ユセユサユセ突然の後輩の申し出に、ガレージで遊星号の整備をしていた遊星は目を瞬かせた。
「…すまない。もう一度言ってくれるか?」
言えば目の前の後輩…藤木遊作は真摯に頷き、もう一度先刻の台詞を吐いたのだ。
「俺とキスをしてくれませんか」
二度聞いてみても同じ言葉。どうやら聞き間違いではなかったようだ。何故遊作がそのような事を言い出したのかなんて考えるまでもない。Ai関係なのだろう。
どうしてそう至ったのかは解らないが…悩む遊星に、遊作は無理だと判断したのだろう、謝ってから踵を返した。
「ま、待ってくれ」
思わず慌てて止めた遊星は遊作の申し出を受け入れた。
「ですが」
それでもどこか躊躇う素振りを見せる遊作に理由を問うた。
「どうして俺にそれを頼んだんだ?遊作にはAiが居るだろう?」
「…先日」
「ん?」
遊作曰く。
Aiと付き合っている遊作は身体の繋がりも既にしており、遊作の全てを貰いたいAiの願いに遊作は応え、二人は両方の経験をしている。遊作の方が受け入れる側が多いようだが、彼とて男だ。抱く側になればそれなりに良くしたい気持ちが強くなる。それにAiの感度の良さも高い。以前交わった時触れずにイけたAiを見て遊作は確信した。
「キスだけでもAiはイけるのではないかと…」
「…」
恋は盲目とは良く言ったものだと、遊星はつい目を細めてしまった。至極真面目に、しかし瞳はキラキラとした輝きを放ちつつ語る遊作を見た。
「解った。俺がどれほどの練習台になれるか不安ではあるが…良いだろう」
「!」
オイルで汚れてしまった手をタオルで拭き取り、それでもまだぬるつく手に顔を顰めた。気づいた遊作が洗面所に行く提案をしてくる。
「そうだな。…練習は俺の部屋でしようか」
「解りました」
寒いガレージを後に、二人は洗面所に向かった。
◇◇◇
「良いですか?」
温かい水で手を濯いだ遊星と遊作は宣言通り遊星の部屋に入り、向かい合っていた。遊作の部屋だとAiの出入りがあるから誰にも気づかれないのなら遊星の部屋が一番だったのだ。
…いや、遊星にも十代という彼氏がいるのだが、彼は今旅に出ている。当分は帰ってこないだろう。
「あぁ」
頷いた遊星にそっと息を吐いた遊作は目を閉じて遊星に顔を被せてきた。遊星も目を閉じ、被さってきた遊作の唇を受け入れる。軽く触れるキスは恋人のキスというより、戯れるようなものに感じた。どうするのかと様子を窺っていれば遊作の舌が遊星の唇に触れ、開けて欲しいと突ついてきた。促されるまま口を開けば意外と薄い舌が侵入してくる。舌はエナメル質の歯をなぞり、上顎を擽ってきた。
「ふ、…」
緩い刺激に笑ってしまう。その反応をどう捉えたのか、遊作の目が開かれた。少しむくれているような気もする。
「っ」
決して強くはないが、舌を噛まれてしまった。やられっぱなしは性にあわない遊星は遊作の舌を押し返し、自分の舌を遊作の咥内に入れた。
「!」
驚きに目を見開く遊作の頭を掌で固定し、形勢逆転させる。遊作の口は見た目どおり小さく、咥内も同様に狭かった。舌で一杯になってしまった咥内を気の済むまで蹂躙してみる。先程の遊作と同じように歯列をなぞったり、上顎ん舐めてみたり、そして舌を絡ませて思いきり吸ってみたり。
「う"ぁ」
じゅ、水音と共に遊作も呻く。足腰に力が入らないのか、ずるずると遊作の身体が崩れ落ちていく。
「は、…すまない。大丈夫か?」
地べたに座り混んでしまった遊作にハッとした遊星は、自分も片膝を立てながら座り、彼を気遣った。息を吸って吐いてを繰り返して落ち着こうとしている遊作を見る。
(これは…)
遊作は『Aiの感度が良い』と言っていたが、それは少なくともオリジンである遊作にも言える事ではないかと遊星は思った。首まで赤く染めあげて必死に冷静さを取ろうとする遊作だって充分に『感度が良い』方だろう。
