貴方の瞳は海の色ね。
潮のにおいにつられたのか、昔そんなことを言われたのを脈絡もなく思い出した。
と、ウォプタルに乗ったまま雑談ついでにぽろりとこぼしたところ、無遠慮な腹心は「そいつはまた気取った口説き文句じゃねえですか」と笑った。
「口説き文句、ですか」
「カーッ、大将も分かってねえなあ。目だの髪だの、細けえ部分をわざわざ言うのは気があるってえコトでしょうよ」
しかし、と、腹心は無作法に顔を近づけ、上官の顔をまじまじと見つめ、
「海の色ではないでしょうに」
「……ですねえ」
この國の侍大将の瞳は深い緑だ。眼前の海の青とは似ても似つかぬ色。
「まあ、世の中は広いモンです。緑色の海だってあるかもしれませんぜ?」
探しにでも行きますか?
さらりと続けられて、侍大将は腹心を見上げた。「幸い、船ならそこいらにある」腹心は笑っていた。「緑の海でも探しに行きますかい?」目だけがものいいたげに光っていた。
「……暇ができたら、それも悪くないかもしれません」
視線を逸らし答えると、「そうですかい」と返事があった。
暇など。海を探しに行くことなぞ、到底叶わぬと知っていた。彼の仕える國――ケナシコウルペは、愚昧な皇を戴くこの國は、かの侍大将の働きなくばあっという間に瓦解してしまう程度に腐りきっている。重税に苦しみ食いつめた民が海賊となり、それを侍大将手ずから討伐せねばならぬ程度には。
青い海に船影が見えた。海賊たちであった。奪わねば生きてゆけぬと悲鳴を上げる、この國の民であった。
「行きますよ」
「承知」
武人らはウォプタルを駈り、部下を従え浜を疾駆する。海がのたりと波打った。