Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    okyanyou3

    okyanyou3あっとぽいぴく

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 🌸 🍤 🌋 🌟
    POIPOI 213

    okyanyou3

    ☆quiet follow

    ハクオンのような帝のような

     男は長きに渡り、人を探していた。
     探す相手は男の肉親であった。世界が一度終わってしまう寸前に別れた、血を分けた弟。人が不死の肉塊へと変じる奇病が爆発的に感染拡大する中、唯一『人間』として生き残った、生き残ってしまった男が、自らの躰を自己クローン体に取り換える延命処置を幾度も繰り返す間も(言うまでもないが、複数回の記憶の生体移行は生命倫理の観点から忌避されている)、数百年という長い長い歳月を生きて尚その存在を忘れることのなかった、『生きている』という希望を捨てられなかった人。
     その弟が、今、男の目の前にいた。
     奇病の発生直前に冷凍睡眠装置に入った弟は、別れたときと同じ姿であった。そのはずだ。男の幾度も取り換えた脳は、もう、かつての弟の姿も名前も記憶していないけれど、DNAが男と目の前の人との血の繋がりを証明していた。
     弟は血の気の失せた顔で周囲を見渡していた。
     広大な地下空間に広がる複数のプラント。プラント同士を蜘蛛の糸めいて繋ぐ自走式連絡通路、幾重もの防壁に守られたコンピューターの群れ。
     此処は、かつてこの星に在った『人類』のための施設。
     此処は、男の治める『ヤマト』なる國の最深部であった。
    「……ジイさんの正体は、この國の帝で、この國のヒトたちから神様扱いされてるオゥルォで、そして、かつてこの地にデコイヒトを生み出した人類、だと」
    「そうだ」
     未だデコイの技術では作れない形式の車椅子に腰かけ、男は――ヤマトの帝は弟を見上げる。
     今は『ハク』と名乗る弟は、白い床にぶつけるように、長い溜め息を吐き出した。
    「そして、自分も人類で、アンタの弟、だと」
    「そうだ」
     にわかには信じ難いだろうが、との言葉に、ハクは力なく首を横に振った。その仕草で、冷凍睡眠での記憶障害からある程度は回復しているのだと知れた。
    「自分も全部じゃないが、眠ったときのことを思い出した。デコイとかいう実験体を作っているシェルターがあったとか、自分には兄がいたとか、その兄貴に人体実験されたとかな」
    「おいおい、アレはきちんとお前の同意を得た上での実験だったぞ」
     反論にハクは「そうだっけ?」ととぼける。
     無理に絞り出した冗談でも、舌を滑らかにするのに貢献した。
    「遺跡で、人がタタリになるのを見た。タタリは、元は人だったのか?」
    「そうだ」
    「自分と兄貴が生き残ったのは、『真人計画』での実験が成功したから、ってことでいいのか」
    「……そのはずだ」
     ほぼ全ての人類がタタリと化した今、証明のしようはないが。
    「……ほのかさんと、チイちゃんは」
    「……」
     答えるのに手間取ったのは『チイ』という名が咄嗟に思い出せなかったからだ。「悪い」とハクが顔を歪めた頃合いに、ようやっと目の前で溶けてひとかたまりの肉になった妻と子の名だったと思い出した。
     黙ってしまったハクに、人類が消えてからの経緯をかいつまんで教える。
     人類のタタリ化ののち、デコイたちがシェルターから地上に出てきたこと。男は、デコイたちの生存の手助けをする見返りに人類の生き残りを探させたこと。そうする内に男の元にデコイが集まり、國を成し、男は皇に、帝になったこと。帝となってからも弟を、たったひとり、己れと同じ手術を受けた人類を探していたこと。
     数百年の出来事も、語ればたったそれだけでしかない。
     その。たったそれだけの間に、どれだけのものが喪われたか。
    「すまぬ……儂は、お前に名を戻してやることすら出来ん。余りにも、長い、長い時が経ってしまった……」
     だが、と続けかけた男を、ハクが不意に遮る。
    「アンタは自分の、その、兄貴で、ヤマトの帝なんだよな」
    「うむ」
    「じゃあ、」
     必死の面差しを、不思議と不快と思わなかったのは、肉親の情であろうか。頼りすがってくるデコイをあんなにも忌み嫌った時期もあったのに――回想に沈みかける意識を、ハクの言葉が引き戻す。
    「デコイへの求婚プロポーズはどうやったらいいか知ってるか?」
    「……ン?」
     は?
    「は?」
     しわがれた喉から最大級の「は?」が出る。何、プロポーズ? 今そんな話してたっけ?
    「自分たちのときと同じでいいのか? ヤマト特有の風習があったり……ああ、いや、あいつの場合はヤマト出身じゃないから別の……?」
    「待て待て落ち着け、弟よ」
     内面を取り繕い威厳ある風を装うのはすっかり慣れたものだ。
     と当人は思う中、相当に目を泳がせながら、大国ヤマトの現人神は言葉を絞り出す。
    「プロポーズ……というのは、誰が、誰に」
    「……」
     ハクは黙り込んで目を逸らす。
     抜け落ちたはずの記憶が「昔と同じだな」と囁いて、こんな状況だというのに目頭が熱くなる。
    「……自分が、クオンという、同じ隠密衆の仲間に」
     クオン。ハクに与えた鎖の巫たちからの定期報告にあった名だ。旅の薬師で、長い眠りから覚めたハクを最初に見つけたデコイであると。随分ハクに懐いているようで、ひとたらしは相変わらずだと笑ったのだが。
    「いや子供なのは分かるんだが今だとアレが成人年齢なんだろッ、一方的に迫ったわけじゃないし、あっちにも気持ちがあるのは確認済みで、」
