心を打ち明けようとしているのだということが伝わり、そういう時彼はこんな表情をするんだなと心のどこかで思った。今までに聞いたことのない声音がする。予想外の返答に、戸惑いと、もう一つ。何か、知らないものが身体に流れ込んでくる感覚。
    「こんな所で祈っても、イエス様はぼくたちのことをもう見つけてくれないんじゃないかって思ってしまうんだ。でも」
     アルブレヒトはそこで言葉を切った。彼の手は震えていて、思わず自分の手を重ねる。冬の終わりの空気に晒された手は冷たかったが、手のひらをこじ開けて握ると、そこには血の通うあたたかさがあった。アルブレヒトは少し驚いた顔をして、握り返してくる。ぼくの手よりも大きなそれが遠慮がちに動く。ゆっくりとした動作に彼の心の何もかもが伝わってくるような気がした。再び顔を上げたとき、アルブレヒトは穏やかな笑みをたたえ、こちらに優しい眼差しを向けていた。
    「君だよ、ヴィルヘルム。君がいつも隣にいてくれるから、ぼくは、心を折らずにいられるんだ。どんなに違う場所に行ったとしても、君はここに居いてくれる。だから、ぼくは自分が自分であることを忘れずに済む。君との記憶だけがぼくの人生の証明だ」
     何故だか、今すぐにでもここから逃げ出したいような、それでいてずっとその目で見つめていて欲しいような、相反する感覚が身体を這う。繋いだ手に力がこもってしまって、理性で振り解けそうになかった。
    「旅路は怖いけど、君が居てくれるなら怖くないよ」
     アルブレヒトの碧い瞳が細められる。寒いはずなのに背中に汗がじわりと滲んでいることに気がつき、何も言えずにしばらく馬の足音と車輪の回る音を聞いていた。やっとの思いで口を開き、言葉を探す。何も言うことがないのではない。溢れる感情の種類が多くて戸惑ったのだ。
    「あ……ぼく、は……」
     耐えられずに下を向く。自分が感じていた情けなさやもどかしさを覆い尽くすほどに、彼の言葉は柔らかかった。自分を卑下するような言葉は封じられている。本能的にそう感じる。
    「……ありがとう」
     数秒のち、出てきたのはシンプルな返答だった。俯いたまま、続けてこちらからも思いの丈を伝えようと気持ちを振り絞る。
    「ぼくは臆病だから、この恐怖がなくなることはないけど——それでも、ぼくは」
     意を決して顔を上げる。
    「ぼくは、村を出る前からずっと、アルブレヒトがいたからここまで歩いてこれたんだよ。怖くても進めたのは、君のおかげ……だから、ありがとう」
     ぼくの言葉を黙って聴いていたアルブレヒトは、初めて見る笑顔で頷いた。

     ぼくらの身体に悪魔が入り込んだとすれば、きっとこの時だったのだと思う。
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