しかし思ったより。
「遊作。お前…いや、お前達はキスをしないのか?」
「…いえ、しない訳ではありません」
口元を袖で拭いながら立ち上がる遊作は視線を床に向けた。
「ただ、SOLtisの機能面に『そういった』ものがないんです。性的行為は着脱式の玩具を使えば。ですが咀嚼や排泄…人間に必要な要素はAIには関係が無いんです」
「…」
「『嚥下』機能がないAiとは触れるだけのキスくらいしかしません。LVであればするのですが…それもあまりしませんね」
だからしたかった、そう締めくくった遊作に遊星は先程の自分の見解を改めた。好奇心もあるだろうが、遊作だってAiに触れたいのだろう。想い人(この場合人なのか不明だが)とのまぐわいを考えるのは男としての性だ。
普段まったくそういった素振りを見せない後輩の可愛いらしい一面をみた気がして遊星は笑みを絶やせなかった。
「ならばまずはお前がキスに慣れなければいけないな」
「そのようですね」
意を決したように遊星を見つめた遊作はもう一度唇を重ねた。
「…、」
「…」
受け身をとるべきか。それとも慣らせるべきか。どちらにすべきか考えた遊星は後者をとることにした。
「?っ」
座り込んでしまっている遊作を立ち上がらせ、そのままベッドに押し倒す。ゆっくりした動作で行ったせいか、遊作の目が揺れていた。これから何をされるのか不安を感じているようだった。
驚かせないようにしたのだが、却って不安を煽ってしまったようだ。
安心させる為に一旦口を離す。
「すまない。まずは慣れさせようとしたんだが、嫌だったか?」
「い、え。あの…押し倒された意味が解らなくて」
「?固定しやすいからだ」
「こてい」
復唱した遊作が考えるように顎に手を当てた。暫くすると納得したのか、何度も頷いた彼はさぁ来いと言わんばかりに遊星に向き直り、手を広げて呼んだ。
「遊星さん。…お願いします」
これは後輩の頼みなのだが、少しばかりいきすぎてしまっているような気がする。そう内心思いつつも遊星は遊作に覆い被さった。
「んぅ」
先ずは乾いてしまっている唇を舌で湿らせていく。訳が解らないと話したかったのか、口を開いた隙を狙って大きく口を開けて遊作の唇を食んだ。遊星とて口自体は大きくないのだが、咥内が案外広くよく十代に感心されるのだ。
「ふ、…ぅ」
ちゅくちゅくとわざと音を立てて遊作の舌を絡ませる。されるがままの遊作の息は切れ、酸素を求めて口を外そうと首を動かすが、遊星によってそれは阻止されてしまう。本格的に危なくなってきた遊作の目から涙が滲んできた。
「!」
流石に無理だと判断した遊星は口を離した。
「遊作。息は鼻でするんだぞ」
「…っ…はぁ…」
これ以上は難しい、中止にした方が良い。
決めた遊星は遊作に向き直った。
「止めよう」
「え」
「いきなり進ませるのは遊作にとって負担になるだろう」
現に一杯一杯の遊作は素直に頷いた。
「…では、またお願いします」
「え」
今度は遊星が固まる番だった。
まさかこの先も願ってくるとは思っていなかったのだ。遊星の反応に遊作の顔が曇る。
「…迷惑ですか」
「いや。そんなことはないぞ。ただ…」
「ただ?」
「Aiに申し訳がないなと…」
目をニ、三度瞬かせた遊作は彼にしては珍しく声を上げて笑った。
「大丈夫ですよ。アイツは」
「どうしてだ?」
聞けば遊作の眉尻が柔らかくなり、微笑まれて終わってしまった。
◇◇◇
部屋に残された遊星は一人、考えた。
きっと二人には二人の絆があるのだろうと。
それはとてもではないが自分達が入れるような領域ではないのだろうと。
そう思えば、自然と口角が上がった。
「…十代さん」
俺達もそうなってますか?
声にならなかった音は静かに部屋の中で溶けた。
終