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    yosino_sirayuki

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    yosino_sirayuki

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    向井が小さくて心配になるハセクラ×怒りたいけど先輩がマイナス思考ループに入ってしまったから怒れない向井

    摘まんだマカダミアナッツを一齧り、それでもまだ彼の指先には小さな欠片が残っている。
    同じ大きさのそれを口に放り込んで齧りながら、酔いで蕩けた思考回路はひどく単純な連想を綴った。
    脳内に浮かんだ小動物と、昼間の会話がこれもまた単純なイコールで結びつく。
    「そういえば、ハムスター休暇って、なんだ?」
    ぱっちりとした瞳を瞬かせた小柄な彼は、残りの欠片を二口目で平らげてから胡乱げな視線を向けてくる。
    吟味せずに零した話題を失敗だと思うのは、いつも口に出した後だ。後悔は間に合わないし、追及は避けられない。
    こちらから見れば気にする必要はないと思う身長は、彼にとってはコンプレックスなのだと知っているのに。
    小さな指先、一口で終わらない食べ方、選んだつまみ、そこから小動物を連想したのだと把握されてしまえばきっと次に彼が作るのは表情は苛立ちだ。
    普段からよく𠮟られるし、他の誰かに比べたらその声に混ざる色に慣れているから嫌悪はない。
    けれど、どうせなら迷惑はかけたくないし、贅沢を言うなら柔らかく甘く笑む彼が見たい。
    グラスを持ち上げ傾けて黄桃色の視線から隠れたのは、そんな打算からだ。
    「…………ああ、そういえばそんな話してましたね」
    その逃げ道を塞がないでくれたのは、気が付かなかったからか、見逃してくれたからなのかはわからない。
    それでもせっかく成立した会話のキャッチボールは続けたい。ここでぽんと浮かぶくらいには気になる単語でもあった。
    「総務ではそういう話を」
    「いえ、期待されていたら申し訳ないですが、違います」
    向井と総務の話を流し聞いた時からうっすらと想像していたハムスターと戯れる休日が、口に出す前に止められて薄れていく。
    「ペットと遊ぶための休暇を作ろうとかそういう話じゃないです」
    あっさりと否定されたことで、向井がハムスターを手に乗せている光景を頭の中で形作る間もなかった。
    「そうか……、それはそれでかわいいと思ったんだが」
    「どちらかというと訃報ですし」
    「訃報?」
    「主任が多頭飼いしているハムスターが亡くなったので今日はお休みされたそうなんです。そういう休みがそれなりにあるので総務内でハムスター休暇ってよばれているという話です」
    「それは……確かに真逆だな」
    思っていたよりも暗い話題になってしまって、返答に困りながらも会話を切り上げるのも決断できない。
    「それなりにあるのか……」
    「小動物の寿命って短いらしいですし、2年くらいじゃなかったかな……」
    共に独り言のようになりながら、彼の手が卓上のスマホに伸びるのを見守る。
    フリック入力の動きを眺めながら、何か寒気に似た感覚がゆるゆると這い上ってくるのを感じた。
    「やっぱりそうですね、小動物は心拍数が早いからその分寿命が短いみたいです。ハムスターとかネズミみたいな小さい生き物は2年くらい、逆に象みたいに体が大きいと寿命も長い、と」
    その話は聞いたことがあったけれど、今、改めて聞くと過去とは違った感情を生む。
    「…………」
    酔っているのかもしれない。だから、思考と行動が直結する。二つの間の通路が短くなっている。
    これは恐怖だ、と思いながら、スマホで塞がっていない方の彼の手に、自分の手を重ねる。
    ピクリと反応したそこを許可も得ずに握ると、とくとくと脈打つ音が伝わってきた気がした。
    ひょっとしたら自分のものかもしれないと思いながら、その音の早さに不安は膨らむ。
    「…………ハセクラ先輩?」
    怪訝そうな声は視線を下げないとうまく拾えない。
    向井は、自分よりも、小さい。
    早い鼓動と短い寿命。
    単純な計算式で導き出された答えは喪失の予感だった。
    それを表してはいけない、と先ほど抑えたばかりの思考を押しのけて、喉元までせり上がってきた怖さが声帯を勝手に震わせる。
    「………………元気で、いて、ほしい」
    赦しを乞うように自然と頭が下がって、こつんと彼のそれに当たる。
    得られたものを亡くすかもしれない恐怖を、普段は見ないようにしている。
    それが得難いものだとわかっているから、一度認識すると全身を包むほどの冷気に容易く変じた。
    共に無言になってしまっても無理に話題を作らずにいられる関係性が心地いい、というのもどこかで聞いたことがあった。
    弾む会話の紡ぎ方が人よりうまくない自覚はあるから、そういう繋がりを羨ましいな、とおそらく思ったはずだ。
    こうして互いに黙り込んでしまうと、それを思い出すことはままある。
    この状況は心地いいとは思えないし、ただ気まずくなっただけだ。それも自分の発言を起点として。
    触れ合った場所だけが温かく、それ以外はひどく冷たい。
    場の空気も冷えていて、なにもかもが至らない自身が情けないと思う。
    どんどん思考がマイナスのループに乗って落ち込んでいく中、大きく響いた溜息が耳に届いた。
    他人の溜息も聞き慣れていて普段ならネガティブ思考を後押しするというのに、対面からのそれは温かく肌を擽る。
    人肌の温度は唇に触れるみたいに柔らかい。
    寒空の下みたいな体が少しだけでもとかされたようで、今なら何か言える、と思えた。
    「……むか」
    「心拍数の理論で行くと人間の寿命は30年持たないそうですよ」
    とりあえず呼び慣れた名前を滑りださせようとした口は、淡々とした喋りに潰される。
    「え」
    「文化や医療が進歩していなければ僕も貴方ももう晩年です、現代に生まれてよかったですね、ああちなみに今年の健康診断でも特に何も異常はなかったです」
    「そ、そうか……」
    何かを挟む間もなくつらつらと続ける口上に、なんとか相槌を返すと、そこで彼の口はやっと止まった。
    下からの視線が痛い。これは怒っている。不機嫌になっている。
    「健康が気になるようならこれも止めておきますか?」
    触れていた体温が外れて、まだ開けたばかりで中身がほぼ残っている缶を振ってみせた。
    彼のコンプレックスを刺激した分の仕返しにしては軽いそれを、再び手を重ねることで止める。
    「睡眠も十分にとった方がいいですよね、今日は――」
    「ま、まってくれ!」
    さらにその先までも塞ぎにかかってくるのを止めにかかろうとすると、直前に彼の口角が上がったのが見えた。
    溜息の温度に触れながら気が付いた。
    体内に蔓延っていた冷気はいつの間にか消え失せている。
    睨む様な眼を瞼の後ろに隠して、不機嫌さを後ろ手にした彼から伝わるのは、甘い心地よさだけだった。
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