    「ハク」
     おそらく、弟は聞いたことのなかった種類の声が出た。
     ハクが黙る。
     兄の。辛さと憐憫とをないまぜにした顔を見る。
    「デコイに心を寄せようなぞと思うな」
    「……デコイの知性論なら聞く気はないぞ。デコイには知性も感情もある、立派なヒトだ」
    「そんなことではない」
     どう説明すればいいのだろう。
    「デコイの遺伝子には人類への服従因子セーフティが組み込まれていることを覚えているか。忘れたか? 忘れたから、好意も、恭順も、自分『だから』向けられていると勘違いできるのか?」
    「セーフ……兄貴、それは」
     戸惑い。混乱。
     どう説明すればいいのだろう。
     己れが味わった束の間の喜びを、疑念を、失望と絶望を、弟には体験させたくないのだと。どう言えば伝わるのだろう。
    ヒトデコイオンヴィタイカヤンに好意を持つ。従う。そうあれと造られたからだ。そのデコイ個人の感情など関係なく。そうあれと、人が本能に刻んだからだ」
     何故か。
     妻の姿をしたデコイが脳裡に浮かんだ。悲しげな目をしていた。
     沈める。感情を隠すことには慣れている。神様扱いされるうちに、慣れてしまった。
    「その娘が愛しているのはお前ではない。オンヴィタイカヤンという存在に伏しているに過ぎぬのだ」
     幾度もの期待と裏切りを繰り返して得た結論に、ハクは血の気の失せた顔で。
    「それでも」
     馬鹿みたいに。滑稽なことに。なんとも、傲慢にも。
    「自分がアイツを好きなんだ」
     ――愚かな、との囁きは弱々しかった。
     沈黙が下りる。
     足元からプラントの稼働音が伝わる。
     季節も昼夜も問わぬ光が白々しく二人を照らす。
    「……今からの」
     呟いたのはハクだった。
    「今からの、質問の、答え次第では、クオンを諦める」
     戸惑う男へ、ハクは青白い顔を向ける。
    「諦める、諦めなきゃならん、だから」それはまるで自分自身に言い聞かせるような――「兄貴、正確に答えてくれ」
    「人とデコイの間に子はできるのか」
     質問内容を咀嚼する。その意図を吟味する。
    「お前、まさか」
    「ッ――ああ、そうだよ!」
     兄の知らぬ大声であった。
    「あんな子供に、自分が『何』かも分からないくせに手を出したさ!
     なあ兄貴、デコイと人の間に子供は生まれるのか? 妊娠するとして、母体への影響は? 自分の頃には自然妊娠の臨床実験は行われてなかったよな、実例を知らないか? 成功、失敗、どっちでもいい、クオンを危険に晒したくないんだ!」
     立て続けの言葉に、必死の形相に、男は言葉を失う。
    「お前は、」
     弟は、本気で。
    「デコイを本気で愛したのか」
     デコイを、人類たる己れの、伴侶としたいと。
    「……人とデコイ間での妊娠例は儂の知る限り存在しない。儂はデコイと子を成さなかったが、種族的な問題なのか儂個人の問題なのかは分からぬ。検証も出来ぬ」
     この世にもう一人存在する人類も、躰は男のクローンである。身体的特性も引き継いでいると考えるべきであろう。
    「つまり出来てみなきゃ分からんということか。旧時代みたいだな」
     はは、と力なく笑うハク。
    「ハク」
    「いや、大丈夫だ、今の時代は『そう』なってるんだろう? 馴染まなきゃな」
    「……本気なのだな」
     呟きへの返答は。
    「アイツは何も分からない、何も持たない自分の手を引いてくれたんだ」
     ハクがくしゃりと笑う。身内へぶちまけたのに今更ながらの羞恥心がわいたのだろう、よれた笑顔だった。
    「自分をヒトの世界に連れていってくれた。好きになっても、おかしくないだろ?」
     その一言で。
     弟にとっての世界にはデコイが居て当たり前なのだと――己れが人と知って尚、ヒトを同等に見ているのだと、分かってしまった。
     愚かなことだ。いずれ失敗する。いずれ絶望する。
     ああ、でも、でも。
     愛と信頼に曇った心には、何を言っても届かないのだと。
     ほんの僅かではあるけれど。数百年の生には、瞬きほどの間だけれど。
     そこには本能以外のものもあったのだと錯覚する瞬間も、その瞬間の、己れの愚かさに泣きたくなるような悔恨の甘さも、男は知っていたから。それ以上は何も言えなかった。
     結局。この場では何も解決しなかった。何も進展しなかった。ハクの懸念への答えはなかったし、男が望んだ展開――人類を復活させ、人の世を取り戻す。そのプロジェクトに弟も加える――にもならなかった。
     気の抜けたヤマトの帝は、海を隔てた隣国トゥスクルから調査団派遣を拒否するとの特使に、受け入れる旨を返した。
    「良いのですか?」
    「よい。今は様子見で構わぬ」
     ヤマト大老はあるじの突然の翻意に首を捻っていたが、結局は帝の意に従い調査団を解散し、トゥスクルには詫びの品と書状とを手配した。
     世は未だ変化ならず。ヤマトは長いまどろみの内にある。
     ヤマトの民は変わらぬ日々を繰り返す。どこかの宿で婚儀とどんちゃん騒ぎの披露宴が行われたとか、その程度の波紋とも呼べぬ波紋をヒトの口に載せ、すぐに忘れ、今日のおかずに頭を悩ませる。
     大國ヤマトは、今はまだまどろみの内にある。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💖💖💖💖😍😍😍😍💒💒💖💖💖💖💖💖😍😍😍😍
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works